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第1章
あれは雨の日だったか、いやあの時はまだ曇り空でもうすぐ豪雨がやってきそうな黒いものが青空を覆っている時だった。傘を刺すか刺さないかそんな事で長時間悩んでいる伊藤信明。片手には大量の生活必需品が入ったビニール袋を持っている。重さで指先が赤く染っているが、空を見上げ雨が降らないか心配している伊藤はそんな事気になっていなかった。そもそも伊藤は、家に帰ることを拒んでいた。最近伊藤の家が嫌がらせを受けている。ポストの中に脅迫文と同時に鳩の首が入っていたり、野球ボールを投げられ2回の寝室のガラスが割れたりと嫌な事ばかり続いている。これ以上被害が出るならば、この家とは別れると思っていたが、この家はローンを立てて買ったものでありまだローンは残っている。だから仕方なく帰っているのだ。自らの足で地獄の場所に行くのはやはり躊躇いがあった。一歩、一歩近づいていく度に心が崩れ始める。もう家の中にいる時は心は崩れ、無の状態で生きていると言っても過言では無い。今日もそんな地獄に帰らないといけない。ここはもうすぐ閉まる。ここにいたって別に苦じゃない。逆にあそこにいる方が伊藤を苦しませる。本来憩いの場である家をあんな地獄のような物にしたのは一体誰なんだ。今日はひとまずあの地獄に行こう。
黒の傘を揺らし、いつもより遅く歩いている。今日は結局傘は要らなかった。家は近所のスーパーからおよそ500mの坂を登った上にある。あの地獄から出る時の下り坂はとても楽しく、軽快におりるが、あの地獄に繋がる上り坂を歩くと錯覚でもなく本当に足が重たくなってくる。長距離の坂を上っているからか分からないがまるで誰かに足を捕まれ、それをおもいっきり引きずっている感覚、もうこれ以上進むなと言っているように。でも伊藤はあそこに帰らないといけない。あそこが伊藤の唯一の憩いの場なのだから。家に着いた。いつもと変わらない家。壁は白で屋根は黒。木製のアンティークなドアに手をかけ、そっとドアノブを下げる。カチャッ。鍵が開いていた。家から出る時確か、いや、絶対に鍵は閉めたはず、伊藤は心配性で些細なことでも不安になってしまう。だからスマホのメモアプリには「やる事リスト」があり、それに書いてある事をする度にチェックマークを付けるということをしていた。今日もそのリストには「玄関の鍵を閉める」とありそれにもチェックマークは付いている。だから閉め忘れたはずが無い。裏にまわり庭の方を見てみると、庭に繋がる扉が開いていた。やってしまった。ここまでは気づかなかった。自分がこんなにも不用心な事にショックを受ける伊藤。恐らくこの部屋から誰か入ってきたのだろう。そっと扉に近づく。外なのに誰にもバレないような緊張感で足音を殺し、徐々に近づいていく。いま俺は何をしているのだろう。こんな姿通りかかった人が見たら変人だと思われ、逆に不審者に見られてしまい通報されるかもしれない。一瞬の時間でそう考えた伊藤は、普通に歩きドアを開けた。新しく買った家なのに、ドアを引く度ギィーと言う不快な音が耳障りに聞こえてくる。伊藤の右隣に、壁にもたれかかった中学の時部活や練習で愛用していた金属バットがある。伊藤はそれを軽々と持ち、肩に乗せた。ドアから入る街灯が暗い部屋を照らしだす。ドアが閉まった瞬間一瞬で暗闇に包まれると同時にその瞬間恐怖に襲われた。
伊藤は暗闇恐怖症だった。完全に光が遮られた空間にいると伊藤はパニックを起こし、気を失ってしまう。今そんな場面になっている。伊藤の鼓動は徐々に早くなり始め、息も荒くなっていった。早く電気を付けなければ、気を失ってしまう。もしこの家にまだ侵入者がいるとしたら、失神した伊藤をどうするか分からない。多分生きてはいないだろう。そんなのはごめんだ。この地獄で死にたくない。絶対に死ぬもんか。そんな事を心で呪文のように唱えると何故だが心が軽くなり、暗黒の暗闇が徐々に明るく見えてきた。暗闇だった時、随分と進んでいると思っていたがただドアの周りをぐるぐる回っていただけだと気づき、誰も見ていないはずなのに顔が赤く火照り顔を手で蹲った。壁に付いているスイッチを押し、電気を付けた。すると目の前には、ものが散乱している悲惨な現場だった。本来この廊下に無いはずのものが無造作に置かれている。いや、投げられている。でも今これを片付ける余裕は無い。もしこの家に不審者がいたらまずそいつを何とかしなくてはならない。意を決してリビングに繋がる扉を片手でしっかりと持ち、ゆっくりと開けるとやはりリビングもものが散乱していた。もしかしたらここに侵入者が隠れているかもしれない。隅々まで人が隠れられそうな所を隈無く探す。だが侵入者はいなかった。寝室や洗面所は、荒らされていなく物も盗まれてなかったから、恐らく侵入者はこのリビングにだけ入ったのだろう。だが別に物などは盗まれていない。伊藤は、買ったものは写真を撮り万が一盗まれた時、警察にその証拠品を見せる為にやっている。その写真を見みながらいちいち盗まれたものは無いか確認したが何も盗まれてはいなかった。一体何をしたかったのだろう。その犯人は。もし嫌がらせでただリビングを荒らしただけなのなら確かに、それは陰湿な嫌がらせだが別に元の位置に戻せば良いだけだし、別に何も気に留めなかった。それ以前に誰も知らない奴がこの家に俺の許可無く、勝手に入り込んできたことが許せなかった。今なら110番をして警察に通報することは出来るがこんな時間に近所に迷惑になりそう事はしたくない。伊藤はこの住宅街では、物静かで優しい性格と思われている。そんな人が警察に事情聴取されている所を近隣の人に見られたら、どう思われるか分からない。心配してくれる人も居そうだがその大半はくだらない嘘の噂がすぐに煙のように漂い、顔を近づけ小言のように喋るが普通に誰からも聞こえる大きな声で話し、そのせいで俺の評判が下がってしまう。というのは、もう目に見えていた。今はそんな事考えている場合では無かった。早くこの状態を綺麗にしなくては、白い手袋を丁寧に使い、両手でそっと持ち上げ元あった場所に戻す。ただ単純な作業なのに、やっていくうちに楽しくなってきた。まるでパズルをしているかのように元にあった場所に戻すと、スッキリとした気分になる。作業はおよそ4時間かかった。リビングだけでこの時間は流石に長すぎたか。肩が異様に痛い。まだ20代なのに伊藤の親父見たいに苦しい顔をして、ぐるぐると肩を回している。スーパーで買った食品を先までの事が何も無かったかのように、平凡な顔をして空っぽになった冷蔵庫を食べ物で埋めつくしていく。白かった冷蔵庫の中は食べ物で綺麗な冷蔵庫に変わっていった。空っぽになったビニール袋は、縛って小さくし黒いカゴに入れた。黒いカゴには様々な袋が入っている。ゴミ袋として使ったり、嘔吐袋として代用したり(今まで1度も無いが)様々な場面で使えるように残している。リビングに戻り、赤い革のソファにもたれかかると壁に掛けてあるテレビをたまたまソファの上に置いてあったリモコンで付ける。こういう所はまだ伊藤はドジなのかもれない。付いた瞬間一番最初に映ったのは、ニュースの番組だった。伊藤にとってはニュースを見ることはルーティンであり、いつもニュースを見たあとにお風呂に入り、寝室で寝る。今日もそうするつもりだった。するとニュース番組で特集がやっていた。
ー事件ー
5月7日午後9:20頃都内の××区𓏸𓏸町にある立入禁止の工場現場で大滝優奈さん(22)が死亡している所が発見された。優奈さんの死体を発見した現場の人がすぐに110番をし警察に通報した。警察を通報した工事現場の方は、
「最初にあの女性の死体を見つけた時、自分の目を疑いました。まさか女性が死んでいるなんて、驚いた挙句声もまともに出ませんでした。腰がそのまま砕けるより崩れ落ちどうすればいいか迷っていた所上司の方に携帯を差し出され110番をしろ、と仰ったのです。」
一方およそ5年間交際し、結婚間近だった優奈さんの彼氏坂本武尊さんはこう語っている。
「私の彼女が居なくなってからはもう何もかも私の前から消えて無くなるように見えてきました。彼女が大切にしていた本、彼女が好きでいつも録画していた番組、それを見る度に彼女との何でもない日常を思い出し涙が溢れてきます。彼女が死んだ後何気なかった彼女の買ってきたものは私にとって大切な宝物になりました。どうか彼女の死因を教えてください。」
優奈さんの死因は、頭からの大量出血による死亡だと確定した。優奈さんの死体の近くには散乱したおよそ5mのパイプがありその1つに血が付いていた事から何かしらの理由でパイプを支えていたワイヤーが外れ、優奈さんの頭に直撃したと思われる。警察はその後の調査に準備を進めているようだ。
この事件の特集が各ニュースでひっきりなしにやっている。でもあの事件があったのはもう3ヶ月以上先の事なのに何故、今もこの特集がやっているのだろう。無関係の女性が工事現場で亡くなったから?そう考えれば特集をする事は分かる。だがもう亡くなった女性の死因は大量出血でパイプが頭に直撃した事も判明している。もうこの事件はいや、事故は片付けられたのではないか、でもまだこの特集がやっているのだとしたらこの事故に何か隠されていると匂わせているようにしか思えない。これが事故ではなく殺人だったらという事か定かでは無いがきっとこの事故にもなにか裏があるのだろう。伊藤の趣味は小説を読むことだ。特に好きなのはミステリー小説。1ページめくる事に好奇心に心がいっぱいになり、探偵のように犯人を探していく事が楽しかった。刑事でもないのに犯人が予想とあっていた時には達成感に溢れた。だが最近は、どんでん返しの小説も多く的外れな考察も多くなった。伊藤の考察が衰えた訳では無い。年々小説の質が上がってきているのだ。寝室には、2つの本棚がある。その本棚に入っている本は合わせるとおよそ300冊はあるだろうか。まともに数えたことは無いが多分それくらいはあるはずだ。もちろん本棚に入っているものは全部読破している。だがもう最初の方に読んだ小説はどんな内容だったかもう忘れた。伊藤は記憶力は鈍い。だから人一倍に心配性なのかもしれない。だが今日はあんな散々な目にあってしまった。自分の記憶力のせいだと誤魔化し、何事もなく今日を過ごす伊藤。今日の事は忘れよう。きっと寝れば何気ない明日がやってくるはずだ。大丈夫。大丈夫。
