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第1話「ケモノ耳はロマンです」
あー……あったけー。
幸せなぬくもりに、俺――沢木 光春(さわき みつはる)は目が覚めた。
布団に篭(こも)った自分の熱ではない、あたたかさ。
今まで想像だけだった――
「ひとは……だ……?」
横を見て盛り上がっている布団を、俺は引っぺがした。
ぬくもりの正体は――全裸の女の子、でし、た。
「うわぁお!?」
がたんっ
「いっ――」
ひじっ!
誰だこんなところにテーブル置いたの!
俺だよ!
一瞬痛みで頭が真っ白になっても、現実はそのまま。
ハダカの女の子が俺の布団の中で眠ってます。
「っ」
落ち着け女の子のハダカこれは夢だカワイイ白いやわらかそうここはどこだ俺んちか触りたい撫でたい俺んちって俺って誰だ撫でたい嗅ぎたい俺は沢木光春だハダカで布団ってことはそういうだけどなんで女の子がって言うか誰っていうか何でハダカこれはもう触って撫でろとでもなんかおかしくねおかしいよねおかしいけどどーでもいいんじゃだって女の子がハダカでハダカだから――
視界に入ったテーブルへ倒れ込むように、俺は同じ肘をぶつけた。
がんっ
「――っ」
激痛のおかげで、脳内で起きたピンク色の嵐は収まった。
「よしなんとか……乗り切った」
妄想の強制終了はすでにマスターしたはずなのに。
まさか現実の自分を強制終了させることになるとは思わなかった。
冷静になって、まずは状況把握だ。
……。
「どっせぇぇぇいっ!」
ばさっ! とハダカの女の子に布団をかぶせる。
これで視界からは消えたから大丈夫――じゃねぇよ!
どう考えてもおかしいだろ!
女の子がハダカで俺の布団で寝てるなんて、二次元じゃあるまいし!
ここは冷静に行動しないと、あとでなんか大変なことになる。
「……状況把握するには、この子が誰だか知る必要がある!」
大義名分の元に、俺は布団に手をかけた。
顔の辺りまで布団を捲(めく)ると――ふわふわウエーブのかかった、明るい茶色の髪が見えた。
伏せられた睫(まつ)毛(げ)は長く、薄く開いた唇はやわらかそう。
少し幼い気もするけど、穏やかで優しい顔つき。
年はたぶん俺とそう変わらないと思う。
超かわいい。
でも知らない顔だ。
こんなかわいい子、一度会えば忘れるはずない。
優しくて、従順そう。
海のように心が広くて、どんなことでも許してくれそうな、ピンク色の嵐を抱える俺を包み込んでくれそうな――
「……コレ、なんだ?」
暴走し掛けた思考が止まった。
よく見ると、彼女の頭に耳がついていた。
獣耳だ。
猫や犬とのそれとは違って、先が少しだけ尖(とが)ってて小さい。
つんつんっ
ぴくぴくっ
「う、動いたっ」
朝起きたらハダカの女の子が布団で寝てて、その子が獣耳だって?
「んなアホな」
知らない女の子がハダカで布団の中に潜(もぐ)り込んでること自体ファンタジーなのに、そこにさらに獣耳?
ってことは、二次元のお約束から想像すると――
「――まさか、しっぽもついてるってことか?」
獣耳と言えばしっぽ、と相場は決まってる。
女の子に、獣耳&しっぽ。
動物の愛らしさがプラスされ、かわいさがアップ!
しょんぼりしたときの元気なく垂れる耳、嬉しそうに振り回すしっぽ。
そういうのが好きな人間にとってはまさに幸福の象(しょう)徴(ちょう)。
「しっぽを、見るだけだから」
そう、やましいことをするわけじゃない。
言い聞かせながら、慎重に布団をさらに捲った。
長くてふわふわした茶色の髪が、背中まで伸びている。
その長さじゃ身体全部を隠すことはできなくて。
白くて滑(なめ)らかそうな肌。
むちっとした肉感的な太もも。
ふわふわに見える大きなあれは――そう、おっぱい。
「ああ――」
見事な破壊力だった。
血が昇(のぼ)り、まともに頭が回らない。
触りたい触りたい触りたい。
アワヨクバ――
そう思った瞬間。
視界の端で、何かがゆらゆら揺れた。
どうして今まで気づかなかったのか。
しっぽだ。
彼女の髪と同じ茶色の毛と、焦げ茶の毛に覆われた太くて長いしっぽ。
しかも、動いている。
「……って、生えてんのかこれ」
さっきまでのピンク色の嵐はどこかへいき、ただ疑問解決のために俺の手はしっぽに伸びた。
ふさふさして、やわらかい。
見た目だけじゃなくて、手触りもすごくいい。
軽く握ったら、犬の尻尾みたいに中心が固い。
ホンモノの――しっぽなのか?
「わ、ワイヤーかなんかだよなぁ!」
笑いながら、ふさふさでやわらかいしっぽを掴んで、ほんのちょっとだけ引っ張ろうとした――次の瞬間。
「っ!」
女の子が、パチッと目を開けた。
透明感のある大きな目は、純粋そうでやっぱりかわいい――
「しっぽ引っ張ったらダメぇぇぇぇ!」
叫び声と同時に、右の頬に重い衝撃。
俺は全裸の女の子から拳をいただき――壁に吹っ飛んだ。
遠ざかる意識の中思う――女の子なのになんて力だ。
って、なんだよこの展開!?
