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「もう、やめてくれ。頼むから……」
内藤さんの肩に手を置き、消えそうな声で呟く小田くん。揺すぶられた手が止まり、静止を促してくれた方に目をやると、その目には涙が光っていた。
「ごめんな。片桐くん……。本当に」
鼻をすすり、内藤さんの手を引いて、二人は教室の前方へと戻っていく。
まるで、俺達を巻き込まないように。
『さて。盛り上がってきたところで、聞いてもらいましょうか。これがいじめの、実際の音声です』
この場を狂わせた元凶のくせに、一切悪ぶれることもない声は、淡々とゲームを進行していく。死のゲームを。
『ゆるしてぇ……』
許しを蒙い、咽こむ声。その息遣いは荒く、嗚咽へと変わっていく。
『うわあ、きったねー。私なら生きていけないわー』
『近寄るな! 汚物が!』
パンっパンっと手を叩き、キャハハハハと甲高い声で笑う声。
……ある意味、この主催者より残虐な声がスマホより放たれる。
『ごめんなさい。ごめんなさい。……死ぬから。自殺するから。もう……、許してくださっ……』
声に詰まり、しゃくり上げている音声を拾い上げているのに。それを聞いている二人は「今、死ねよ」と煽る言葉を返す。
その後にも続く、人格を否定する暴言の数々。「うるせー声を上げたら、また沈めてやる」と脅された小春の声は消え、耳を塞ぎたくなるほどの言葉のみが録音されている。
音声と、会話の内容から。小春はトイレの便座に顔を突っ込まれ、許しを蒙っている場面だと、嫌でも察せられた。
いじめの中でも明らかな一線を越える行為に、浴びせられる人格否定の数々。
この残虐な仕打ちを受けた人間は、明日を生きていくことが出来るのだろうか?
自分がこれほどのいじめに遭っていたと身近な人達に知られてしまった人間は、これから先を生きていけるのだろうか?
俺には、分からなかった。
「どう……して……? どうして……、こんな物が……」
俯き、耳元を抑えていた小春は、「ああっー」と声を上げる。
忌まわしい過去を封じ込め、今を生きていた人間にとって。それをこじ開けられ公衆の場で暴露されるなんて、何よりも残酷なことだろう。
その音声を、聞かれるなんて。
「もう、いい! 分かったから! お願い、音声を止めて!」
凛がスマホに向かって声を張り上げ、さすがの主催者も途中で切り上げた。しかし悪趣味な視聴者という人種は、それすらも肴の餌にするらしい。
だから、この音声の流出は止められない。
「小春はされた側だから……。何も悪くないから……、悪く……」
小春の両手は耳元から机へと場所が変わっており、凛がそれを握り締め声を掛け続けている。
そこでようやく気付く。小春は衝動的に指輪を引き抜こうとしていると。
咄嗟に手を伸ばすが、凛により跳ね除けられ、首を横に振られる。
「……慎吾に、一番知られたくなかったことだろうから……」
引こうとしなかった俺の耳元で、凛はボソッと呟いた。
今、俺が関われば、より小春を刺激する。
だから、見守るしかない。自分の意思で、指輪から手を離してくれるのを。
小春は高校に入学して早々、いじめに遭った。違うクラスで気が付かなかったなんて、言い訳にもならない。
中学の頃より、俺達は休みの日に翔の家に集まってパーティゲームをしたり、気軽に街をブラブラと歩いていた。
部活も、趣味も、価値観も違うけど、それがまた面白くて。翔や凛が上手くまとめてくれるから、気を使わず楽しくいられた。
高校生になり、そんなムードメーカーの二人が付き合い始め、そんな関係も終わりかと思った。だけど二人は忙しい部活の合間に時間を作ってくれ、都会の街に出掛けようと計画してくれていた。
しかし小春はやんわりと断り、緩いゲーム大会すらも参加しなくなった。
付き合っている二人に気を使っているのかと思ったが、どうやら凛と二人で会うのも断っていたらしい。
俺と凛は一組、翔は二組、小春は五組と別々のクラスだった。
凛は、五組での友達付き合いもあるのだろうと思い、少し遠慮していたらしい。しかしそうしていく間に、小春は段々と学校を休むようになった。
凛は体調でも悪いのかと、小春にメッセージを送るが、返信がないどころか未読のままになっていった。
夏休み前。凛が不登校になった小春の家を訪ねて、話を聞いてくると言っていた。
そこでようやく、小春はクラスの女子二人からいじめに遭っていると打ち明けたようだ。
わざとぶつかってこられたことから始まり。机に卑猥な落書き。掃除当番を一人で押し付け。運動が苦手な小春が体育祭で足を引っ張っていると、クラスのみんなに吹き込んでいく。
結果、人見知りな小春が頑張って溶け込んだクラスの友達は離れていき。クラスのグループチャットは全員が脱退し別の場所を再結成され、クラスの情報が入ってこないことが続いた。体育祭の打ち明けも小春だけ呼ばれず、次の日にわざとらしく「昨日は盛り上がったね』と話をされたらしい。
何か気に障ったなら謝ると、いじめをする二人に何度も言ったらしいが。存在自体がウザいと返され、学校に来るなと告げられた。
だから、小春は不登校となった。