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日曜の昼下がり。俺は和幸を事務所の留守番に残し、ひまりと二人で近所の公園に来とった。
「パパ!鉄棒、見ててね!」
ひまりが元気に駆け出していく。
俺は黒のロングコートの襟を立て、周囲に威圧感を与えんよう、ベンチの隅っこに小さくなって座りおった。
やが、やはり無理がある。
俺が座った途端
鳩が一斉に飛び立ち、砂場で遊んどったガキどもが蜘蛛の子を散らすように親の元へ逃げていく。
(……チッ。ワシはただ、娘の逆上がりを拝みに来ただけやぞ)
眼鏡を指で押し上げ、溜息をついたその時や。
「……あの、黒龍院さんですよね?お隣、よろしいですか?」
不意に声をかけられ、俺の肩が微かに跳ねた。
見れば、人の良さそうな眼鏡をかけた、いかにも「サラリーマン」といった風体の男が
紙コップのコーヒーを二つ持って立っとった。
「……ワシに用か?」
「ええ。先日の運動会、リレーで走ってらしたでしょう? 感動したんです、あの走り。……あ、自分、ひまりちゃんと同じクラスの、佐藤の父です」
男は怯える様子もなく、ひょいと俺の隣に腰掛けおった。
俺は殺気を殺すのに必死やったが、男は「これ、ブラックです。よければ」とコーヒーを差し出してきおった。
「おう。…すまんな」
受け取った紙コップが、妙に熱い。
俺の人生、コーヒーを差し出される時は、毒が入っとるか
多額の献金がセットになっとるかどっちかやった。
ただの「差し入れ」なんて、生まれて初めてや。
「黒龍院さんも、大変ですよね。PTAの委員長なんて。……実は私も、去年やってたんですけど、会議が長引いて妻に怒られてばかりで」
「…会議は無駄が多いだけや。…落とし所を決めんから、話が空転しよる」
「ははは、まさに仰る通りです。黒龍院さんが仕切るようになってから、みんな『助かった』って言ってますよ」
佐藤と名乗った男は、自分の娘がブランコで遊ぶのを見守りながら、とりとめもない話を続けた。
昨日のプロ野球の結果、最近の野菜の値段、ガキの塾の話…
ワシの世界には一ミリも関係ない話やが、不思議と退屈はせんかった。
「……パパ!見て、できたよ!」
鉄棒でひまりがくるりと回った。
俺は思わず立ち上がり、「……おう!すごいやないかひまり!!上出来や!」と声を張り上げた。
ひまりは満面の笑みで駆け寄ってきて、俺の脚にしがみついた。
佐藤の娘も寄ってきて、二人の少女がじゃれ合う。
俺はそれを見ながら、隣の男に小さく会釈した。
「……佐藤。…コーヒー、おおきにな」
「いえいえ。また今度、学校行事で会いしましょう」
手を振って去っていく親子。
「パパもお友達できたんだね!」
俺は飲み干した紙コップを見つめ、ふっと鼻を鳴らした。
「…これがパパ友…か。…和幸が聞いたら腰抜かすな」
◆◇◆◇
帰り道
ひまりが俺の手をぶんぶんと振りながら、楽しそうに歩く。
「パパ、佐藤くんのパパとお話ししてたんだよね、何をお話ししてたの?」
「……ああ。…どら焼きより、最中の方がええんちゃうか、っていう重要な会談や」
「えー、嘘だぁ!」
ひまりが笑う
夕暮れの公園。
かつては「獲物」を探して歩いとったこの街が、今は「守るべき日常」に溢れとる。
事務所に戻ると、案の定、和幸が玄関で待っとった。
「兄貴!佐藤さんっていう保護者から、LINEのグループ招待が来てますけど!? これ、入ってええんすか!?」
「…驚きすぎやろ、普通のパパ友や」
「兄貴…マジでパパ友デビューっすか……」
極道パパの世界は、裏社会よりもずっと「複雑で、温かい」場所に繋がり始めていた。
#シリアス
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