テラーノベル
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――自分が今、夢の中にいると自覚する時はないかい?
ああ、これは夢なんだと。
でも普通は目覚めたら、夢の中の出来事は朧にしか思い出せないし、下手すれば完全に忘れている。
後者の方が圧倒的に多いだろう。
でもたまに不思議と、夢の中の出来事をはっきりと自覚し、一挙一動まで覚えていたりする時がある。
今が正にそれ――
「お兄ちゃん……」
小さくて儚げな少女。
俺の大切な妹。
何時も一緒で、何時も俺から離れなかった。
何時も笑顔で――
“将来はお兄ちゃんのお嫁さんになる”
それが口癖だった可愛い妹。
子供心ながらに、それは絶対に有り得ない事は分かっていた。
だけど俺にとっては大切な……“絶対に守ってあげなきゃいけない”存在。
「お兄ちゃん……」
再度俺に呼び掛けてくる妹。
何時も笑顔だったは妹は、今は笑ってはいない。
とても悲しそうな瞳で俺を見詰めている。
そんな目で俺を見ないでくれ……。
俺は――
“自分で進んでこの道を選んだんだ”
お前がそれを喜ばない事は分かっていても。
それでも俺は――
「――オイ? オイ幸人?」
早朝――如月家自宅内。ジュウベエが主人の胸上を陣取り、軽い猫パンチで呼び掛けていた。
「あ……?」
だが幸人はまだ、その呼び掛けに覚醒しない。
「あ……じゃねぇよ。目ぇひんむいたまま、何時まで寝惚けてんだ? 飯だよ飯」
どうやら幸人は瞼こそ見開いてはいたが、まだ夢の中にいたらしい。
それでありながら呼び掛けにも応じなかったそれは、ジュウベエからすると気色悪い事この上ない。
「返事はイエッサー、聴こえてますかぁ?」
「あっ……ああ……」
絶え間ない朝食の催促に、ようやく今が現実だという事に脳が確認したと思わしき幸人は、パイプベッドから起き上がり、よたつく足取りで食事の準備へと食器棚に向かっていた。
「大丈夫かオイ?」
その千鳥具合を見てとり、ジュウベエも心配を口にする。
勿論主人のみならず、朝食の心配もだ。
「また……あの“夢”でも見てたんだな?」
「いや……」
ジュウベエも知ってる素振りの、その“夢”の事。『また』という事から、それは日常的に見るものらしい。
幸人はそれを否定してはいたが――
「まあ……あまり気にすんな、っつてもそう簡単にはいかないよな」
付き合いの長いジュウベエには、全てが分かっているかのような口振り。
「いや大丈夫だ……」
口調から全然大丈夫そうにも見えないが、幸人は専用容器に並々盛られた金のスプーンを、お待ちかねなジュウベエの傍らへと持ってきた。
「まあ食って紛らわす。それが生きるってもんよ」
単純だが明快な思考。旨そうに食事を貪るジュウベエは正しい。
だが幸人はその光景に微笑を浮かべながらも、己は朝食を取る事もなく、暫し物思いに耽っていた。
***********
――本日の職務も滞りなく終了し、夕食後自宅で寛いでいる二人ではあったが、ソファーに腰掛ける幸人の表情は朝と変わらず、未だ優れないままでいる。
「おお! やっぱ金のスプーンが一位だったか。まあ当然の結果だ」
それとは対称的に、ジュウベエはテレビ番組に魅入って悦に入っていた。
バラエティー番組『トップランキング』では、今週は“視聴者が選ぶキャットフードランキング”があり、ジュウベエにとっては見逃せない。
しかも己の大好物が、予想通り一位の座に輝いた事が更に御満悦。幸人の事等、何処吹く風。
「いやあ面白かった。来週は……ドッグフード? 興味ねぇな」
――と言うよりは、敢えて触れないでいるようにも見える振るまい。
慰めた処でどうにかなる訳でもなし、何より本人の為にもならない。
自分の事は自分で解決するしかないのだ。
“その代わり傍にいてやる”
幸人の膝元で寛ぎながらテレビを見るそれは、その顕れの証でもある。
「オイ幸人、チャンネル。次は『貴方と私のラブストーリー』だ」
次なる番組を求め指示を促す。恋愛ドラマを見たがる猫もどうかと思うが、幸人は無言でチャンネルをジュウベエのお望みのままに。
「きたきたぁ。コイツらぜってぇ破局すんよ普通だったら」
恋愛ドラマが好きというよりは、大根役者の御都合展開を失笑したいだけなのかも知れない。
“プルルル”
不意に鳴り響く電子音。
「マナーモードにしとけよ夜位……」
良い(笑う)シーンに水を差された感のあるそれは、携帯電話の着信音だった。勿論幸人の所持品で、自宅以外でも急患に対応する為だ。
それ以外の使用用途は不明。
「なんならハードロック位入れとけ」
“着うた”等、流行りに逆行した無機質な電子音に、更に不満を述べるジュウベエ。
幸人には全く“若者”らしい色気が皆無にも等しかった。
色んな意味で着飾る事もせず、ただ淡々と――。
電子音が鳴り続く胸の内ポケットから取り出したそれは、今流行りのスマホと呼ばれる機種ではなく、一昔前のガラケと呼ばれた携帯だ。
幸人はその何の変哲もない黒い携帯を開き、液晶画面に目をやる。
「……?」
怪訝そうな表情をしているのは、表示されているのが非通知だからだ。
少なくとも急患でない事は確か。
「もしもし?」
幸人は腑に落ちないながらも、通話ボタンを押し――応答する。
