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――旧校舎校長室前扉。仕事に赴いた訳ではないのだが、何時も通りの黒衣を纏った幸人が扉を開ける。
「そうなんだよ琉月ちゃん――あっ!?」
室内に居た琉月以外の人物を目の当たりにし、不機嫌そうな幸人の表情が更に吊り上がった。
「アイツも来てるわ……。流石ライバル(恋の)」
この不測の状況に不機嫌な幸人を尻目に、彼の左肩で時雨を見据えながら呟くジュウベエだが、彼にとってはある意味、予想の範囲内であった。
「ちょっ……ちょっと琉月ちゃん!? 何でアイツが来んの? これは俺と二人っきりの――」
当然の反応。それは時雨にとっても不測の事態だったようだ。
「何でって……私が御呼びしたのですよ?」
当然の如く室内は不穏な空気に包まれていくが、琉月は『それの何処に問題が?』とばかりに受け流す。
「だあぁぁ! 気分悪ぃよオイ! 折角の琉月ちゃんとの目出度い席に何でアイツがぁぁ!!」
両手を額に充てるオーバーリアクションで、その嫌悪感を絶叫で顕す時雨。
「いちいち無駄に五月蝿い男だ。軽口叩けぬよう、その口を閉ざしてやろうか?」
機嫌の悪さを露骨に剥ぎ出しにする幸人。
「あ? 今死ぬか? 此所で」
時雨はすぐに反応。一発触発。
当然こうなる。仲の悪さは相変わらずだ。
「まあまあ御二人方。仲の宜しいのは分かっていますから、もう少し落ち着きましょう」
そんな険悪な二人の間を割るかのような、明らかに空気を読んでない琉月の発言。
「何でコイツなんかとぉ!」
「悪夢だ。訂正しろ」
そのなだめに対し、ほぼ二人同時に反論。琉月を交えたそれは絶妙なトライアングラー。
“ククク、やっぱ似た者同士の馬鹿だコイツら”
そんな彼等にジュウベエは失笑を隠せない。
何時もは負の連鎖も相まって、暗く不気味な仲介室も今日ばかりは明るく見えた気がしたのだ。
二人は今にも激突しそうな、一発触発の雰囲気だったが――
「まあ……今回ばかりは琉月ちゃんに免じて見逃してやる」
突如、時雨の方から身を退いたのだ。
「今日は目出度い日だからな。その席に争いは琉月ちゃんに失礼だ」
「はあ? 何を言ってるんだお前は?」
勿論、幸人にはその真意は分からない。
何が目出度いと言うのだろうか。それに此所に呼ばれた理由すらも分かってない。
「お前は本当に鈍いっつうか、情報にも疎い奴だな……」
時雨は呆れたように溜め息を幸人へと向け、そして琉月へと讃えるように右手を向けた。
「今日はな、琉月ちゃんが仲介部門統括となった、その就任祝いなんだよ」
途端に笑顔になる時雨。
「おめでとう琉月ちゃん! まあ琉月ちゃんなら当然だよこれも」
そして賛辞の言葉と、惜しみない拍手。
「あ……ありがとうございます」
やはり仮面で表情こそ分からないが、琉月のその口調は少し照れ臭さも感じられた。
“仲介部門統括”
狂座三部門に於ける、その各部門長。その最高位階。
「ホントは二人っきりで祝うつもりだったけど、琉月ちゃんが呼んだんなら仕方ないが、お前は鍋奉行役な?」
つまりその昇格就任祝いが、今回呼ばれた肝である事を時雨は言っているのだ。
「ちょっ……ちょっと待て! まさか……こんなくだらん事の為に、わざわざ呼び出したのか?」
余りに予想外の事に、幸人は当然反論の声を上げた。
個人的に呼ばれたとはいえ、納得いかない模様。
昇格は確かに目出度い事だが、それとこれとは話は別。わざわざ自分が呼ばれる程の事でもない。
「くだらんとは何だくだらんとは!? お前、琉月ちゃんに世話になってる分際で、何だその言い草は!?」
時雨は当然、即座に幸人の物言いに反応罵倒。
再び、室内が険悪な雰囲気に包まれてしまった。
「やっぱコイツ呼んだのは失敗だよ琉月ちゃん!? 二人で行こうよ、コイツ放っといて」
時雨は止まらない。つまりは二人っきりで席を祝おうと言うのだ。本人も最初からそのつもりだったのだろうそれは、露骨な敵意剥き出しの顕れか。
「オイオイ幸人……。たまにはいいんじゃねえか? 羽目外したってよ」
幸人の左肩で囁くように諭すジュウベエとしては、このような機会、滅多に無いので望む所だった。何より幸人本人の為にも。
「お前は黙ってろ。俺にそんなの必要無い」
「はぁ……お前なぁ……」