カーテンの間から眩しいほどに太陽の日差しが目に当たり、目を擦り、瞼をゆっくり開くとリビングに居た。どうやらそのまま昨日の疲れでソファで寝落ちしてしまったらしい。くしゃくしゃになった髪の毛を一先ず手櫛で整えたあと寝室にある櫛を取りに行くためにソファから離れた。テレビもつけっぱなしだった。テレビに映っている時刻表を見るともう9:00を回っていた。この時刻を見るとあの事故の特集を思い出す。でもあの事故は夜であり20分だったが9と言う数字を見る度にあの事を思い出してしまう。別にあの事故に何も関与していないのに、特集を頻繁に見ているからか被害家族と同情できるようにもなってきた。2階にある寝室に行くため、白い光沢を放っている階段を駆け上り廊下の一番奥にある寝室のドアにゆっくりと手を掛けて引いた。カーテンから漏れだしている僅かな光が寝室内を明るくしている。寝室のガラスは何者かによって割られたがもうそのガラスは修復してある。修復代はおよそ7万円位だったか。普通のサラリーマンである伊藤にとってはかなり高額な修復代だった。リビングにある高級そうな赤い革のソファは、ボーナスの時自分に対してのご褒美で買ったものでそれ以降は高級なものは買ってない。ソファの周りのインテリアや家電は、安いもので統一しておりリビングの真ん中にあるソファが異様に浮く。赤い革のソファを誰かに譲り、このリビングに合ったシンプルで安いソファにしようか。でも誰も譲る相手はいないし、そもそもあのソファは初めてボーナスを貰っときに買ったものであり自分にとっては大切な物だった。そんなものを伊藤の性格では簡単に手放すことなんて出来ない。ガラスを修復した時そのガラスだけ質が違うのか分からないが周りのガラスよりも違和感があり浮いていた。多分初めてこの家に来た人からすると何も気づかないと思うが長年住んでいた伊藤にとってはやはり馴染んでいるようには見えない。そんなこと考えているうちに太陽は雲に覆われていた。仕方なく寝室の電気を付け、引き出しの中にある櫛を取り出そうとするとその引き出しの中に1枚の紙が入っていた。3つ折りにしていたA4の紙をゆっくりと開くと赤いマジックで荒々しく
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。許さない許さない許さない許さない許さない。
この紙を開いた瞬間一瞬で恐怖に包まれた。この様な脅迫文はもう何十通もあるが今までとは違った感じでただ3つの言葉を連なっているだけなのにその手紙には何かしらの狂気が潜んでいるように見えた。赤い文字に書かれた黒い紙は異様に不気味ですぐにビリビリ破いて近くのゴミ箱に押し込んで捨てた。呪いを押し殺すかのように。きっと昨日家に入り込んできた犯人は、この手紙を引き出しの中に入れるように入ったのだろう。でもなぜリビングをあんなにもぐちゃぐちゃにしたのかただの嫌がらせか何かしらの企みがあったのか分からないが企みと言ったら暗闇恐怖症である伊藤を暗闇に閉じ込めパニクった伊藤を近くにあった物で怪我をさせる。そうとは考えにくい。もし本当にこの作戦だったとしたら失敗に終わったということだろう。ざまぁみろ。伊藤は心の中でそう思った。心優しい伊藤にとってこんな感情を持つのは初めてかもしれない。いやっだいぶ昔に同じ感情を持った日がある。でもその日は思い出したくもない。伊藤にとってはとても苦い思い出だったこれを思い出と言うべきか、もし思い出と言うべきならばそれは、地獄の様な思い出に変換されるだろう。今日も明日もこれからも伊藤からの嫌がらせは続くだろう。でもその中伊藤はのほほんと生きている。そんな自分を褒めたかった。でも内心はとても怖くて、震えて、誰かに助けて欲しかった。でも友達も両親も、家族もいない伊藤は寄り添える人はいなかった。両親は高校生の頃に亡くなり、数年前に祖父と祖母も亡くなった。夜1人で枕に顔を押さえつけながら嘔吐くように泣く日々。もし自分の隣に励ましてくれる人がいたらどんなに心が軽くなったのだろう。今の伊藤の心はずっしりと重たくなっている。もう一人になるのは嫌だ。誰かいてほしい。でもそんなこと言える勇気がない。こんな子供産んだのは一体誰なんだ。そうだ俺の事を愛してくれたあの女だ。身体中に愛の証を付けたあの女の元俺は生まれたんだ。もう一度あの女に会いたいそしてもう一度愛されたい。同じところにまた証を付けてくれよ。そうすると何気に自分に自信がみなぎるようになるから。ぎゅっと抱きしめてもう離さないと言って俺の頬に口付けをしてくれ。あの日口から吐き出す苦しみも全部貴女が吐かせてくれた。貴女の事を俺は人一倍に愛している。だからもう一度会いたい。会わせて下さい。そして抱きついて言いたい。助けて。助けて。助けて。ねぇもう一度俺を愛してよ。
第2章
22年前女神が激痛に耐え新しい命が誕生した。俺は女神の元生まれたのだ。平凡で普通な少年。そんな子供を産んでしまった女神は悲しんでいないだろうか。もし俺が女神ならこんな子供すぐに捨ててやるのに女神はその少年を可愛がった。
「ありがとう。生まれてきてくれて」
心に刺さる言葉だった。胸がジンジンと染みる。でもおかしい言葉があった。生まれてきてくれて?なぜそう思うのだろう。生まれてきたのではなく産ませられたんだとそう思った。女神がお腹を痛ませて懸命な努力で生まれてきたのに、生まれてきてくれてなんておかしい。俺のためにあなたは地獄のような苦しみをしたのになぜ、ありがとうなんて。こっちが逆にありがとうと伝えたいのに。でもまだ幼い俺は言葉も喋れない。どうにかして感謝の気持ちも伝えられないか小さい脳で考える。そうだこの感情を笑顔で伝えればいいんだ。俺は懸命に小さい顔ながらも目をクシャッと細め口角を上げた。俺は懸命に笑顔を作った。一産んでくれて、ありがとう。その瞬間女神から笑顔が消えた。消えたと同時に俺をゴミのような軽蔑な目で見て、
「やっぱり笑顔はあの人に似るのね。」
あの人とは誰のことだろう。まだ思考能力が低い俺にとっては分からなかった。そもそも興味がなかったのかもしれない。でもそんな事女神が知ったらどうなってしまうのか。まぁ知る由は無いんだけれど。女神は俺の事を精一杯愛してくれた。それは近所にいる子供より十倍、いや、万倍愛してくれたのだ。俺も女神のような愛を女神にもあげたい。それからだいぶ年が経った日、毎朝起きる時女神の頬に口付けすることが日課となった。これが俺にとっての愛してるなのだ。頬に口付けした後女神は、両手で俺のことを抱きしめ
「ずっと愛してねママもあきくんのこと愛するから」
そう言った。当たり前だ。女神が俺の事を愛す。俺が女神を愛する。こんなにも幸せに満ち溢れた親子がいただろうか、俺は少なくともこんなに良い親は見たことがない。きっと普通の家族は俺たちのことを見て羨ましがるだろう。今日も女神では無く俺がご飯を作る。女神が働いてはダメだ女神はゆっくりと休めばいい。大好きな女神よずっと俺の場所にいてくれ、それだけで十分幸せなのだから。すると2階の寝室から物音がした。ゴトンという鈍くて重い音とパリンと何かが割れる音そして女神の叫び声。また台風の時間がやってきた。台風の時間はおよそ1週間に1回くらいの頻度で発生する。台風が通過したあと片付けるのはもちろん俺だ。でも今日は異様に長い。ますます物音も激しくなっている。女神の怪我が心配だけれども大丈夫、きっと女神がその傷口を見せて俺に口付けをしてくれと頼みに来るだろう。そうなったら俺は迷いなく女神にできた傷を癒すためにそっと口付けをする。女神のためなら菌が移っても構わない。女神を守るためならなんだってするそれが俺が生まれてきた理由なのだから。やっと台風が終わるといつもなら綺麗に整えられている美しい髪も、ぐしゃぐしゃになり涙で頬が濡れていた。今すぐ抱きしめてその涙を拭い、頬にいや唇に愛を付けたい。俺は俺なりの愛を女神にあげたい。その愛に女神は受け取ってくれるのだろうか。「ねぇあきくん」来た。きっと傷を癒して欲しいと言ってくるのだろう。俺は構わない。女神のためなら口付けでも何でもする。そう思っていたが違った。女神の白くて細い右手には銀色に光った包丁を持っている。何処から持ってきたのだろう。キッチンの棚にある包丁がなぜ女神が持っているのだろう。もしかしてひとつだけ包丁を寝室の引き出しの中に入れていた?でも何のために?でも今はそんな事考える余裕は無い。防犯対策のため万が一の時に隠し持っていたということにしよう。女神の手が小刻みに震え、唇も乾燥し、涙で化粧がボロボロになっていた。早く包丁を取り返さないと女神が怪我をしてしまう。白い身体に鮮明な血が流れる。そう考えただけでも恐ろしい事なのにそれが今まさに起きようとしている。だが小さくてか細い俺は、簡単にお腹を蹴飛ばされた。おもいっきりフローリングに頭が直撃する。そのまま腹の上に馬乗りになり、女王は俺の両手を片手で抑えながら空いている片手で俺の頬を4発、5発と叩いていく。俺は女神に叩かられる度幸福を感じた。これが愛の儀式なのだ。愛されているからこそこんなことが出来る。愛されていないのなら触れてすらくれない。俺は女神に愛された存在なのだ。そう考えると自然と涙が溢れてきた。ぶって、ぶって、俺をもっと殴って、どこでもいい。どこでもいいから貴女の愛を俺が全部受け止めたい。全部受け取るから。もっとして欲しい。女神の白い頬に小さな雫が垂れているのが見えた。女神もきっと俺と同じ気持ちになったのだろう。ダイヤのような輝かしい美しい目が涙で覆われそれが陽の光に反射し余計美しく見える。貴女はどこまで美しくなれば良いんだ。俺の顔には傷が出来た。でもこれは愛の証拠。愛の証なのだ。この傷を治そうとは思わない。逆に治したらまた女神から愛の儀式を受けるのだから。すると女神は何かを訴えていた。
