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#ワンナイトラブ
……なんだろうか、この気まずさは。
別に悪いことをした訳でもない。ただ常葉くんの家に戻らなかった訳だ。
もとよりそれが、本来の形なのに。
後ろめたいことだってない。それに、エレベーターという狭い空間で一緒になること、今まで何度もあった。
まさか朝イチ顔を合わせることになるとは。
火曜ぶりに見るグレーのスーツを身にまとった常葉くんへ、必死に能面被って「おはようございます」
って言ったのに、彼と来たらツンとして「はよーざいます」と一言言ったくらいでそれっきりこっちを見ようともしない。
職場じゃ天使みたいに笑うくせにさ。
私の真似して無になる事ないのにさ。
2人っきりじゃないのはとても安心はしたのだけど、ボタン前というポジションは他の女性社員にとられてしまった挙句に肩が触れ合うか触れ合わないか、そんな距離感。
…………き、気まずい…………
隣を見ることも、いや、身動ぎすら、何なら呼吸だって躊躇われる。
ピン、ポン、と、乾いた音と共にその箱は滑らかに動きを遅くする。
8階は私の到着地点。だけど生憎今日は人の変動はあまり無く、動くのに少し気を遣う。
だからいつもは扉付近を陣取るのに、常葉くんに気取られて最奥に詰められている。状況としては最悪だ。
しかも前に居るのは営業課長だし、隣の人と会話してるし、最悪が重なっている。今日の星座占いは最下位だったのかな。
ふぅ、と、聞こえないくらいのため息を落として、いざ人の間をくぐり抜けようと身体を縮こめていると、私より先に隣の人が動いた。
常葉くんがビジネスバッグで見知りの上司の背中を押し退けるので、課長ときたら「なんだよ常葉」と、あからさまに嫌な顔をしている。
「後ろ」とだけ常葉くんが言えば課長の瞳が私を捉えた。
「あぁ、穂波、悪い悪い」
「いいえ、どうも……」
2人の顔を見ることも出来ずに、「失礼します」と、そそくさと逃げるようにその場から離れた。
…………怒ってるんじゃ、無かったのかな。
振り返っても、そこには閉ざされた扉しかなかった。