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「ま、お人形さんみたいね〜。撮影かしら? あら違うの、でもとっても可愛いわね〜。お写真撮らせて貰ってもいいかしら?」 清桜駅前、朝倉くんを待っていると、フリフリドレス姿のアタシを見たマダムが、話しかけてくる。
褒められるのは嫌じゃないけど、そこまで褒められると少し照れる。
この駅前には、すぐそこにロリィタショップがあるから、ロリィタな娘もたまに見る。
この人は、ロリィタを見る度に、こうして話しかけてるんだろうか。話しかけてるんだろうな。
「いえ、そんな……可愛いだなんて……」
「ふふふ、謙遜しなくても良いのよ。最近見たロココ調のドレスを着た娘の中だと、貴方が一番美人よ」
そう言うと、マダムはブランド物のバッグから、立派な一眼レフを取り出して、一枚写真を撮った。
「ありがと、おかげで目の保養になったわ」
マダムは満足した様子で、手を振って去っていく。
まだデートが始まっても無いのに、どっと疲れた。
こんな事なら、約束の時間ピッタリに来ればよかった。朝倉君は、時間ピッタリにしか来ないんだから、先に来る必要なんて無かったのに。
お店で着付けしてもらわなきゃならないにしても、早く来すぎた。
カーン……カーン……カーン…………
時計の鐘が10回鳴った。まさにその瞬間、朝倉君がやって来る。
待ち合わせの時間、10時。嘘みたいに、一分の狂いも無い。
「橘………さん?」
「あ……、朝倉君………」
朝倉君は、ロリィタドレスのアタシを見て、不思議そうな顔をしてる。というか、目の前にいるのが本当に橘さやかなのか、半信半疑というリアクション。
そうだよね、制服か道着かジャージかのアタシが、お姫様みたいなドレスを着てたら、びっくりするよね。
「変かな……? 」
「そういう訳じゃなくて、その……橘さんって、こんなに可愛かったんだって……」
「え、あ……、あり……がと……」
急に可愛いとか、言わないで欲しい。照れる。顔が熱くなる。
さっきのマダムに褒められた時は、照れはしたけど、顔は熱くなったりしなかった。
朝倉君に可愛いって言われると、何故か心臓がドキンとなって、胸がキュッとなって、顔が熱くなる。
これはきっと、慣れない格好をしてるせい。そう、きっとそうだ。
「えっと……、コメット珈琲に行くんだよね?」
あ、そうだった。
これから行くのは、大盛り料理で若者や肉体労働者に人気があるコメット珈琲だ。
その予定を、佐伯さんと小鳥遊さんに伝えてなかった。
しまった。それを伝えておけば、あの二人ならTPOを考えて、それなりの格好にしてくれたはずなのに。
「あ……、この格好で行く店じゃない………よね?」
あー、完全に失敗した。アタシの馬鹿。なんで忘れてたの。
「えっと……その………」
朝倉君が、言葉に詰まってる。
そうだよね。デートにこんなの着てくるなんて、おかしいよね。
「いや……、実は下見に行った時、居たんだよね、橘さんみたいな服のグループが……」
「え?」
下見に行ったって、もしかして、今日のために行ってくれたの? しかも、似たようなドレスを着た人も居たって。
「その人達は、楽しそうにしてたし、店員さんも特に気にしてなかったから、多分大丈夫だと思う。あ、その時はコーヒーしか飲まなかったから、カツサンドはまだ見てないよ」
朝倉君は、言い淀むのを止めて、普段の爽やかな笑顔に戻った。
その笑顔を見たら、緊張感がすっと解けて、ホッとした。
さっきのマダムも、朝倉君も、ロリィタショップの店員さんも佐伯さんも小鳥遊さんも、この格好を手放しで褒めてくれたんだから、ウジウジしてたら、かえって失礼だ。堂々としていよう。
「そっか……、行こう、朝倉君」
「うん、行こう」
朝倉君は、自然な様子で隣に立ってくれる。
この人の隣に立つと、不思議と安心する。理由は分からないけど、居心地がいい。
この人といると、幸せな気持ちになる。
この気持ち、なんでかな? なんでこんなに、この人の隣が心地良いんだろう。
*********
「すごいボリュームだったね……」
「うん、写真より大きいとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかった」
コメット珈琲店名物、逆写真詐欺カツサンド。デカい! ヤバい! って噂には聞いてたけど、想像以上だった。
ただでさえ大きいカツサンドの付け合わせに、ミニカツサンドが付いてきた。意味が分からない。
アタシも朝倉君も、結構食べる方だと思うんだけど、その二人で精一杯の量だった。
「今日はもう、何も食べられないね」
朝倉くんは、膨れたお腹を撫でながら言う。
「うん……、食べ歩き、出来なくなっちゃったね」
喫茶店で、軽くつまんでから、食べ歩きを楽しむつもりだったのに、全然軽くなんてなかった。
これからどこに行ったらいいのか、朝倉君が立てたプランは、全部ダメになってしまったはず。
「ゴメン。アタシがコメットに行きたいって言ったから」
「いや、二人で食べるのは、すごく楽しかった。それに、食べ歩き以外にも、楽しい事はあるよ」
朝倉君は、爽やかに笑ってそう言った。アタシが申し訳なく思ってるのを、察してくれたんだろうか。
「ついてきて」
「えっ……、ちょっ……ちょっと」
朝倉君は、アタシの手をとって歩き始めた。
急な事に戸惑って、声がうわずる。
デートで手を繋いで歩くなんて、いよいよカップルみたい。アタシ達は、そんな仲じゃない、ただの友達。一緒にご飯を食べに来ただけだ。
って何考えてるの、アタシ。
せっかく二人で来たんだから、恥ずかしがってないで、楽しまないと損だ。手を引かれるがまま、ついていけばいいんだ。
ついて行く先々で、街の景色が広がっていく。毎日見てるはずの景色なのに、今日はいつもより輝いて見える。
隣に朝倉君が居るから? 服が可愛いから?