なんで、なんで、なんで、とそう繰り返し俺の腹を殴っている。その拳は言う度に強くなり俺は思わず胃の中にあるもの全部吐き出してしまった。すると女神が驚くような顔をして俺の顔に顔を近づけた。そして俺の事を細くて白い腕で抱き上げ、俺を起こしそのまま抱きついた。俺もその反射で女神の事を抱きしめた。この手を離したくない。離したくない。ずっとこうやって抱きしめたい。女神と抱きしめていると何もかも嫌なことも、不安なことも全部浄化していくようだった。もうあの事が無かったかなのように心がスっと軽くなった。女神は俺の事を抱きしめながら
「あきくんごめんね。痛い思いさせて。でもこれが私の愛なのだからあきくんもママのこと愛してね。」
「痛かったよね。でもその傷をママがキスしたらきっと早く治るから」
そして女神はそっと自分の上着を脱ぎ上半身のを顕にした。その上半身には痛々しい傷が残っており、これはあきくんにもある愛の証だと言っている。昔、女神は好きだった男に愛の儀式をさせられたらしくそれと同時に性行為もさせられ俺が生まれたという。でもこんな男との間にできた子供(俺)なんて産んだって仕方ないのではないか。女神の美しい肌をあんなにもボロボロにした男を俺は許さない。でも俺はその男の血が混ざっている。そう思うだけで吐き気がしてきた。今すぐ体を切ってそいつの血と混ざった俺の体を循環している汚らしい血液を出したい。でもそんなことしたら俺は死んでしまう。そうなるときっと女神は悲しんでしまうだろう。俺は女神に傷つけられたい。傷口から出る血を見るとあの男と繋がってる血が出ていると感じなんだか嬉しく感じるのだ。もっと俺から血を出させてくれ。女神のその細長くて綺麗な爪で俺の事を引っ掻いてくれ。女神は俺の服をゆっくりとぬがせた。俺の上半身も顕になる。俺の上半身にも女神と同じように愛の証が大量にできていた。でもこれは俺の愛する女神がつけたもの俺はこれを誇りに思っている。唯一無二の女神に愛されたのだから。痣、切れ傷、瘡蓋全て俺にとっては子供のように大切なものだった。そっと女神が俺の体に触れ、その愛の証に1つずつ舐め始めた。気持ちいい。もっと舐めて。もっとやって。1つずつ舐められているうちに幸せに浸れた。こんな事をされる俺はなんて幸せものなんだろう。
「次はあきくんの番ね」
そう言われ、俺は女神の言った通り女神にできた愛の証を小さな舌で舐めた。ザラザラとした感触で少しだけ血の味がしたが俺は構わなかった。逆に女神の血が舐められる事はこれ以上嬉しいことは無い。女神に流れる純真な血を俺の身体に入っていくような感じがして、女神と一体になれたような気がした。ずっと舐めていたい。すると、もういいよ。そう聞こえた。だが俺は3秒間少しだけ長く舐めたあとそっと小さい舌を小さい口にしまい。女神の顔を見てにっこりと笑った。少し引きずった様な笑顔をしてしまったか不安だったが女神も後に続いて笑顔を見せた。そっと白い手が俺の黒い髪を優しく撫でるそれに沿うように俺の顎に指を乗せた。
「いい?あきくん。あきくんの身体にある愛の証はママとあきくんだけのものだから誰にも見せちゃダメ。大変だろうけど毎日夏でも長袖、長ズボンを着て学校に行ってね。」
そう言われ。俺はそのまま縦に頷いた。でもなんでこれを見せないのか分からなかった。これを見せればきっといや、絶対に俺たちの愛が分かるというはずなのに。この証は俺にとっては誇らしいものだ。それを見せないなんて勿体無い。でも女神の言うことは絶対だ。絶対に逆らってはいけない。もし逆らうと女神は俺の事を愛さなくなってしまう。それをほど俺を苦しませる物は無い。翌朝、今日は学校に行かなければならない。でも今日は今度の進路に関わってくる大事なテストがあった。だから今日は休むわけには行かないのだ。だがそれを女神が引き止めた。俺の腕をがっしりと掴んでいる。何か物寂しげそうな顔をして、涙目になっているのがわかった。どうしたんだろう。きっと、あくびで涙目になっているんだ。行ってきますのキスをせがんでいるんだ。とそう思っていた。でも母親が思っていたのとは違っていた。
「ねぇ、もしかして今日も学校に行くつもり?私を置いて学校の方が楽しいの?」
そう聞かれたため、ううん、ママの方が大好きだよ。とあまり感情が無いような口調で段々と話した。でも今日は行かなくてはならない。本来ならこの場面で俺は靴を脱ぎ、そのまま女神にハグをするのだが、今日はそれは出来ない。女神に反抗するなんて俺には出来ない。と思っていたのに案外出来る自分がいて驚いた。
「今日は大事な試験があるからごめん。学校に行く。」
そう言った瞬間女神は悲鳴をあげ、玄関の横の上に飾ってある高級な壺を思いっきり叩きつけた。割れる衝撃音で肩がすくんだ。手が小刻みに震えだし、足が動かなかった。すると女神は棚の上にあった裁縫セットに手をつきその中にあるまち針を取り出して俺の腕に刺そうとした。それを見た瞬間俺は、反射的に女神の事を両手で思いっきり突き飛ばしてしまった。女神の頭がフローリングに直撃する。本当ならここで助けたかったのに俺は、逃げるかのように学校に行った。急な話だが俺には彼女と言っても過言では無い親友がいた。大滝優奈。最初俺は親友なんて作りたくない。なんて思っていたけど、女神が-今のうち友達を作っておいたら将来色々と得するわよ。と言っていたので友達を作ることにした。最初はどうでもよかった優奈の顔もここ数年ずっと見ていると何故だか印象が変わっていた。優奈も女神に似ていたからだ。モデルのような細身で白くて艶やかな肌。こんな物女神しかいないと思っていたのにまさか隣にいたなんて。しかもそいつは俺の事を好きになっているようだ。なんでそんな事わかるかって?前にバレンタインでも誕生日でも無いのに突然プレゼントを渡された。その中身は手作りのクッキーやカップケーキが入っておりとても美味しそうだった。今度は俺が優奈に愛の感謝をしなければならない。しかし感謝とは何をしたら良いのだろう。そうだ。いつも女神がやっている愛の証を優奈にも付けさせてあげればいいんだ。
俺は優奈に言った。愛の証をつけないかと、すると当然だが何それ?の顔をしていたため、俺は躊躇なく長袖のシャツを脱いだ。愛の証でいっぱいになった俺の体。きっとこれを見たら羨ましがり、自分もやりたがるのではないかと思っていただが優奈は、ヒッ!という声を上げた瞬間両手で目を塞いだ。どうしたの?と近づくと
「来ないで!あなたがこんな人だと思わなかった!こんなの愛の証じゃない!虐待!虐待だよ!なんでわかんないの?」
そう言われ俺は疑問に思った。虐待?虐待という言葉は知っているが俺がされた事は虐待だと思っていない。そもそも被害者本人が何も感じなければ虐待じゃないのではないか。俺は女神に叩かれても、全然苦では無かった。むしろ叩いて欲しい。そう思った。そんなことを口にすると、
「最低。このド変態ドM野郎が。私に近づきやがって。キモいんだよ!二度と近づいてくんなブス!ブス菌が伝染るわ!そんなお前はママのおっ〇い吸いながら死ね!」
そう言われ水筒の水をかけられた。しょうが無い。あいつは本当の愛など知らない可哀想な奴だったのだ。両親に愛されていないのだ。だからあんな酷いことが言える。愛を知らずに生きていく優奈はこれからどんな運命に会うのだろう。でも俺は本当の愛を知っている。誰よりも俺は女神に愛されている。それだけで十分なのだ。さっき優奈がママのおっ〇い吸いながら死ね!って言っていたけど俺はそんな死に方逆にやりたいほどだ。女神の近くで死ねるなんてこれ以上幸せな死に方があるのだろうか。女神の為なら俺はいつだって死ねる。女神と一緒に居たい。だから俺は一人暮らししようとは一切思わない。もっと女神と暮らしたい。色んな所に行き、色んな買い物をしたい。こんな最高な親孝行が今まであっただろうか。想像するだけで笑顔が込み上げてくる。俺の姿を遠目で見ている人は変な人に見られていると思うが構わない。濡れた制服を乾かすように全力で家の方まで走っていった。息はすぐに上がったが女神に会いたいという事が勝り、息ができないほどに走った。そしてそのまま家の前に着いた。最高記録かもしれない。チャイムを押すが応答がない。ドアノブにゆっくり手をやると、鍵が空いていた。小さな声で、ただいまっと言った。だが女神は来ない。普通ならここで出迎えてくれておかえりのキスをしてくれるのに何故か今日は玄関にすらいない。すりっぱに履き替え廊下の角にあるリビングに繋がるドアを開けると
首を吊って女神が死んでいた。
女神の元夫、俺の父親が暴力団に殺された。
第3章
