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セイラがケルベロスに来たその夜、シンノスケは明日からの仕事の予定をセイラに伝達した。
「明日からの仕事はガーラ恒星州までの中型貨物船オリオンの護衛だ。貨物船が積んでいるのは主にレアメタルと宝飾用金属で、特に宇宙海賊に狙われやすいものだ。ガーラ恒星州までは比較的安全な航路が多いが、海賊が出現しないわけではない。セイラは初めての護衛任務だが、通信を任せる。とはいえ、マークスがサポートするから心配しなくてもいい」
結局シンノスケはセイラの初仕事に護衛業務を選んだ。
ザニー達のアドバイスもあったが、シンノスケ自身もガーラ恒星州に行く必要ができたため、ガーラ恒星州行きの仕事を引き受けた。
「はい。頑張ります!」
セイラの返事を聞いたシンノスケは頷く。
「出航予定は明朝6時30分。7時45分に指定宙域でオリオンに合流してガーラ恒星州に向かう。特に起床時間などは決めていないから時間の管理は自分でやってくれ」
「分かりました」
セイラが自室に戻るのを見届けたシンノスケは盛大にため息をついた。
「ふぅ、艦内に若い娘がいると気疲れするな・・・。慣れるまで大変そうだ」
実のところ、セイラをケルベロスに乗せるに当たり、シンノスケはセイラ以上に気を遣っていたのだ。
宇宙軍の辺境パトロール隊の指揮官を務めていた時にも乗艦にはアーネス軍曹という女性下士官がいたし、それ以前にも乗務する艦に女性兵が乗艦していたことは何度もある。
しかし、軍隊時代は複数の人員で艦を運用していたからあまり気にならなかったが、このケルベロスに乗っているのはシンノスケとセイラ、そしてマークスだけだ。
しかもセイラはまだ18歳。
シンノスケがまだ士官学校で学んでいた時の年齢だ。
どのように接したら良いのか正直分からないのである。
「まあ、慣れるしかありませんね」
冷たく言い放つマークス。
「マークス、お前冷たいな」
「はい。私は活動の度合いにもよりますが、体内の動力源の温度は80度から160度の間で変動します。しかし、身体の表面温度は常に25度に保たれています。冷たい、と言われれば人間の体温よりは冷たいかと・・・」
「マークス、お前、わざと言っているだろう」
「滅相もありません」
そう言ってデュアルカメラの焦点を逸らすマークスを放っておいてシンノスケも自室で休むことにする。
日が明けて翌日、シンノスケは5時に起床し、5時15分には身支度を整えた。
準備を終えたシンノスケがブリッジに入るとセイラがマークスから機器の説明を受けている。
「おはよう。早いな2人共」
「「おはようございます」」
挨拶を済ませたシンノスケは艦長席に着くと艦のシステムを立ち上げる。
「セラ、通信機器の扱いは問題なさそうか?」
準備をしながら確認するシンノスケ。
「はい、問題ありません。学校の研修船とはまるで違う機種ですが、基本的なことはマークスさんに教わりました。研修船の通信オペレーター機よりも使いやすそうです」
セイラの返事に頷きながらシンノスケはケルベロスのメインエンジンのスタータースイッチを入れる。
「メインエンジン起動。各システムのチェックを行う。通信システム」
「はい、あっ、通信システム正常です」
「航行管制、火器管制、レーダーシステム」
「全て異常なし」
マニュアルに沿ってチェックを進め、セイラとマークスの報告を受けながらもシンノスケは艦の動作の確認を進めた。
「よし、ケルベロス全システム異常なし。出航申請をしてくれ」
「了解。港湾局管制センターと商船組合のドック管理室に出航申請・・・受理されました」
セイラが目の前のモニターに表示されたマニュアルデータを確認しながら出航要請を済ませる。
ここまでは予定した時間通りだ。
「よし、それでは出航する」
シンノスケの指示を受け、セイラはドック管理室との通信を開いた。
「ドック管理室。ケルベロス出航します。えっと・・気密ハッチ解放を要請します」