だが頑なに拒否の構えを見せる幸人に、ジュウベエは呆れて溜め息しか出なかった。
「帰れ帰れ薄情者。さあ行こ琉月ちゃん」
追っ払うような手のジェスチャーを幸人へと向け、時雨は琉月に二人っきりを促す。
ある意味、彼にとっては願ってもない展開。
「行くって何処へです? これから始まるというのに……」
だが琉月は時雨の提案を一蹴、というより本意は別の所にある物言いだ。
「……はい?」
時雨は思ってもいなかった彼女の言葉の意味に、馬鹿みたいに目を丸くさせ固まってしまった。
「どういう意味だ?」
それは幸人も同様。それ以外何が有ると言うのか。
「確かに私はこの度、仲介部門統括として任命されましたが、そんな事を伝えに御二人を呼んだ訳ではないのですよ」
二人共その真意が分からず戸惑っている。特に時雨は余程意外で残念だったのだろう。哀しそうに項垂れるその表情は、今にも泣き出してしまいそうだ。
「じゃあ……一体?(俺の琉月ちゃんと二人っきり大作戦は)」
副音声が聞こえかねない程、時雨の断腸の思いで絞り出された疑問の声。
「そんな哀しそうな声をしないでください……。それに悪い話ではないですから」
琉月はそんな時雨の意図を汲み取るかのように諭し、そして今回彼等が此所に呼ばれた、その肝となる真意を語り始めた。
「時雨さん、雫さん、御二人方SS級エリミネーターとしてのみならず、二階堂 時人(にかいどう ときと)さん、如月 幸人さん二人、“個人”としてへ私からのお願いです」
琉月の発した言葉の意味に、暫しの沈黙が訪れる。
二人共、まだその真意を呑み込めないでいた。
それに反し――
“アイツ……時人って言うのか。うん、幸人と時人、これも似てるわ”
ジュウベエは全く別の事を考えていた。
時雨とは裏の名、コードネームなのだから幸人と同様、表の名が存在するのが当然。
ジュウベエはその類似なる共通点に、内心ほくそ笑んでいたのだ。
勿論時雨はおろか、幸人さえそれに気付いていないだろう。
琉月に対し、二人共固まっていたから。
「御二人方はSS級に認定されてから久しく、またそれに恥じぬ活躍をしてきたのもまた事実……」
事もなげに話始める琉月の物言いは、何処か勿体付けた感がある。
「……?」
「えっとぉ……それの何が?」
二人、特に時雨が言葉を詰まらせるのは当然――
「勿体振らず、さっさと説明したらどうなんだ?」
たが幸人は琉月のそれが癇に障ったのか、速やかな真意の説明の程を促していた。
「おまっ! 琉月ちゃんに何て口の聞き方を!」
時雨は即座に反応。こういう時だけ分かり易い事この上無い。
「まあまあ……。彼の言う事もごもっとも。回りくどくて済みません。簡潔に言いますと、御二人方がSS級へ昇級するにあたって、“先輩方”のお力添えが有った事を言いたかったのです」
「ああ成る程! 確かに……」
琉月のやはり何処か回りくどい気もするが、その物言いに時雨は納得の模様。
つまりSS級は“現在”こそ雫と時雨の二人、そしてまだ姿こそ現していないが、琉月の兄とされるその三名のみが、狂座の特等 SS級に位置している。
それは琉月の言葉の裏を取れば、狂座には彼等を指南した先輩にあたるSS級が、かつて存在していた事を意味していた。
「現在、狂座には三十三名のS級エリミネーターが在籍しています。其々がその称号に恥じぬ、臨界突破を果たしたトップの実力を持つ方々ばかりです」
また話が脱線した感もあるが、ここで琉月より初めて明かされた、狂座執行部門最高位階、S級エリミネーターの実態。
雫や時雨のSS級には及ばぬとしても、人外の力を持つ者のみが冠する事を許されたその者達は、狂座のみならず裏世界に於いて――
“狂座三十三間堂”
最強クラスの実力を持つ者達として畏怖され、そう称されている。
死亡や臨界突破者不作により空位になる事は在っても、この三十三の基本係数は変わらない。
つまり現在は三十三間、全てが機能している状況である。
時雨と一発触発の状況になった事もある、あのS級エリミネーターの熾震(シン)も、当然三十三間の一角で在り、彼は第二十九位~No:29にその名を列ねている。
基本、番号が若い程、実力も格も上とされるが、超越者同士にはレベルでは判断出来ない能力相性関係もあり、一概にそうとは言えないのが実状だ。