朝、伊藤はいつもより早く目が覚めた。寝癖がついた髪を抑えながらゆっくりと布団から起き上がる。寝室をゆっくりと360度見渡した。あの日のことはなかったかのように清々しい朝を迎えることが出来ることに伊藤は少し驚きと戸惑いがあった。こんないい朝を迎えてもいいものか、昨日の大雨が嘘だったかのように雲ひとつない青い空が街を覆っている。青から白に変わっていく空のグラデーションは、伊藤の不安な心も浄化されていくようだった。もしかしたら昨日のあの事は嘘だったのではないか、ただ夢を見ていたのでは、そうだ。きっとそう。くしゃくしゃになった毛布をゆっくりと剥がしベットから立ち上がった。両足をフローリングに着けた時ギィーという音が響いた。この音昨日も聞いた気がする。また昨日の事を思い出してしまう。でも昨日のことは終わったことだ。今さら根に持っても仕方がない。今日はいつものように会社に行かなくてはならない。しかも今日は大事な取引先との交渉なため休むわけにはいかない。もし休もうとしても何を理由で休むかが分からない。風邪を引いたとか熱が出たなんてそんな簡単な嘘は息が出るほど思い出すが伊藤が務めている会社はあまり有給休暇を取ってくれなく、仮に風邪を引いたと言ってもそんな事で会社を休むなと言われ、出社しなければ行けなくなる。そんな時に、昨日不審者が入ってきてメンタル的にダメージがあるっと言ってもきっと、いや、絶対に嘘だと思われるし休みたいただの言い訳に思われるだけかもしれない。あの夜警察に通報しなかった事を後悔した。警察に通報していればきっとそれが証拠になって伊藤に数日間の休暇を取ってくれたのかもしれない。でももう遅い。今はこんな事を考えている場合ではなかった。変な考え事をするのなら今日の日程を決めなければならない。こういうものは、前日などに行うものだが昨日はあんな事があったのだから、多分。多分と言うのは昨日の記憶がハッキリしていないから、疲れすぎたのかそれとも恐怖のせいであまり物事を把握出来ていなかったのか。でもあの日はいつものような冷静さで散乱したリビングの物を直し、そのままベットについた。あっそう言えば手紙があった。黒い紙に赤い字で死ねとか、許さないと書いてあったあの手紙。今はビリビリにしてゴミ箱の奥に突っ込んである。やがてあの手紙は伊藤の記憶から消えていくだろう。
伊藤は昔から記憶力があまり良くなかった。2日前の出来事を忘れたり酷い時には、1時間前の事だって忘れてしまう。そのため学生時代の頃は、テスト勉強をしても前日に忘れてしまうためテストの点数が悪かったり、課題を何回も提出し忘れて生徒指導されたりと伊藤の学生時代はあまり良い経験は無かった。逆にそんな苦い思いでは消してしまいたいくらいだ。中学の頃母親は伊藤の様子がおかしいと思い始め病院に行った。伊藤の母親はそう簡単に病院に連れってくれる優しい母親ではなかった。近隣からは伊藤が母親に酷い虐待をされていてそのせいで記憶力にも影響が出たんじゃないか、頭を執拗以上に殴り続けるから脳にも影響していたのではないか、不確かな情報を1人で勝手に信じ込み、それをあたかも自分が入手した情報かのように人々に話していく。噂とは非常に恐ろしいものだと伊藤は感じた。でもこんな噂信じなければいい。俺は母親に大事に育てられた、守られていたんだ。伊藤はそう自分に言い聞かせた。すると心の黒いもやが徐々に無くなっていく感じがした。昨日の事は昨日の事。今更警察に通報してももう遅い。結局あの日は何も盗まれずにただ部屋を荒らされただけなのだからこんな事で警察を呼ぶなんて、逆に失礼にあたるのではないか。心配性の伊藤は瞬時にそう思った。木製の観音開きのクローゼットを両手でそっと開けた。木の独特の臭いが鼻を刺激する。この臭いはあまり好きではない。ハンガーにかけてある黒のスーツを取り、箪笥の中にしまってある黒のズボンと革のベルトを出した。これに合わせてネクタイも黒にしようかと思ったが全身黒だと喪服のような感じになってしまい、縁起が悪いかもしれない。もしかしたら取引先の方もこういう所を見て判断するかもしれない。だからネクタイ選びは慎重に行こう。チェック柄やボーダーなどの派手なものはチャラそうとか思われるかも知れないし、無地となっても赤や黄色だとあまり良い印象にならないかもしれない。残された色は紺。これしか無い。伊藤は紺のネクタイをつけ、スーツとズボンを着た。寝癖をまだ治していないことに気づき、急ぎ足で洗面所に向かう。鏡に映った寝癖がすごい自分をまじまじと見ていると昨日の疲れからか目にクマが出来てる事に今初めて気がついた。こんな顔で会社になんて行けない。昨日興味(?)があって買ったファンデーションをクマ隠しとして使おうと伊藤は考えた。だがテスターなどで自分の肌に合うかどうかやっていなく目に止まったものをそのまま買ってきたため自分の肌の色に合うか不安だった。でもやらないまでにはまだマシだろう。そういえばこのファンデーションを買った時のレジの店員の目が怪しむように眉をひそめてこっちの顔を睨みつけてきたからーこれっ彼女にプレゼントするんです。と言って何とか乗り切ったことを思い出した。そもそもあんな顔をして客の顔をまるで汚物が顔に付いているかのようにまじまじと見るなんて、失礼だとは思わなかったのか。多分あの店員はきっと心で思ってる感情がつい顔に出てしまう人なのだろう。にしてもあの顔は酷かった。いまでもあの顔を思い出す。
その時に買ったファンデーションを指で豪快につけ、そのままクマのある所に付けた。ベッタリと付いたファンデーションは自分の肌よりも明るく違和感がありすぎた。このファンデーションは失敗か。でも時間が無い。ファンデーションを手で伸ばし、肌に馴染むようにした。もう一度鏡を見る。先ほどよりかはマシになったが少しだけクマがある。だがこんな細かい所まで時間が無いので出来ない。今日、朝食は省こう。左腕につけてある腕時計を見ると出勤時間まであと1時間を切っていた。急がなければ。もし今日遅刻でもしたら自分の功績が水の泡となってしまう。それは避けたい。そういう事を考えながら茶色の革靴を履き、玄関を開けた。そのままポケットの中にしまってあった鍵を取り出し鍵をかける。すると伊藤は後ろにある電柱の後ろから誰かが覗いていることが分かった。今話しかけるべきか、いやっもし片手にナイフ持っていたらとても危険だ。もしかしたらあの後ろの人がこの家に被害を出しているのではないのか。そんなことをほんの一瞬頭を過った。伊藤は自動車通勤である。家から会社までにはだいたい30分くらいだ。だが信号待ちや渋滞などを考えるとおよそ45分くらいはかかってしまう。だから1時間切っているというのはかなりピンチな状況なのだ。電車を使わないのは簡単な理由でこの住宅街には近い最寄り駅がない事。ここの住宅街から自転車でも最寄り駅までおよそ20分以上かかる。そしてその最寄り駅は伊藤が働いている会社の最寄り駅には停車しないしその上その最寄り駅からも会社からは遠い。そのため伊藤は自動車通勤をすることにした。そもそも朝の駅の混雑はあまり好きでは無い。知らない人の身体に触れるなんてごめんだ。俺の身体を触れてもいいのはあの人だけ⋯。会いたい。昔の思い出がフラッシュバックしていった。
40分後会社に着いた。いつもの道のりはあまり混んでいなく、心底安心した。伊藤が働いている会社は小さな街ではかなり大きな会社である。伊藤中央商事。創業者である伊藤氏からつけられたこの会社名。自分の苗字があったことから何故だか心を惹かれた。伊藤なんて苗字全然珍しくもなく街中で探せばすぐに見つかるくらいの多さなのに何故だか伊藤という苗字には好意を抱いていた。この会社に入社して早7年が経過している。しかも今伊藤は会社の特大プロジェクトの重大責任者でもあり、このプロジェクトにはこれから交渉する取引先と大きな関わりがあったためこの面談を失敗する訳にはいかない。でもなぜ伊藤なのだろう。まだ入社して7年も経っているが周りにいるベテランとはまだ経験は浅はかである。そんな人間に会社で1番大きいプロジェクトの責任を負う事なんていいのだろうか。だがこのプロジェクトには違う先輩が責任者を務めるつもりだったがその責任者が急に会社を辞めることになりそのままその先輩と仲が良かったというだけで伊藤が責任者になれと飲み会の時社長に肩を組まれながら言った。でもあれはきっとお酒の飲みすぎであんな事を言ったのだろうと当時はあまり気にも止めなかったがまさか本当だったなんて。伊藤は今度こそしっかりプロジェクトの責任を任せると社長に言われた瞬間汗が滲み出り、心臓が早く打ち始めた。この俺がプロジェクトの責任者になるなんて⋯だがあの人に今は天国にいるあの人の励ましの声が頭のかなで流れるとすっと緊張がほぐれた。ー大丈夫。あきくんならできる。そう頭の中で流れた。今日の午後12時から取引先との交渉を始める。失敗できないこの交渉。伊藤は時間が迫ってくるにつれ緊張していった。その度あの言葉を思い出す。あの人にもう一度会いたい。そう思った。そしてその時間がやってきた。1階の廊下の突き辺りにある第一会議室に取引先の方がいた。扉の前で一礼し、そのまま名刺交換をした。目の前にいるのはベージュのスーツに赤いネクタイをしている白髪が生えた60代の会社員とその隣には付き添いで来た青いスーツに緑のボーダー柄のネクタイで髪をワックスで固めているから髪が異様に艶っぽい20代の会社員。この人たちがこんな格好をしているのならば朝あんなにも悩む必要なんて無かったのに。そのまま席の方まで促され席に着いた。今から緊張の面談が始まる。これでプロジェクトが成功するかどうかが決まってくる。そう思うと余計に緊張して、あまり声が出なくなってしまった。額から汗が滲み出り、脇汗のせいで青のシャツが蒸れていくのが分かった。それを見た白髪の方。確か名前はオオイさんと言っていた。そのオオイさんが伊藤の異変に気づいたのかーあんまり緊張しなくていいからねっと言ってくれたが伊藤は自分が緊張している事に気づかれていたなんてと思うと恥ずかしさも込み上げてきた。もしこのプロジェクトが自分のせいで失敗したらどうしよう。解雇されるのはもちろん、もしかしたらプロジェクトにかけた莫大の費用をこちらに請求してくるかもしれない。そうなると死ぬまでの借金生活となってしまうしこのプレジェクトの失敗のせいでこの会社は赤字になり倒産してしまうかもしれない。その後会社に勤めていた人が俺を憎み殺すかもしれない。そんな非現実的な事をあの時瞬時に頭の中を埋め尽くしていった。
