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私は早速、第一王子の寝室に侵入することにした。
真正面から。
こういう要所を護る騎士達は、それなりに信頼を得ている人たちばかりで……つまりはそれなりのお年だったりもする。
だから、「誰かひとり、傷でも病気でも治してあげるから通してください」と言うと、皆快く通してくれた。大体の人は、自身の父母を癒してほしいと。
それと、私の信用度もそれなりに高いから、お話したいだけと言えば――侍女も連れてのことだから間違いも無かろうということで――ほぼフリーパス状態だった。
だから、きちんとノックをして、正々堂々と。
「何だ貴様……聖女とはいえ、誰が通して良いと。しかも帯剣を許しているとは……全員クビにしてやる」
部屋は暗かったけれど、うっすらと見える。
第一王子はベッドに入った所のようで、まだ、枕に頭を乗せてしまう前だった。
少しだけ開いた重いカーテンの隙間。月明かりが差しているのは、ちょうど枕のところだけなので顔がよく見えない。
「まぁまぁ、第一王子殿下。私が来た理由なんて、一つしか無いじゃないですかぁ」
少しだけ語尾を伸ばして、あざけるように言った。
「ちっ。しくじったくせに何の報告も無かったな。あいつら……」
「隠すつもりもないんですねぇ」
ゆっくりと近付きながら、私は腰の剣に手を掛けた。
「貴様、その時点で打ち首だぞ。俺の前で剣に手を掛けるなど、図に乗り過ぎたな」
「そんなことよりも。ねぇ殿下。私、何も悪いことしてないのに、酷いじゃないですかぁ」
彼は何も言わない。冷たく私を睨んでいるのだろうか。
「殺されるようなこと、してませんよね」
もう少し――ベッドの脇まで近付けば、暗さになれた目でも顔が見えそうだ。
「でもぉ、第一王子殿下。あなたは……私を謀にかけて命を狙ったんですから、しょうがないですよねぇ?」
その言葉で、ようやく第一王子は何か反応をしたらしかった。
毛布が少し動き――剣が突き抜けてきた。
でも、私の体には後数ミリ、というところで刺さらない。
隠し持っていた王子の剣は、竜王の加護を突き抜けることはなかった。
「この……化け物が」
「ひどい言い草ですね。聖女と呼んだり化け物と呼んだり。それよりも答えてください。なぜ私を狙ったのか」
「……俺にとって邪魔なものは排除する。それだけのこと。人であれ物であれ、な。俺が第一王子なのだ、次期国王は俺であるべきだろう! だというのに、継承権一位は弟になった。その上あいつは、聖女まで見つけてきやがった……邪魔でしかないだろうが」
人の命というものを、何とも思っていないような冷たい目。
月のやわらかな光を横から受けてなお、冷徹に他者を見下した昏い目をしている。
「そんな最低なやり方で、人の上に立とうだなんて」
「貴様ごとき下民に国政の何が分かる。綺麗事で他国と渡り合えるものか。それが分からん愚者どもに、国を任せるなど片腹痛い。俺が王になるべきなのだ。そのための障害は、全て排除する。貴様も、弟も、誰であろうとだ!」
「難しいことは、確かに私には分からないわ。でも……仲間であるはずの家族や国民を、邪魔だと言って殺して回るような人に、民がついてくるのかしら」
「何を甘いことを。民草などは支配してこそ糧となるのだ。逆らうものは殺す。殺されるのだという恐怖を根底に植え付けておかねば、何十万というゴミに等しい愚者どもと、心中することになるぞ? 下民ごときが次期国王に口をきくな。潔く貴様も死んでおけ」
彼はそう言って、私に向けたまま――竜王の加護に阻まれたままの剣を引き、そして。
おそらく、銃のようなものを撃った。毛布の下から。
音もなく、小さくも強い衝撃が、私の眉間を貫くところだった。
「なん……だと?」
その弾丸は、竜王の加護と、念のために張っておいた竜魔法の保護膜を、突き抜けることはなかった。
「あまりそういうことをすると、この街が、王都が滅ぶことになると思う」
「戯言を……」
王子はそう言いながら、まだ何かをするつもりのように感じた。
「話し合っても、聞く耳を持ってもらえそうにないわね。でも、私の言いたいことは聞いてもらうし、あなたがそういう意固地なことを続けると言うなら、私も同じことをさせてもらう。かまわないわよね?」
彼の流儀で話を通すなら、そういうことになる。
「はぁ? 貴様ごときと俺とは身分が違うのだ! 下賤な女風情が聖女だとかおだてられて、調子にのるなよ!」
「シェナ、この人抑えて」
暴れないように。
私の後ろに居たシェナは、あっという間に王子から武器を取り上げ、体の自由も奪った。
もちろん、口には布を当ててもらっている。
シェナは足も使って器用に、王子の両手を後ろに捻り上げた上で口も押さえてくれている。
私は自分の剣を抜いて、王子のおでこに切っ先を当てた。
この人と同じことをするのは嫌だったけど、何も抵抗しないのはもっと嫌だったから。
今だけだからと割り切って、深く考えないことにした。
「ほら、ここ。このおでこをこうしてぇ、刺されちゃったんですよ私。痛かったな~。勇者に弱いフリしろって入れ知恵したの、殿下なんですってね」
何か呻いているけど、大声を出せないように当てた布が効いている。
シェナもそれはよく理解していて、ぐっと力を込め直すことで、大きな声を出すな、という合図にした。
「あなたのせいで私、地面に倒されて。みぞおちも踏みつけられたんです。こんな女の子に酷いですよね?」
ちくちくと、剣先をおでこに数回刺した。といっても、本当に針先で刺したみたいにほんの僅かだけ。
本当に傷を負わせたいわけじゃないから。
ただ、私が味わった悔しさや恐怖を……そう、この人に仕返しがしたかった。
「第一王子殿下。あなたって、さっき仰ったみたいに悪い事してるんですよね? あの勇者たちも脅したりして」
はしたないとは思いつつ、私はベッドに上って、王子のすぐ前に立った。
ブーツが汚れていないか、確認しておくんだったと思って、だけど今は、仕返しだから構わないのよと自分を言い聞かせた。
「あとは、第二王子のこともほんとに邪魔に思ってるなんて、ちょっと引いちゃいました。色々としているみたいですねぇ?」
勇者に倒された時のように、私は王子のみぞおちに、つま先を当てて体重を少しかけた。
人の肉を踏んでいる感触が伝わって、少しの罪悪感が後ろ髪を引く。
今も不意打ちをされたのに、甘いのかな。
戦闘ではなくて、一方的に脅しに来たからそう感じているのかもしれない。
だけど、それと同時に……少しの快感。
それに似たものが、肌の表面を駆け抜けた気がした。
「あなたは……どうして人の足をひっぱることするんです? 実力がないから? 無能だからすぐに殺すとか言ってしまうんですか? それが精一杯なんですかぁ?」
いじわるを言った。
こんな風に、あえて人を貶すなんて、初めてのこと。
それは……少し嫌な気分だった。
でも、これはこの人が悪いことをしたから――私を殺そうとしたのだから。
私にも言う権利はある。
そういう正当性が、今の私にはあるんだと思うと気が楽になった。
そう思ったら……魔王さまと致している時のような快感が、なぜか心をくすぐった。
いじわるを言っても、今は許される時間なのだと。
少し痛めつけることも、治癒が使える私なら治せるから、それも問題ないことなのだと。
それは……私の中に、何かを目覚めさせたような気がした。
――イケナイことをしても、いいんだ。