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一方港湾エリアを取り仕切り、『暁』と協力関係にある『海狼の牙』にも黄昏防衛戦の経過が随時報告されていた。だがそんな情報を海運王サリアは気にもせず自ら情報を集めていた。
『海狼の牙』本部二階の執務室では、椅子に座りスイカほどの大きさがある翡翠いろの水晶を眺めるサリアと傍には腹心の強面スキンヘッド紳士のメッツが控えていた。
「暁からはどんどん情報が流れていますが、ご覧になりませんか?」
「不確実なものがたくさんあるわ。それより直接見た方が早いわよ、メッツ」
相変わらず気だるそうな表情を浮かべたまま水晶を眺めるサリア。そして水晶には激戦を終えた南部陣地の様子が写し出されていた。投影の水晶。離れた場所の景色を写し出す魔法のアイテムであり、サリアの秘蔵品でもある。
この映像は使い魔の視界と共有されており、今回は鳥の使い魔を用いて観察しているのである。もちろん事前にシャーリィには話を付けてある。
でなければ、シャーリィの師であるワイトキングに察知されて面倒なことになる。
サリア曰く、死霊王を敵に回すほど酔狂ではないとのこと。
「ふむ、かなりの被害が出た様ですな」
同じく水晶に写し出された景色を眺めながらメッツが感想を口にする。
「四百の魔物のスタンピードを跳ね返したのよ。普通なら称賛されてしかるべき偉業だと思うわ。けれど、そう言うわけでは無いのでしょう?」
「残念ながら、『暁』と敵対関係にある連中はこれを好機と見て何らかのアクションを起こすでしょうな」
「世知辛い世の中ね。いや、この街が特殊なのかしら?どちらにせよ人間は度しがたいわ」
「お恥ずかしい限りですな、ボス」
苦笑いをするメッツを横目に見て、視線を水晶へ戻すサリア。
「うちにはそんな度しがたい連中が居ないことを願いたいけれど、どうなの?」
「遺憾ながら、妙なことを考える者は出てくるでしょうな。今の関係をより強固なものに、強気で暁に迫るべきだと」
「度しがたいわね。暁の弱体化はうちの利益を損ねる結果になる。暁の交易利用料はバカにならない金額よ」
「ですな。私としてもミス・シャーリィとは今後も良い関係を維持したいと考えております」
「なら、目を光らせてちょうだい。私はシャーリィに肩入れするつもりはないけれど、敵対するつもりもない。見ていて飽きないもの。今回だって、どう挽回するか楽しみなんだから」
「では支援を行わないと?」
「此方からは行わなくて良いわ。暁が、シャーリィが求めてきたら考える。それも周知しておいて」
「畏まりました」
「ああ、ちょっと待って」
踵を返そうとしたメッツを呼び止めるサリア。
「何でしょう?」
「手を差しのべる訳じゃないけど、討伐した魔物の素材があるならいつでも買い取ると伝えてちょうだい。アーマードボアは要らないけど、アーマーリザードの鱗なんかは魔法薬の触媒になるの」
「畏まりました。ブラッディベアを仕留めたって話ですが、そちらは無用で?」
「あー……ブラッディベアの毛皮は縫製で使われるの。私は興味もないわ」
「では、その様に」
「買取金額は適正価格よ。『ライデン社』の二の舞は避けたいわ」
「やはり揉めますかな?」
「揉めなくてもシャーリィは不信感を持つわよ。需要に合わせて値を上げるのは商人として当然だけれど、今回はやり過ぎたわ。適正価格だったらこんなに被害を出さずに済んだとなれば、尚更よ」
「『ライデン社』はミス・シャーリィの怒りを買ったと」
「一部のおバカさんが勝手にやったことだと思うけれど、うちではそんなことが起きないように気を付けなさいな」