約1時間後面談が終わり晴れて交渉が成立した。取引先の方は最後までとても笑顔で心優しい人だと思い、安心した。ここまで緊張しなくて良かったのではないか、そもそもこんなに緊張していたら逆に変な態度を取ってしまい失礼にあたるのでなかったのか、でも交渉は成立した。今日の大課題は成功したのだ。しかし特大プロジェクト自体はまだ成功した訳では無い。この交渉はまだ始まりに過ぎないのだ。たったこの交渉成立だけで浮かれてはいけない。これからこれよりももっと壮絶な試練がまちうけるかもしれない。過剰表現だがいつも伊藤はそういう事を考えてしまう。可哀想なくらいに。取引先との交渉をした後そのまま自分が所属している部に戻りそのまま自分のデスクまで行った。まだプロジェクトの企画書が終わっていない。今日中になるべく企画書を多く書きたい。きっと今日は残業になるだろうが伊藤は構わなかった。昨日と同じようにあの家には帰りたくないからだ。あんな家燃えて無くなればいいのにでもあれは自分が必死こいて働いた金で買った人生最大の買い物そんな宝物を燃やす訳にはいかない。だったらあの家に落書きや貼り紙をして嫌がらせしている人の家を燃やせばいいのではないか。誰にも気づかれないようにパソコンを早打ちしながらそう考えた。だが伊藤にそんなことをする勇気なんてない。昔は全部母親にやってもらっていたから。伊藤の母親は極度の過保護であり、自分の言うことを聞かないと酷く伊藤の体を殴っていた。そして週に1、2回多いに癇癪を起こす日があったらしく部屋の中にあるものを破壊してはそれ見てゲラゲラと笑っていたという。それを見て伊藤は何を思っていたのか、どうすれば良いのかあの時もし俺が学校に行かなったら女神はいなくならなかったのに。そう考えているともう夜23時を回っていた。こんなにも考え事をするなんて初めてだった。今日はもう帰ろう。残念だが伊藤の帰る場所はもうあの家しかない。壁についてあるガラスに目をやると、雨が降っていることに気がついた。今日が雨の降る日だったのかと昨日のことを思い出す。今日もしっかりと傘は持っている。黒くて風にも強い頑丈でかっこいい傘を今日も持ってきた。と言っても家の近くにあるコンビニで買った安物だが、こんな安物を気に入るなんて人生で初めてかもしれない。この傘は壊れても大切に保管していくつもりだった。伊藤の母親もそうしていたから。でも何かと不都合があるとそれを簡単に壊してしまうきっとあの人はものに対する感受性が無いのだろうと思いあまり気にすくことは無かった。気にしたところで逆に自分にも被害が出てしまうような気がしたから。この傘を買ったのも感受性が無い、という訳ではなく実際にこの傘をコンビニで見た時心を惹かれたのを覚えている。そういえばお気に入りの家具があると言い仲のいい女子の親友に伊藤が気に入っていたインテリア見みせた時、ーこれ、伊藤くんが買ったの?センスあるね!っと言われ女子の前で頬が赤くなったのを思い出した。これは高校生ならではの青春なのか。そんな様々な記憶を甦らせる傘を今日は差す。
23時20分最初は真っ先に社員用駐車場に停めてある自分の車に向かおうとしたが、明日のミーティングで必要になるコンパスをまだ買っていないことに気がついた。前までは確かにコンパスは持っていたが、友達の息子にコンパスを貸して以来戻ってきていない。友達も、ーごめんあのコンパスどっか行っちゃたんだよっと頭を掻いて笑いながら誤魔化していた。だがその時はまだ会社には必要なかったため、ー構わないよ。と言ってその日は許した。だが明日に限ってコンパスが必要になってくるなんて。あの時、あんなことを言わずに、コンパスを探せと強要すればよかったのか。でもそれはもう過去の話。いまさら蒸し返しても意味は無い。とりあえず来た道を戻り、そのまま直進して会社の隣にあるコンビニまで行く事にした。その道中にはあの事故が起こった工事現場がある。この事件は自分が働いている会社の近くの現場で起きたため、何故か伊藤は自分にも被害が出てしまうのではないかと日々怯えていた。しかも殺されたのは伊藤の親友であった大滝が殺されたなんて。想像もできなかった。あの可愛らしい子が死んだ?工事現場で?パイプが頭にそんなことを日々考えていた。好きという愛情はなかったものの親友でありずっと遊んでいた大滝が殺されたのはあまりにもショックで絶望的なものだった。そんなショックに引きづられているあげく自分が愛する家が被害に遭うなんて、まるで俺が犯人扱いではないかと腹が立つ日もあった。そんな工事現場は今、その事件のまま時が止まっているようだった。大滝が死んだ理由とされるあのパイプは既に撤去されていたが他の木材や重機などはそのままであった。現場検証の為このままにして欲しいと検察官が言ったのか、それとも工事現場の人達が恐怖のあまり逃げ出したがもう1人が凶器のパイプを近くの所に隠した。と言うのだろうか。もしこのままの状態なら前者の方が正しいと言えるだろう。事故現場になって最初はこの工事現場に近隣住民やテレビのリポーターなどがいたがもう3ヶ月も経つとテープも取られ、徐々にその事古はみんなの記憶から消えていった。多分みんなが頭に残っているものはこの事故の2日後に起こった児童連続殺害事件だと思う。この事件の方が強烈でしかも犯人が中学2年生であったことからより一層この事件は大きく取り上げられた。もうこの事故は伊藤の頭だけに残っているのかもしれない。そんな事を考えていた瞬間。隣から猛スピードで誰かに押された。スマホを操作していた伊藤は隣に人が迫ってくるのさえ見えなかった。吹き飛ばされた伊藤は砂利で顔を擦り、顔から血がでる。この砂利を見て今自分がどこにいるのかわかった。
あの工事現場だ。あの時横から突き飛ばされた衝撃でここに吹き飛ばされたのだ。でもそんな事ありえるのだろうか。でも今確かに自分はこの工事現場、いわゆる事故現場にいる。でも伊藤を突き飛ばした人物が見つからない。助けを呼ぼうとするが小さな街では23時でさえも誰も通りかかる人はいない。さっきも歩道を歩いていたのは見渡していた限り自分しかいなかった。この場面で大声を出しても意味が無いと思った伊藤は叫ぶのをやめた。擦れて血が出た頬を手で押えながらもう1つ空いている手で体を持ち上げ起こした。黒のスーツは砂利のせいで白く汚れ、穴が空いていた。鞄をもってここから出ようとした瞬間背中に激しい痛みが走った。恐る恐る後ろを振り向くと、黒いパーカーを着た男が立っていた。こいつはまさかあの時の?そう思いながらその男の手元を見ると、包丁を持っていてその刃は自分の背中に刺さっていた。激痛の原因はこれだった。伊藤はすぐに後ろ手で男の腕を掴み咄嗟に包丁を抜いた。自分の血がついた包丁を持っている男。伊藤は激痛なんか気にしていなかった。殺される。そう思った。今目の前には包丁を持った危険人物がいる。このままではこの街にも被害が出るかもしれない。そうなってしまうのはごめんだった。今は自分しかいない。自分があいつを止めるしかないのか。そう思っている矢先、目の前の男が大声を出し包丁を振り回しながら追いかけてきた。必死に逃げ回る伊藤。男は大いに暴れていた。男は近くにある様々な道具や木材を蹴飛ばしたり、伊藤に向かって投げまくった。だが伊藤には当たらない。その瞬間男がつまずき、包丁が伊藤の足まで転がる。尽かさず伊藤はその包丁を拾い上げると、ー返せっ!っと鬼のような顔で男が迫ってきた。その顔を見た瞬間伊藤は一瞬で恐怖に包まれたが、伊藤はおもいっきり男の胸に包丁を刺した。奥深くまで骨があたる感触が手に伝わってきた。男が目の前で倒れる。男と自分の血がついた包丁を持っている伊藤。仰向けに倒れた男に馬乗りし、男の身柄を取り抑えようとしたが、その瞬間ある人物を思い出した。この男のように体に傷をつけてきたあの人を。それが頭を満たした瞬間、伊藤も男と同じように叫んで男の身体を何回も刺した。飛び散る男の血、血だらけになって死んだ男が今目の前にいる。自分が殺した。そんな事分かっている。この包丁で何回も刺した。黒いスーツに赤い血が飛び散っている。もう激痛なんて忘れた。このあと伊藤は自らの携帯電話で110番通報した。
真夜中にサイレンが鳴り響く。
第4章
坂本武尊