その疑問の答えを求めて、俺は今日より以前の記憶を掘り起こしていた。
遡(さかのぼ)ること――数時間前。
「――そんなじろじろ見るなよ」
ポニーテールの黒髪に、気の強そうな切れ長の目元、整った顔立ちの美女が呟(つぶや)く。
すらっとしていてスタイルもいい。
女の子にしては長身で、俺と同じくらいの身長だ。
そんな美人が俺の目の前で、顔を赤くして――自分の服に手をかけた。
着崩した制服のブレザーを脱ぎ、緩んでいたネクタイを外し――床に放る。
チェック柄のスカートのホックを外すと床に落ち、カラーシャツと靴下という姿になる。
俺は大きなベッドに腰かけて、服を脱いでいく姿を観賞していた。
「だから、そんなに見るなって」
普段は飄(ひょう)々(ひょう)としているセンパイが、真っ赤な顔で恥ずかしそうに俺を見た。
カラーシャツのボタンに、手がかかる。
ついに、センパイの禁断領域が――
むぎゅうっ
――ほっぺたの痛みで、俺は現実へ引き戻された。
「ぼーっと突っ立てると、ほっぺた掴み放題だぞ」
目の前には、さっき服を脱いでいた――高郷 菜緒美(たかさと なおみ)センパイがいた。
今は服を着ているし、俺は大きなベッドの上にいない。
なぜなら、さっきのは俺の妄想だから!
でも今立っているのは――デカイベッドがありそうな、ラブホテルの前だった。
「にゃっ……なおみ……へんひゃい」
「誰がヘンタイだ。ラブホの前を通った程度で固まるような、今時絶滅してるとしか思えない純情ヤローのほうがある意味ヘンタイなような気がするんだがな? 大体、初めて通るわけでもないだろう」
「ひひゃいへふっ! ほっへはひひゃいへふっ!」
悲鳴を上げても間抜けな声しか出ない。
「……たて、たて、よこよこ、まーるかいて、ちょん」
途中で楽しくなってきたのか、人のほっぺたをテンションの低い声に似合わず、激しい動きでこねくり回しやがってくれました。
高郷菜緒美センパイ。
俺と同じ東屋(あずまや)高校の三年生。
俺の一学年上の先輩だ。
部活や委員会が同じなわけでも、中学が一緒だったわけでもないんだが――ワケあってよく遊んでいる。
遊んでるというか、振り回されているというか。
毎週金曜日一日のことだし、この二年でもう慣れたが――この人はタチの悪いからかい方をする。
レンタル屋で18禁コーナーに連れてこうとしたり、エロ雑誌見せてきたり、今日みたいにラブホの近くをわざと通ったり。
普通は「もしかして、その気があるんじゃないか?」と勘繰りたくもなる。
けど――
つかいつまでやってんの!?
と思った直後、手が離れた。
「何するンすか!?」
「なんか途中から引っ張るのが面白くて。光春のほっぺはやわらかいな。つまみ心地が良すぎてクセになりそうだ。もっかいやらせろ」
「やです!」
「そのほっぺたをもっとつまませてくれたら、いますぐこのラブホ入ってやって色々してやろうか?」
「なっ」
脳裏を掠(かす)める、少し前の――センパイが恥じらう妄想。
「すきありー」
むぎゅう
「ひへぇぇぇぇっ!」
「超顔真っ赤だぞ。本当にからかい甲斐があっていいな」
――そう、この人はただ俺の反応を面白がっているだけなのだ。
どうやらセンパイはエロネタに対する俺のリアクションが大変お好みらしい。
……ほっぺたをこねくられ続けて数秒。
「ん、飽(あ)きた」
「ああ……そうですか……」
ようやく解放された、と安心していたら。
「こんなことでイチイチ固まってたら、これから色々困るんじゃないか」
「色々って、何ですか」
「好きな女ができたときにだよ。そんな無様な格好を晒(さら)すつもりか?」
「晒しませんよっ! べつにラブホなんて興味ないし!」
「そういう問題じゃないだろ」
無表情なセンパイの視線に目をそらすと、センパイがため息をつく。
「シメにからかったし、今日は解散にするか。また次の金曜にな」
「じゃあな」と言い残し、菜緒美センパイはそのまま歩き出してしまった。
ほっぺたが腫れあがった俺は、ラブホの前でぽつんと残される。
「……帰るか」
すっかり冷静になった俺は、その場を立ち去ることにした。
菜緒美センパイはああ言うけど。
じゃあ色々「する」流れになったら、少しも動揺しちゃいけないのか。
女の子はその方が安心、か?
でも「慣れてます」みたいな態度ってどうなんだ?
好きな子がそんな感じだったら、俺なら少しショックだと思うんだけど……女の子からしたら違うのか?
まぁどうでもいいか。
べつに慣れる予定なんてないし。
俺は硬派を目指しているからな!
……イメージトレーニングは欠かさないけど。
てか、そんな心配するなんて恥ずかしいヤツだな俺は……女子の知り合いは多くても別にモテたりしないのに。
女の子に興味がないわけじゃないが――べつに特別モテたいってわけでもない。
ただ欲望のまま行動したら――なりたくない自分になるだけだ。
そんなことを思いながら、一人暮らしをしているアパートに帰る。
ゴミ捨て場には、明日回収予定のゴミ袋がすでに積み上がっていた。
夜によく見かける光景だ。
でも。
「――んん!?」
ゴミ袋の上に――リスが乗ってるのは初めて見た。
なんでこんなところに――そう思いながら、俺は近づいてよく見てみることにした。