金曜の放課後。
帰り支度を終えた元貴は、音楽室からのんびり昇降口へ向かっていた。
ふと、窓の外に視線を向けた時だった。
「……え」
校庭の端、サッカーグラウンド。
練習用のビブスを着た数人がボールを追い、声を飛ばし合っている。
その中に、見覚えのある後ろ姿があった。
(滉斗……?)
—
サッカー部に入ったことは知っていた。
けれど、実際にプレーしているところを見るのは、今日が初めてだった。
軽やかなステップ、迷いのないトラップ。
絶妙なタイミングでのパス回し。
「……すご……」
中学の頃からやっていたというのは聞いていたけれど、それでも想像以上だった。
プレー中の滉斗は、いつもと全然違う顔をしていた。
真剣で、鋭くて、でもどこか楽しそうで。
(……めっちゃかっこいいじゃん)
しばらく目を離せなかった。
—
やがてボールがまわってきた滉斗が、ゴール前に走り込み——
「ナイスッ!」
放たれたシュートはきれいな弧を描いて、ネットを揺らした。
「うわああー!」
「決めたー!」
周囲から歓声が上がる中、仲間にハイタッチをされて笑う滉斗の姿は、いつもよりずっと眩しかった。
(……ほんとにすごい)
その一方で、ベンチ横にいた数人の女子生徒が、キャーキャーとはしゃいでいた。
「若井くんやっぱ上手すぎ……」
「絶対レギュラーだよね、もう」
「てか、顔も良いってずるくない……?」
(……やっぱ、モテるんだな)
急に現実に引き戻されたような気がして、元貴はその場を離れようとした。
(……帰ろ)
そう思って踵を返しかけたその時だった。
「元貴ー!!」
校庭から聞き慣れた声が飛んできた。
「試合終わったし、一緒に帰ろーぜー!」
元貴は振り返る。
滉斗が、汗まみれの顔でビブスを脱ぎながらこっちに向かって手を振っていた。
女子たちが一斉にこちらを見るけれど、滉斗はまるで気にしていない。
—
水飲み場の前で待っていると、滉斗がタオルを肩にかけてやってきた。
ごくごくと水を飲んで、ふーっと息を吐く。
「はぁ……今日の練習、試合形式だったから、疲れたー」
言いながら、額の汗をタオルでぬぐう。
その一連の仕草が、妙に自然で綺麗だった。
(……なんか、見ちゃうんだよな)
そう思いながら、つい目で追ってしまう自分がいた。
—
「……お待たせ」
「ううん」
そしてふたりは並んで歩き出した。
校門の前、いつもより少しゆっくりしたペースで。
「……元貴、サッカー見てた?」
「……うん。たまたま」
「まじか。なんか、恥ずかしいな。今日のプレー、ちょっと気合い入ってたかも」
「……かっこよかった」
「……えっ、なに?」
「なんでもない」
「いやいや、今のは聞き逃さないやつ」
元貴はわざと前を向いたまま無視する。
けれど、顔は少し赤くなっていた。
その背中に、滉斗は少しだけ優しく笑った。
—
胸の中に、少しだけ熱が残っていた。
さっきの滉斗のゴール、汗、笑顔。
そして、女子に囲まれていた時の、なんとも言えない気持ち。
(俺……どうしたんだろ)
何かが、ほんの少しずつ変わり始めている。
でも、それが何なのか、まだ言葉にはできなかった。
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