彼と初めて出会ったのは高校1年生の時でした。入学式の日1人だけみんなよりも身長が高く異様に目立っていたのですが、鼻筋は綺麗に通っていて、眉毛がキリッとしている今すぐにでも芸能事務所にスカウトされそうなオーラも放っている彼、という訳ではありませんでした。確かに鼻筋も通って、眉毛も凛々しかったですが風貌は至って普通で地味という言葉が似合うくらいのオーラでした。身長は高いにも関わらず、あまり彼を注目する先生や保護者はいませんでした。逆に身長が他の生徒よりも低いのに、全員に注目している女子生徒がいました。大滝優奈という名前でした。なぜ彼女が注目されているのかは、たとえ高校生の僕でも理解することが出来ませんでした。ただ彼女もとても綺麗だったことを今でも忘れません。身長が高かった彼の名前は伊藤信明。伊藤と言う人は僕にも1人同じ苗字の友達がいましたが、中学2年の時親の都合でアメリカに行くことになって以降1度も連絡したことがありませんでした。そして何故だか信明君のことを見ていると昔の伊藤くんを思い出すのです。僕と、優奈ちゃんと、信明くんは、一緒のクラスになりました。クラスの人数はおよそ37人で、僕は名簿番号で言うと14番目でした。信明くんは3番、大滝ちゃんは7番と名簿番号が近いからかすぐにあの二人は仲良くなっていきました。逆に声をかけていたのは大滝ちゃんではなく地味でオーラのない信明くんが彼女に話しかけていたので驚いていたのを覚えています。地味でなんの取り柄もないと見えた彼はクラスでも人気者になりつつある彼女に遠慮なく話しかけて行ったのです。まるでナンパのように。人は見かけによらないと聞きますがこれはただ僕の捉え方が違ったのではないでしょうか。でも彼がみんなに注目されていないのは確かでした。中には信明君のことを嫌っている人もいれば軽蔑的な目で見ている生徒もいました。きっとみんな信明くんのあのような浮かれた性格が鼻に付いたのでしょう。僕もその一人でした。正直なことを言うと初めて大滝ちゃんを見てから一瞬にして心が惹かれ、彼女に恋をしてしまったのです。初めての恋でした。これが初恋なのか。僕は自分がいつ人に恋をするのかと気になっていました。小学校の時も中学校の時も女子を好きになった事が無い僕はあまり女性と関わることがなく、声をかけられても戸惑ってばかりでした。好きにならなかったと言って別に女子全員がブスだったということではありません。逆に可愛い子が沢山いる学校であり僕もかわいいと思ったことはありましたが恋という別の感情は芽生えませんでした。地味でオーラがなかったのは僕の方でした。女子と関わることが苦手な僕はあっけなく信明くんに取られてしまうのです。初めて好きになった人でもその人に僕は1度も話すことが出来ずに奪われてしまった。奪われたと言っても何も出来なかった自分が悪い事は分かっていました。
僕はまず最初に信明くんと友達になることにしました。でもやはり人見知りの僕は、僕よりも好性格な彼に自分で近づく事は出来ませんでした。どうしようと迷っていたその時、信明くんから声をかけられたのです。えっと一瞬僕は驚いてしまい、まじまじと信明くんの綺麗で整った顔を見てしまいました。すると信明くんは僕の小さい方に大きな手を乗せ、どうしたのっと優しい声が聞こえたのです。彼はこんなにも綺麗な声だったんだなとまた驚いた事を覚えています。僕は心を振り絞って言いました。僕と友達になってくださいと、告白でもないのに何故か僕は目を瞑って顔を赤くしながら言いました。それほど僕は緊張していたのだと思います。でも彼は笑うことなく、いいよ。僕も君を誘うとしてたところなんだと言って良諾してくれました。でもそれだったら別に彼から話しかけられるのを待てばよかったのに自分はあんな事をして自分で自分の事を恥ずかしめるなんてとてもショックでした。でも彼に近づいたのは他でもなく、大滝ちゃんの事をもっと知りたかったためでもありました。大滝ちゃんと付き合っている信明くんと友達になれば大滝ちゃんの好きな物や嫌いなものまで直接大滝ちゃんに聞かなくても大丈夫だと思い、彼と友達になったのです。しかし僕は一つだけ気になることがありました。それは信明くんが一年中長袖と長ズボンを着ていたことです。私が通っていた学校は他の学校と比べて校則がゆるく、制服の規則も無かったため色んな生徒が制服を好きなように使っていました。大滝ちゃんもその1人でした。でも何故だか暑い夏場でも信明くんは長袖を着ていたのでしょうか。僕は1回イタズラで長袖を捲りあげようとした瞬間、思いっきり手を叩かれ、やめろ!と大きな声で怒鳴られ僕は思わず肩が震えてしまいました。でもその後信明くんは僕の頭を優しく撫で、大丈夫?ごめんね。僕は腕にコンプレックスがあるからみんなに見られたくないんだ。もちろん彼女にもね。そう言ったのを覚えています。
でもその後は長袖を着ていること以外別におかしな所はありませんでした。ただ僕の勝手な判断があんな事態を招いてしまったと思ったんです。優奈ちゃんとは変わらず仲が良さそうで、優奈ちゃんも信明くんと一緒に話している時はとても笑顔で楽しそうでした。僕もあそこの輪に入れたらなといつも想像してしまいます。でもビビりな僕には彼女に近づくことは卒業の日まで出来ませんでした。そんなある日です。信明くんが母親に虐待されていると言う噂が学校中に流れたのです。一回僕は信明くんの家に遊びに行ったことがあったのですがその時のお母さんはとても綺麗で白いドレスのような服を着ていてとても美しかったし僕に対してももちろん信明くんに対してもとても優しかったです。そんな人が息子である信明くんを虐待する事などありえないと思っていたのですが、僕はあの事を思い出したのです。そう、信明くんが一年中長袖と長ズボンを着ていたことです。もしかしたらあれは虐待の時に出来た傷を隠していたのではないかと疑問を持ち始めました。でも僕の予想は当たったことがありません。もしかしたらこの予想も外れるかもと思ったんです。もしかしたら紫外線などを浴びると肌が荒れたり、肌が異常に弱いためそのガードをしているという解釈もできるのですが、当時の僕は傷を隠しているという事しか考えていませんでした。信明くんは、先生に親に虐待されているのかと言われましたがその時もやられていないと断固拒否していました。でも教師が隠喩とかもせずストレートに聞くことがあるのでしょうか。もし僕が信明くんだったら戸惑っていたと思います。でも信明くんは全然そんな様子もなくスラスラと話していました。自分は大丈夫だと、だからはあれはただの噂で僕のあの予想も違っていたのだと思いました。
それからだいぶ時間が経過して僕たちが3年生の11月の時この時はもうみんなこれからの進路に向けて大慌てで動いていました。僕もその一人です。僕と信明くんと優奈ちゃんは、進学希望で大学に行くことを決めていました。ですが信明くんだけ違う大学に進学すると言ったのです。なぜだかは教えてくれませんでした。確かお金が無いなどといった至って普通の理由だったと思います。そしてこの時期は進路に関わってくる大事な試験があり、滅多に勉強しない僕でも徹夜でもしながら必死に勉強しました。大量の教科書を家に持ち帰ってノートにびっしり書いたのを覚えています。そして試験当日、僕は学校に向かうその登校中信明くんが必死な顔をして全速力で走ったのが見えたのです。あんなに急いでどうしたのだろうとあまり疑問には思いませんでした。その後試験が無事終わりみんなとても安堵したような顔をしていました。僕も朝っぱらから緊張してばっかりだったので、試験が無事終わって本当に安心しました。僕は優奈ちゃんの方に行こうとしたら何故だか優奈ちゃんがとても落ち込んだ顔をしていたのです。信明くんは?と尋ねるとあんなやつどうでもいいと怒っていました。信明くんと何があったかとても気になっていましたが、無理に聞こうとすると今度は僕が嫌われると思ったので、あまり深くは聞きませんでした。その後2人の関係は終わったのです。次の日から信明くんが学校に来なくなりました。
それから1年後僕は晴れて志望校の大学に合格し、大学生になりました。学費などのお金は別に困らなかったのですが、この僕が大学の勉強についていけるか不安で仕方ありませんでした。でもそんな不安をかき消す存在がいたのです。優奈ちゃんが僕と同じ大学で同じ学科になったのですから。僕はとても嬉しかったです。優奈ちゃんもとても嬉しそうな顔をして、それから優奈ちゃんは僕に積極的に話しかけて来ました。するとこんな相談をされたのです。信明が私の事を執拗に関わってくると。僕は最初どういう意味か分かりませんでした。よくよく聞いていると約1か月前一人暮らしを始めた優奈ちゃんは家でのんびりと過ごしていると急にインターホンが鳴り、モニターを見て見たら信明くんが不気味な笑顔でカメラを見ていたと言うのです。優奈ちゃんは一瞬不審者かと戸惑ったようでしたが信明くんだということを知りドアを開けたそうです。すると急に信明くんが前に寄ってきてクッキーを作ってきたんだと言ってきたと言うのです。しかしあまりクッキーが好きではなかった優奈ちゃんは、いらないと言ったのですがその瞬間、信明くんから笑顔が消え、食べろ!と大きな声を出しながらおもいっきり袋で頬を叩かれたそうです。驚いた優奈ちゃんは何も反抗することが出来ず、そのままクッキーを貰ってしまったそうです。貰ったあと信明くんはまた嬉しそうな顔をしたそうです。クッキーを貰った優奈ちゃんはこのクッキーをどうしようかと迷っていたそうなのですがこんな大量のクッキーを捨てるのはもったいないと思い食べたそうですが、食べた瞬間中にドロっとしたような赤黒いものが入っておりそれがとてもまずかったらしく、躊躇なくゴミ箱に突っ込んだそうです。その後日ポストの中身を確認すると一通の手紙が入っていたそうです。その手紙には
「こんにちは。昨日のクッキー美味しかった?昨日徹夜して作ったものだったからとても美味しかったと思うよ。で食べたらわかったと思うんだけど中に何か入ってたよね?あれは俺がこの世で愛するものを入れておいたんだ。どう気に入ってくれた?お返事待ってます。」