『海狼の牙』は状況を正しく認識した上で静観することを決定する。少なくとも自分から暁に対して行動を起こさない方針となった。
そして、虎視眈々と暁を狙う組織。『血塗られた戦旗』の本拠地である十五番街では。
「それなり以上の被害が出てるのは間違いないな。どうするんだ?ボス。攻めるなら今がチャンスだと思うんだが」
事務所で椅子に座り長考する『血塗られた戦旗』のボスリューガに、壁に背を預けて立つジェームズが問い掛ける。
暁の弱体化と、『闇鴉』、『ターラン商会』、『カイザーバンク』からの支援を受けて装備の充実を果たし人員も揃いつつある現状は、まさに攻勢を仕掛ける好機であった。
「いや、もう少し正確な情報が手に入るまで待て。焦ってエルダスの奴の二の舞になりたくないからな」
だがリューガは慎重だった。長年の傭兵人生が彼を慎重にさせたのだ。だが、今回はその判断が間違っていた。
もし『血塗られた戦旗』が勝利する可能性があるとするならば、今がまさにその時だった。しかし、彼は慎重に過ぎた。『エルダス・ファミリー』の壊滅が、彼の警戒心を必要以上に刺激してしまったのである。
「ボスがそう決めたなら、俺はなにも言わねぇさ。けどな、聖奈の奴はずっと御預けを食らってるんだ。そろそろ抑えるのも限界だな。それに、他の奴らだって新しいオモチャを試したくてウズウズしてるだろうさ」
「分かってる。来月までには腹を決める。いつでも動けるように準備だけはしておいてくれ」
「ああ、任せとけ」
『血塗られた戦旗』は首領であるリューガの慎重論により、『暁』を壊滅に追い込む千載一遇の好機を逃すこととなる。
『黄昏』の街では戦後処理が慌ただしく行われていた。負傷者は病院へ運び込まれたが収容人数を越えたため、屋外に野戦病院を設置。医療班と手空きの人員はその対応に追われていた。
「周囲警戒を怠るな!今この瞬間が最も危険な状態だ!決して隙を見せてはならん!」
暁武装戦力を指揮するマクベスは自らも手傷を負うが、応急措置を済ませると戦える人員を集めて周囲警戒の陣頭指揮を執る。
「人手が足りんのだろう?ワシらも加勢する。暇だったのだ、働かねばな」
「すまん、ドルマン殿」
ドルマン率いるドワーフチーム四十名は黄昏で戦力を温存していたので、鎧兜で武装して警戒任務に就く。
「逃げた魔物の行方を探すのよ!奇襲なんかされたら堪らないわ!」
更にリナの腹心リサ率いる『猟兵』二十名も広範囲に索敵を実施。取り逃がした五十体前後の魔物を警戒する。
暁は大打撃を受けながらも警戒体制を維持したままシャーリィ達の帰還を待ちわびていた。
そして、領主の館ではセレスティンが事後処理に追われていた。
「死者は現時点で百十名を越えております。これを知ったお嬢様のご心痛を思うと……悩ましいものです」
最新の報告書を読み顔をしかめるセレスティン。
「世間から見れば大金星、いや偉業とも言える成果ですよ。ただし、シャーリィが喜ぶとは思えませんが」
そんなセレスティンを手伝うカテリナ。
「シスターカテリナ、貴女もお忙しいでしょうに」
「シャーリィが戻るまで葬儀は執り行いませんよ。だから暇なのです。死体は集めていますが、暑くなる季節ですからね。地下に安置しています」
「腐敗による伝染病の蔓延だけは避けたいですな」
「レイミが元気なら冷凍保存も出来ましたが、まだ無理ですね?」
「はい。レイミお嬢様も大変お疲れのご様子。私室にて安静にされています」
当たり前のように黄昏の館に私室があるレイミ。
「はぁ……シャーリィも休ませてあげたいのですが、このままでは戻っても休む暇もなさそうですね」
カテリナが憂鬱そうに外を眺める。シャーリィの帰還は間近であるが、問題は山のように積み上がっていた。