セイラからの通信を受けてドックのハッチが開き、ケルベロスを乗せた船台が出航位置に移動を始める。
「船体ロック解除、ケルベロス出航!」
船台が出航位置に着いたところでシンノスケは船台のロックを解除して艦を浮き上がらせた。
定刻どおり出航したケルベロスは貨物船オリオンとの合流予定宙域へと向かう。
コロニーを出航してから合流ポイントまでは多くの船舶が行き交う航路であり、海賊による襲撃に備える必要がないため、ブリッジ内もリラックスした雰囲気だ。
シンノスケも自動操縦に切り替えてブリッジの端に備えてある給湯設備でコーヒーを淹れようとしている。
「あっ、シンノスケさん。コーヒーなら私が・・・」
気を遣って席を立とうとするセイラに対して片手を上げて制するシンノスケ。
「コーヒー位は自分で淹れるから大丈夫だ。これでもこだわりがあってね、自分で淹れた方が早いんだ」
シンノスケは淹れたばかりのコーヒーに更にお湯を注いで薄めている。
「あの、だったら、朝ごはんはいかがですか?自動調理機をお借りしてサンドイッチを作ったんですけど」
そう言ってセイラは用意していたランチボックスを差し出した。
「これはありがたいな。朝飯をどうしようか考えていたので丁度よかった」
セイラからランチボックスを受けて取るシンノスケ。
セイラが用意したといっても全自動の調理機が食材のカートリッジから合成して調理したものだ、と思って蓋を開けてみたら普段のサンドイッチと様子が違う。
調理機のサンドイッチのレパートリーに無い食材があるのだ。
「あれ?なんだかいつものサンドイッチと違うな?マークス、調理機のレパートリーソフトを更新したか?」
「マスターに命じられたならともかく、食事を取らない私が自分の判断でするわけありません」
「だよな・・・」
シンノスケとマークスのやり取りを見ていたセイラが笑い出す。
「クスクス・・・あの、それ、自動調理機の裏技を使って私が作ったんです」
「裏技?なんだそれ?」
「調理機にサンドイッチを作らせるのでなく、パンと具材を別々に合成させるんです。今回はローストチキンと人参のソテーに卵のペースト、チーズやレタス等を単体で合成して色々組み合わせてパンに挟んでサンドイッチにしたんです」
「はぁ~、その発想は無かったな」
感心するシンノスケだが、自動調理機の裏技は割と知られたものだ。
食事に対して適当なシンノスケが知らなかっただけである。
「でも、トマトのレパートリーデータだけ無かったので用意出来なかったのですが・・・」
首を傾げるセイラにマークスが答える。
「それはマスターがトマトに関するデータを消去したからです。好き嫌い?というのですか、マスターはトマトを食べないのですが、間違えてもトマトが混入しないようにトマトに関するデータを消去していました」
告げ口をされたようでシンノスケは不機嫌な顔だが、事実なのだから反論できない。
「マークスが言っていることは事実だが、もしもセラがトマトを食べたいなら再インストールしても構わないぞ?」
「あっ、いえ、大丈夫です。私は別に好き嫌いはありませんが、トマトが無くても別に問題ありません。食べたくなったら寄港している時に自分で手に入れます」
笑いながら話すセイラにシンノスケは何か負けたような感覚を覚えた。
その後、ケルベロスは順調に航行を続けて予定の時間に合流ポイントへと到着した。
宙域には既に護衛対象の貨物船オリオンが待機している。
「貨物船オリオン、こちら護衛艦ケルベロス。えっと・・・これより、貴船の護衛任務に就きます。よろしくお願いします」
通信機器の操作を間違えないようにマニュアルデータを見ながら通信を送るセイラ。
初めての仕事だから慣れなくてぎこちないのは当然だが、マニュアルを見ながらでも正しい手順を踏んでいる。
船舶学校でしっかりと学んでいたのだろう。
『こちらラングルド商会所属の貨物船オリオン。ガーラ恒星州までの間の本船の護衛、よろしくお願いします』
ケルベロスとオリオンはガーラ恒星州に向けて航行を始めた。