そう書いてあったらしく僕もその手紙を読ませて頂きましたが確かにあの手紙には不気味でどこか気味悪さが滲み出ているというか思いっきり放出されている感じでした。その後も信明くんによる異常な行動は続いたらしく、今度はケーキを作ってきたり、優奈ちゃんを盗撮した写真がびっしりと玄関の扉にはられていたり、帰り道の時必ず声をかけられたりと信明くんはますますエスカレートしていったと言います。限界を感じた優奈ちゃんは警察にも相談したらしいのですが何故か協力してもらえず、ずっと恐怖の中暮らしてきたそうです。そして今日僕に相談してきたと言います。でも僕は一つだけ気になったことがあり、なぜ弁護士とかではなく気弱な僕に相談するのか。そしたら、さかくんはとても頭がいいし、昔仲が良かったから相談するならさかくんしかいないと思って、あと弁護士だと相談料もかかるしだったらなと思って。と言ったのですが私は気になる箇所がありそれが気になって仕方ありませんでした。 さかくん?そんな名前で呼ばれたのは初めてでした。そもそも僕はあだ名がなかったので急に言われた瞬間思わず驚いた顔をしてしまいました。初めてあだ名でま呼ばれた僕は少し照れてしまい小学生のようにモジモジして、顔を赤くしていました。それを見た優奈ちゃんは思わず笑ってしまい大丈夫?と言ってくれたのです。優奈ちゃんは全然大丈夫じゃないのに、逆に僕が可哀想な思いをしている優奈ちゃんを励まさないと行けないのになんで僕が励まされているんだと思い余計に恥ずかしくなりました。すると優奈ちゃんが急に付き合おうと言ってきたのです。あまりにも突然すぎて戸惑いを隠せない僕に優奈ちゃんは、私ずっと1人が怖かった。親にも頼れないしもうあいつとは関わりたくない。だから私あなたとずっと一緒にいたいのお願い。そうお願いされたのです。さかくんの次はあなたと言われ一瞬あなたって誰のことだと疑問に思いましたが優奈ちゃんの目線で僕だとすぐに分かりました。でも僕はすぐには付き合えないと勇気を振り絞って言いました。するともちろんの事ですが何故だと聞かれたので答えたのです。まだ僕は未熟で君を守れるか分からない。だから大学にいる時は君の事を守れるために必死に勉強して体力もつけたい。4年という長い期間だけどその日まで待っていて欲しいそうしたら絶対に君を守ってみせるからっとまるで映画の主役のようなことを言ってしまい、かなり無理なお願いでしたが優奈ちゃんは快く大丈夫だと言っていました。でも4年間もまたあの人に嫌がらせをうけるのだとしたら可哀想だと思い。付き合いはまだしないけどもし何かあったらいつでも来てねと言いました。優奈ちゃんの顔から笑顔が戻りました。
僕はこの大学の4年間優奈ちゃんの為にやってきたと過言ではありません。ぼくが通う大学でどのくらい学力が上がるかは分かりませんがきっと自分を信じ一生懸命を取り柄に勉強をすれば自然と頭の中にインプットされるようになりました。決して自分が優秀だとは思いません。こんな僕をここまで成長してくれたのは先生や大学のサークルの人達などによるものです。自分はただノートに先生が板書したものをそのまま書き写しているだけでノートに工夫もしていなければいつも隣にいる人達のノートの方が綺麗に整えられていて改めて自分のノートを見てみるとなんて汚い字何だと少しばかりショックを受けてしまいました。でもそんな僕でも様々な事を覚えたのですからきっと先生の教え方がとっても上手く理解力が乏しい僕でも簡単に問題を解けるようになってとても嬉しかったことを覚えています。僕はあまり読書が好きではありませんでした。漫画やアニメなどイラストや文字がそのまま表現されている空間というのが僕は大好きで、というか読解力も低いので文字だけのものを見るとどういう世界観でどういうことが起きているのかいまいち分かりませんでした。しかもおよそ300ページ以上にも及ぶ小説を僕は最後まで読んだことはありませんでした。僕にとってはただ紙に文字が印刷されているだけのものであってまじまじと見てもお経のように見えて頭が混乱し気持ち悪くなるのです。だから小学校の時に出ていた読書感想文が出されると漫画の事を書いていました。でもそんな僕でも色んな学力が身についたのです。これで学力は大丈夫だと思いました。次は体力作りです。僕と優奈ちゃんが入学した大学には、大学の種類も豊富でスポーツ系でも凡そ20種類以上ありました。その中には僕もあまり詳しくないマニアックなものもあり、そういう所は部員数は少ないかと思っていたのですが案外多いことに驚きました。でも僕はそんな所に入れる勇気などありません。しかし部活に入らなければきっといや、絶対僕は運動がめんどくさくなってしまい、ますます運動不足になってしまうので1番ベタなサッカー部に入部することになりました。サッカー部は男子と女子の2つに別れており、男子側はおよそ25人いました。様々な人が僕の周りにいて、身長が高い人や逆に低い人。筋肉質の人もいれば、ぽっちゃり体型の人もいて部活に入る人達は、きっと僕のような体力作りをするために入ったとかそんなみすぼらしい理由で入っていないと思いました。僕の周りの部員たちは、多分自分の夢を追いかける人や今後の実績にいい成績を残したいなどの将来のことに関わる理由で入部していたと思っていましたが、よくよく聞くと多くの人たちが運動不足解消のために入ったと聞き僕の理由と同じ人達が多くいて心底安心したことがあります。でもなぜサッカー部なのかは分かりませんでした。私はとりあえずスポーツ系ならなんでも良くでも少しは費用を抑えたいと思いましたので、スポーツ系の中で1番費用が少ないサッカー部に入ったのですが、ほかの人たちは別に他の部活に行っても十分活躍できそうな人たちが多くいましたし、逆に何にもできない運動音痴の僕が逆に目立ってしまって恥ずかしくなった経験もありました。でも僕は何故か皆に、なぜサッカー部に入ったのか聞くことが出来ませんでした。もしかしたら他のスポーツにトラウマがあったかもしれない。そんな根拠のないことをいちいち頭の中で考えてそう思い込んでいましたが、それは結局自分が緊張して言えないことを自分に言い聞かせているだけだと思います。
サッカー部のユニフォームは少し珍しい紫色のユニフォームで僕は勝手に青か赤のイメージがあったのですがまさか2つの色が混ざっている紫だったなんて。別に紫は嫌いではなかったのですが、この年齢で全身紫色のユニフォームを着るのは少し抵抗がありました。そしてもちろんユニフォームは半袖半ズボンなため僕の日に日に濃くなっていくすね毛や腕毛などが露になりそれは想像するだけでとても気色が悪いものです。でもユニフォームを着ないで練習などできませんから僕は毎日毛の処理を心がけることにしました。少し面倒な項目が日常の中に入ってしまいましたが、なぜだか毛を剃っていくたびに心も体も軽くなったような感じがして、まるで僕の身体にまとわりつく不幸の塊を削ぎ落としている感じがしてとてもスッキリしました。でもそんな時僕の心を苦しめる自体が起こったのです。いやこの感情は他の人たちも思っているのではないかと思います。サッカー部のコーチである酒井さんがとんでもなく厳しい方だったのです。でもその厳しさは僕たちのための厳しさではなく、あまりにも理不尽すぎる自分を守っているようにしか見えないものだったのです。自分がやった事をまるで僕たちがやったと怒鳴りつけたり、もしその秘密がバレても大丈夫なようにアリバイを作っているのを彼は誰も気づいていないと思っているのかもしれないのですが僕たちにはすぐにバレています。でも彼は平気な顔をして僕たちがやったと嘘をつくのです。少しの過ちも許さない彼はいかなる場合でも許すことはありませんでした。少しでもボールを取り損ねたりまともにゴールに入らなかったりすると、大声で怒鳴り、失敗した人の身体を何発も殴っていました。まるでストレスを発散させているかのように。殴っているときの彼の顔には不気味で気持ちの悪い笑顔が浮き上がり、とてもそれが恐怖で怒られてもないのに肩を竦め小刻みに震えていました。
僕も彼に何回か理不尽に殴られ水が入ったバケツを思っいきり被せられたことがあります。でもその時もあまりの恐怖で抵抗することはできずただただ彼の悪行を見ていることしか出来ませんでした。そんな僕が悲しくて仕方ないのです。僕は、一瞬この部活を辞めようかと思いましたが、面倒くさがり屋ですぐに飽きてしまう僕のその感情に対してはこの厳しい環境にいる方がいいとそう自分に言い聞かせ、部活を辞めることはありませんでした。そのとき優奈ちゃんは、僕に連絡を入れることは無かったのですが、同じ学科だったので分からない所を教えあったり、食堂で一緒に食事して最近あった事を雑談しながら過ごしていくのは少しながらもとても幸せな時間でした。優奈ちゃんもあの事件を忘れているかのようにとても笑顔で話していたのを覚えています。しかしあまりにも連絡がなかった為僕は率直に彼女に問いました。最近彼に嫌なことはされていないかと、すると実は何回か嫌がらせを受けていたが徐々に慣れてきてあと何回も連絡をするとさかくんに申し訳無いからと言い少しだけ僕が彼女の事を何も知らなかったことに後悔しました。そして4年が経ち、僕たちは晴れて大学を卒業しました。
この4年間が短かったのか長かったなのかはよく解りません。なんせ彼女のための4年間だったんですからこれを時間に変えるほどの価値は言うまでもなくあると思います。僕はそう信じて今までやってきたのですから。僕は自分の行いに悔いはありません。全部彼女のために優奈ちゃんを守りためにやってきたのですから。そして約束通り僕は優奈ちゃんと付き合い始めることになりました。4年前に僕が言ったあの一言は今も考えると恥ずかしいことを言ってしまったものだなと顔を赤く染めてしまいます。でもあれはきっと優奈ちゃんだったからこそ言えた言葉だとおもいます。3年間同じクラスで大学も同じで学科も同じな優奈ちゃんに僕は急にではなく自然と心が惹かれていったのだと思います。そして優奈ちゃんも僕の事を気にしていたのかもしれません。ただの妄想ですが。僕は優奈ちゃんに初めて自分から食事に誘いました。今までは優奈ちゃんから誘われたことはありましたが自分から誘うのは初めてです。やはり女性を誘うとなると自分のしている行動が俯瞰として見え少しばかり気恥ずかしくなりました。今自分は何をやっているのだろう。そう思ったくらいです。でも今日この日を逃すわけにはいきません。なぜなら今日優奈ちゃんいや、彼女にプロポーズをするのですから。と言っても結婚ではなく付き合いの話ですが。でも僕は結婚のプロポーズのようにとても緊張していました。彼女には50本に束ねられた赤い薔薇の花束をあげる予定です。これは自分が大学生時代にバイトをしてコツコツと貯めた貯金で買ったものです。やはり生花で作られた花束は高く、その値段に驚いたのを思い出します。でも曲の為にと奮発して買ったこの花束は大当たりだったかもしれません。そして今日この真っ赤に染まった花束を彼女に渡すのです。