「へぇ……三十三間って全員揃ってたんだ。うん、それは知らなかったよ」
琉月の説明に、時雨は今更ながらに初耳とでも言わんばかり。と言うより彼にとっては、S級以下の実態等どうでもいいのだろう。
あの時、S級の熾震を本気で知らなかった事からも、その興味の無さがありありと伺える。
彼にとって興味の対象は、己と同等以上の者か己が惚れた者、つまり雫か琉月のみ。
「ん? でもS級とSS級のそれに何の関係が?」
時雨はまだ話が掴めていない。琉月の説明も悪いのだが、話は脱線しているようで繋がっている。
「……ふん」
幸人には推測だが掴めていた。
SS級から突然S級の話。その因果関係に。
つまりSS級になるには、誰しもS級――三十三間堂の道を通る事となり、雫と時雨は現在(いま)でこそSS級に認定されてはいるが、彼等もかつては三十三間の一角、またそれ以前より下積みの経験を歩んで来たのは当然――
「つまりですね、現在の三十三間には次期SS級の最有力候補となる、優秀な人材がいます。そこで――」
やはり勿体振った感はあるが、ようやく琉月は二人を呼んだ真意を話す事となる。
「御二人方にはその人物を、SS級の“先輩”としてサポートして頂きたいのです。あと、少しばかり“特殊”なコなので、担当となるどちらかにはプライベートまで面倒見て貰いたいと思いまして……」
其所で琉月は言葉を濁す。何故彼女が彼等を個人的に呼んだのか、最大の肝は正にそれ。
「えぇっ!! やだやだ、幾ら琉月ちゃんの頼みとはいえ、そんな奴のプライベートまで面倒見たくねぇ!」
やっとその真意を理解した時雨は、当然の如く駄々をこねる。無駄にプライドの高い彼らしい。きっと合わないだろう。
「そうだ! こういう事こそお前の役目!」
「あぁ?」
時雨は隣の幸人にその権利を、有無を言わさず譲ろうとするが、当然幸人も快くないのは一目瞭然。
「なんたってお前は、“あの人”に特別に目を掛けられて、SS級になったようなもんだからな――あっ……」
時雨の発した言葉の意味に、一瞬場の空気が固まった。
口にしてはいけない“何か”に気付き、時雨も声を詰まらせる。
“あの人”
時雨が口にしたその人物とは彼等の、そして特に雫の先輩にあたるSS級エリミネーターの事を指していたのか――
「あの御方……」
口つぐんだ時雨を代弁した訳でもあるまいが、琉月もまた物思いに囁く。
誰に聞かせる訳でも無く、その者を思い返すかの様に――
「かつて唯一無二のエリミネーターであり、狂座創世の要とも云われた至高の存在。そして雫さん……貴方の――」
「やめろ!!」
突如室内に響き渡る幸人の怒声。それは感情の爆発。
「アイツの話はいい……」
触れてはならない事も有る。
「申し訳……ありません……」
言葉足らずだったのか、琉月は幸人へと非礼を詫びていた。
「まあ……関係無いよな、あの人の事は……」
珍しく時雨も共感しているのは、事の発端の当事者である事を自覚している顕れか。
その事で室内が何とも言い知れぬ、不穏な雰囲気に包まれていた。
“あの人”
“あの御方”
“唯一無二のエリミネーター”
“狂座創世の要”
そして雫との深い因果関係。
謎が謎を呼ぶその人物。かつてと言う事情からも、現在は狂座に於いてその名は“禁句”なのかも知れない。
「ああ、そうそう琉月ちゃん。そのS級の奴って男? 女?」
明らかに流れを変えるべく、時雨が話を逸らす。
「女性の方ですよ」
琉月にとっても、それは願ってもない事。速答で応えていた。
狂座には比率こそ少ないが、琉月が仲介部門に所属していると同様、執行部門にも女性エリミネーターは存在する。
「うん、そうか……なら今回の件、少しだけ考えちゃおうかな?」
今回の指南者が女性だと判明した瞬間、時雨は掌を返していた。
「何がしたいんだ、お前は?」
「また変な事を考えているのでしょう……全く」
そのお調子者ぶりに幸人は呆れ返り、それ以上に琉月の呆れ声には棘が感じられた。
「いやいや、先輩としてここはね。やっぱ一肌脱がないと」
その弁解はあざとく、また一肌脱ぐの説得力は、彼が発しても変な意味にしか取れないが、雰囲気が一変したのもまた事実である。
これはある意味、時雨の天然と言うよりは、天性の成せる業だろう。
無意識に場の雰囲気をぶち壊すのが得意なのも、ある意味天性ではあるが。