『…………』
しかし返答は無い。耳に届くのは機械的な特徴のノイズと静寂。
「何だ悪戯電話か?」
ジュウベエも異変に気付いたが、わざわざ悪戯してくる意味が分からない。
「……誰だ?」
幸人は直感でそれが悪戯でも、ましてや普通の通話でもない事を確信する。
問い掛けるその声は裏の、エリミネーターとしての顔になっていたからだ。
問い掛けから暫しの沈黙後――
『……ああ済みません。幸人さん……いえ“雫”さん――』
やはりだ。雫は幸人のコードネーム。一般人が知る筈がない。
声帯から女性と思わしきそれは、間違いなく裏世界の人物。
「……ん?」
しかしその声には何処か聞き覚えがあった。
そう。携帯越しだと声質が変化するとはいえ、その声の主は裏に於いて近しい人物――
『突然の電話、申し訳ありません。私です、仲介人の琉月です』
それは余りに突然の事。個人用に裏から連絡が入る事は、まず有り得ない。
表と裏は介入不可が暗黙の了解、それは鉄則にも近い。
真意は定かではないが、それは琉月からの突然の“表”からの連絡だった。
「何の用だ? 裏と表は介入不可は知っているはず……。依頼なら狂座ネットワークを通じてからにしろ」
通常の経路を通さない琉月の“それ”に、幸人の機嫌はすこぶる悪い。只でさえ本日は気が滅入っている時にこれだ。
『いえいえ、今回個人的に電話をお掛けしたのは、通常の依頼とは少しばかり勝手が違うのですよ』
「……どういう意味だ?」
幸人はその真意を図りかねている。
つまり琉月のそれは、依頼とは別用件という意味なのか。
『これはSS級であるのみならず、如月幸人さん“個人”としてへの御願いですかね? 詳しい事は仲介室でお話致します。では今夜、何時もの場所でお待ちしておりますね』
「オイ! 何を勝手に――」
“雫としてのみならず、個人的にだと?”
疑惑を感じる間も無く、通話は有無を言わせず打ち切られていた。
それは赴くかどうかの選択肢は無く、必ず来てくれとも取れる。
「何の電話だったんだ?」
怪訝そうに携帯片手に固まっている幸人へ、ジュウベエも興味津々。
幸人の口調から狂座からの電話である事は分かったが、依頼とは異なる内容、その真意が気になるのだ。
「仲介人から、俺に個人的に用がある……だとよ」
「おおっ! あの表は超美人らしい仮面女からか! こりゃあアレだな、深夜の逢瀬の御誘い」
猫らしからぬ、恋愛ドラマの見過ぎ感のある御都合展開思考だが、個人的にと言う事でジュウベエは茶化さずにはいられない。
「いやぁ、お前にも遂に春が来たか。アイツといい、ライバルは多そうだけどな、ククク」
「そんな訳有るか! そもそも興味が無い……」
変な方向に囃し立てるジュウベエへ、不満の意を述べる幸人だが――
「いや分かんねえぞぉ。彼女も満更ではないかもしれん。まあロリコンのお前には、彼女はちょっと年増かも知れんが」
「んなっ!?」
ジュウベエは止まらない。幸人の性癖まで暴露した感がある。
“ロリコン”
それが定かではないし冗談だろうが、幸人は図星でも突かれたかのように固まってしまった。
「なっ……何を馬鹿なっ!?」
どもった口調から幸人は明らかに焦っている。
「ククク、隠してもバレバレなんだよ」
「こいつ!」
尚も囃し立てるジュウベエに、幸人は首根っこを掴もうと手を伸ばすが――
「焦りで動きが鈍ってるぜ?」
ジュウベエはその俊敏な動きで楽にかわし、逆に幸人の背後を取った。
「まあ気持ちは分かるがよ……。いい加減自分の幸せにも目を向けな。人として……」
それは説教では無い。長々と共にした主人だからこその。
「もう……報われる事があってもいいんじゃねえのか?」
“幸人は未だに縛られ続けている”
それはエリミネーターとして、“あの日”以来己に課した誓約。
このままで良いはずがない。主人には人としての幸せを掴んで欲しいのだ。
だが幸人は振り返る事もないまま、ただ項垂れるように固まっている。
「――何を馬鹿な事を……。悪が報われる必要は無い。それがエリミネーターの道を自ら選んだ者の掟、例外の無い業……」
そして独り言のように呟くそれは、ジュウベエの気持ちが分かっていながらも曲げられぬ――
“哀しいまでの信念の証”
どんな綺麗事や大義名分を飾っても、エリミネーターは悪であり、許されざる人殺し集団である事に変わりはない。
「やれやれ……」
答は分かっていた。
ジュウベエはやりきれない溜め息を吐きながらも、幸人の左肩へと飛び乗る。
「とりあえず行くぞ」
それは仲介所への斡旋。
「いや、俺は……」
「返事はイエッサー、オッケー? まあ話聞いてみるだけでもいいじゃねえか(面白そうだし)」
渋る感のある幸人へ有無を言わせぬジュウベエ。
返事こそ無かったが、幸人はドアへと向けて動き出す。
「よっしゃ! さあ行くぜ、新たなる世界へ」
「…………」
ジュウベエのみじゃない。幸人もまた、これまでに無い何か新たな事が開かれる、ある予感がしていたのだ。
渋りながらも結局突き動かすのは、無意識なるそれか?
二人は何時も通り赴く。
琉月の待つ、闇の仲介所へ――。
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