集合場所は○○駅の広場の真ん中にある銅像に集合でした。集合時間は19:00。今は19:20と僕は20分集合時間に遅れてしまったのですがそこに彼女の姿はありませんでした。彼女は時間に正確で今まで1度も遅刻したことは無かったのにと心配していましたが、彼女が乗っている電車が人身事故により遅延しているという情報があったので、それで遅れてしまっているのだろうと思い考えるのをやめました。しかしそれから30分たっても一向に彼女は現れようとはしません。30分も経てばもう既に彼女はこの駅に到着するはずです。それともまだ遅延しているということなのでしょうか。僕はとりあえず彼女にメールをしました。その時私の指先は心配と不安で小刻みに揺れていました。返信したばかりなのにまだかまだかと何回もメールを開いては既読が付くのを待ってしまいます。この時間がどれほどもどかしかった何回も確認するうちに自分は何をしているのだろうと冷静になった瞬間もありました。しかし10分も経過しても既読が付きません。僕はしびれを切らし彼女に電話しました。しかしスピーカーから聞こえた声は案内アナウンスの声でそれはーただいま電波が届かない場所にいるか電源が入ら切られています。というもので、一体どういうことなのかと私は疑問に思いました。彼女は携帯が命と言っても過言ではない人で時間があればすぐに携帯を使っているというイメージがありました。そんな彼女が携帯を忘れたり充電しないのはありえません。きっと彼女になにか起こってしまったのではないかと一気に恐怖と不安で心が満杯になっていきました。さっきまで賑やかだった駅の広場の徐々に人が去っていき周りを囲んでいる暖色の該当が寂しい僕を照らしています。
僕は彼女のことを探しに行きました。駅周辺に限らず色んな場所を探しました。彼女が通っている美容院の周辺、彼女が小さい頃遊んでいた公園の周辺、気づけば駅とはかなり遠い所まで探しに行っていたのに気づきました。すると人気がない薄暗い所に工事現場があることに気づき僕はそこに行きました。工事現場は黄色の柵で入られないようになっていましたが工事現場の中はどうなっているのかは分かりました。そこに1人血だらけで倒れた女性を発見しました。驚いたと同時にはっ!と大きな声を出したため誰もいないかと周辺を見渡しました。そしてよくよく倒れている女性を見ると優奈ということがわかったのです。僕は何も考えず柵を飛び越え全速力で彼女の方に向かいました。生きてて欲しい少しでもそう思ったからこそあんなに早く走ったのだと思います。優奈!と大き声で名前を呼び彼女を抱き抱えますが彼女のまぶたは一切開こうとはしません。頭や身体に血が出ており目の前には血が着いた鉄パイプがありました。彼女はきっとこれに直撃してしまったのでしょう。彼女の体は冷たくもう息をしていないのはわかっていましたが僕はそれを紛らすかのように何回も彼女の体を揺さぶり涙を流しながら名前を連呼し続けました。その時彼女の右脇の隣にひとつの小物が置いていました。それを見て僕はすぐに彼女が事故ではなく、誰かに殺されたのだと分かりました。なぜなら今目の前にある小物はその人しか持っていないものだったのですからその人のフルネームが刻まれたペンダント。僕はそのペンダントをカバンの中にしまい、警察に通報しました。証拠となるペンダントをカバンの中に隠したのはすぐに捕まってしまうと良くないと思い少しばかり犯人を苦しめてやしたいと思ったからです。なので警察にも彼女が工事現場で倒れていて息をしていないとだけ伝えて誰かに殺されたということは告げませんでした。
彼女を殺したその犯人は私は許すつもりはありませんでした。今まで彼女の為に頑張ったあの4年間それが全部水の泡となってしまったのですから。しかし一番辛いのはやはり嫌いな人に殺された彼女自身でしょう。僕は犯人に復讐することを決めました。しかし僕も犯人を殺してしまったら僕もあいつと同じ殺人者になってしまうので、心をえぐられるような嫌がらせを毎日犯人にして、犯人が自らの手で命を絶ってくれるのを期待していましたが我が強いあの犯人は自分の手でそう簡単に死ぬ人ではありません。僕は毎日様々な事を犯人にしました。普通の人なら絶対に嫌がるであろうことにも犯人は驚かなければそれをスルーしたり何事も無かったかのように暮らしているので、僕はその態度にとても苛立ちを覚えました。少しでもあいつの苦しむかを見てみたいと初めて自分の悪のところが出たのだと思いました。白い壁に落書きしたり、ポストに脅迫状を何十通も入れたりしましたが犯人には効果はなく逆にバカにしているような笑みを浮かびその笑みはとても気持ちが悪かったです。僕はその犯人のことについて調べました。すると今は会社に勤務しているらしく一大プロジェクトの責任者になっていると分かりました。22歳にして一大プロジェクトを任せられるとは一体どんな経歴を送ったのか気になりましたが今そんなこと考える時間ではないと開き直りもう一度犯人について色々と調べようとしましたがあのページ以外犯人の情報については何もありませんでした。すると私はとあることを思い出しました。犯人は僕たちに向かって大学に進学すると言っていたのをしかし今は会社に勤めていてしかも一大プロジェクトの責任者である大学を卒業しすぐに就職した人が一大プロジェクトの責任者になれるわけありません。となるとその犯人は大学に行くのを諦めこの会社に入ったということになります。22歳でも責任者になるのはおかしいと疑問に思いますが僕はあまり気にしていませんでした。
僕は、何ヶ月もかけて犯人に嫌がらせをし続けていましたが全く怖がる様子もないことにしびれを切らし僕はあいつを殺すことにしました。たとえ殺人者になったとしてもあいつさえ死んでくれればそれでいいと逆に彼女の仇を打ったと思い殺人者になったとしても構わないと感じました。使う凶器は包丁1つ、殺す場所は優奈が死んだあの場所。あの場所に設置してあった黄色い柵は撤去されていました。殺人事件が起きた場所の柵をなぜ撤去されたのかは分かりませんがそんな事どうでよかったのです。僕はあそこで犯人殺し、彼女の苦しみを犯人にもわかって欲しかったのです。実行は今夜の夜中に行います。僕はその時間を待つ時1回も緊張はしませんでした。このあと人ろ殺すというのに何故か怖がらない自分がいたことに驚きました。しかしあいつを殺すと思うと何故かまったく怖くなくなったのです。やっとあいつに仇を打てると思い逆に嬉しく思ったほどです。
そして迎えた実行時間。僕は犯人が勤務している会社で待ち伏せをそいつが現れるのを待ち続けました。そしてそいつが出てきた所を見て僕は遠くにいるのにも関わらず足音を立てないようにゆっくりと背後から近づきました。黒いフードを頭深くまで下げ工事現場に近づくと同時に犯人の横に並びました。なにか考える事をしているのか僕に気づく様子はありませんでした。そしてあの工事現場に通りかかった瞬間僕は思いっきりそいつの肩を押し工事現場の所に無理やり入らせました。そいつ顔は砂利は土で汚れ、顔にかすり傷がありましたがそんな事どうでよかったのです。今から僕が殺すのですから。僕は思いっきり包丁を振り回し追いかけました。その際に僕は周りに無造作に置いてあった木材や道具をそいつに投げましたが1回も当たることはありませんでした。するとその瞬間僕は土に埋めらていた木材に気付かず転んでしまい包丁があいつの方まで転がってしまいました。その包丁を取られた瞬間は僕はやばいと思い、必死な顔でその包丁を取りにかかりました。その瞬間胸に激痛が走りました。下を向いて胸を確認すると血だらけになっているのが見えました。僕はその場で倒れました。そしてその犯人に体を馬乗りされ何回も僕の包丁で僕の身体を刺してきました。僕の血しぶきで顔が真っ赤になっていくのが見えて徐々に目の前が暗くなっていき周りの音を聞こえなくなっていきました。僕は今から死ぬ。でもその前に伝えたかった。
部屋に侵入しあの手紙を入れたのは僕ではないと
終章
黒い帽子に黒いサングラス、白いマスクをつけ怪しい格好をする伊藤。その格好で大滝に近づく何も気づかない大滝。横に並ぶ伊藤。工事現場に差し掛かった瞬間思いっきり大滝の体を押す。砂利道で倒れる大滝。ハンマーを持った伊藤。伊藤がそっと大滝に近づく。それを見て恐怖に慄く大滝。そして立ち上がり逃げようとした隙に伊藤は大滝の頭をハンマーで殴る。そして倒れた大滝の身体を何回も殴っていく。血だらけになっていく大滝。死んだ事がわかった伊藤は目の前に積んであった鉄パイプの紐を外し鉄パイプを散乱させる。そして急ぎ足でその場を立ち去る伊藤。ペンダントを置いていると気づかずに。
殺人容疑として逮捕された伊藤。最終裁判での判決、伊藤信明氏は責任能力が無いとして無罪。原因は母親の執拗な虐待と母親の自殺による精神崩壊。遺族はこの判決に抗議している。