「ちょっ……ちょっと待って……!」
手を引かれるのは、嫌じゃないはずなのに、思わず声をかけてしまった。
「えっ、あ、ごめん……」
朝倉君は、女の子の手を握るのが何を意味するのか、ようやく気がついたのか、慌てて手を離そうとする。
「違うの! 手は……その……嫌じゃなくて……えっと………」
その手を、もう片方の手で掴んで止めた。
「手を繋ぐなら、横を歩きたいなって……」
アタシは何を言ってるんだろう。頭に無い言葉が、口をついて出てくる。恥ずかしくて、顔が熱い。自分で言っておいて、自分で照れている。
朝倉君まで、赤くなる事ないのに。我ながら大胆な事を言った自覚はあるけど、赤くならないで。
「あ……ああ、うん、そうだね」
朝倉君は、すっと手を繋ぎ直して、アタシの横に並んで歩き出した。
アタシも、手を握り返す。向こうに主導権を渡したら、気を保ってられない気がして、少し強めに。
さっきまで緊張してたのに、並んで歩くようにしたら、今度は目に映る景色が、さっきよりずっとキラキラしてる。理由は、分からない。
そっと、アタシは隣の朝倉君を盗み見る。
朝倉君も、アタシを見る。顔を合わせて、どちらからともなく、笑い合う。
やっぱり、この人といると幸せだ。
「いらっしゃいませ〜」
朝倉君に連れられて着いたのは、絵に描いたようなファンシーショップ。
店のどこもかしこもパステルカラーで、アクセサリーとかぬいぐるみとか、女の子が喜びそうな物だらけ。
「橘さん、こういうの嫌い?」
アタシが戸惑ってるのを見て、朝倉君は不安そうな顔をした。
こんなフリフリドレスを着た女なら、カワイイ物が好きに決まってるって思ったのかな。うん、正解、その通り。
「嫌いじゃない……、というか、好き………」
アタシがそう言うと、朝倉君は、ほっとしたように笑った。
「よかった、橘さんの服装を見た瞬間、絶対ここの店が合うって思ったんだ。食べ歩き出来なくて、結果オーライだったね」
「うん、連れてきてくれてありがと」
アタシがお礼を言うと、朝倉君は「どういたしまして」と笑った。
この、フリフリドレスが役に立ったのかな、このドレスが、アタシ達をここに導いたと言うなら、佐伯さん達に感謝だ。
「橘さん、はいこれ」
朝倉君が差し出してきたのは、大きなテディベア。白くて、フワフワの、つぶらな目がカワイイ熊さん。
「これ、プレゼントさせてよ」
「えっ……、でも………」
こんな大きさのテディベア、安くはないはず。朝倉君に買ってもらうのは悪い気がする。
「俺からじゃダメ?」
「ダメじゃない……」
欲しい。持って帰りたい。けど、男の子に買ってもらうのは……って思うけど、ダメじゃない、むしろ欲しい、贈ってもらいたい。
「じゃあ、決まり」
朝倉君は、アタシの胸元に、テディベアをぽふんと収めてくれる。ほわほわの毛が、あごに触れる。
「……ありがと、すごく嬉しい」
アタシは思わず、テディベアを抱きしめて、顔を埋めた。
可愛い、欲しい。でもこんな大きいの、買わせちゃっていいのかな。
*********
「ありがとう、今日は本当に楽しかった」
帰り道、家の前まで送ってくれた朝倉君に、お礼を言う。今日一日で、ありがとうを何回言っただろう。
「こちらこそ、ありがとう。また一緒に遊ぼうね」
「うん、またね」
今日からは、もっと素直になれる気がする。
空手女が、カワイイ物好きだっていいじゃないか。隠す必要なんて、無かったのかも。
朝倉君は、受け入れてくれた。佐伯さん達も、可愛いって言ってくれた。みんな、アタシの好きを受け入れてくれた。
それもこれも、佐伯さんのおかげ。小鳥遊さんを連れてきてくれたのも、佐伯さんだ。
アタシに、これだけの幸せをくれた佐伯さん。
それなのに、佐伯さんは恋愛を諦めて、人の恋路ばかり応援してる。
諦めた理由が、何かは分からない。でもいつか、佐伯さんも自分に素直になって、恋を楽しめるようになってほしい。
いつかきっと、そんな日が来ますように。
シュメール
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