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54 ◇完成披露試写会
そして映画化されたことを山下と一緒に喜びを分かち合った日から
まるまる2年めを迎えようとしていたある日のこと、山下から連絡が
入る。
『あっ、映画が完成したのだな』と百子はすぐにそう思った。
表向きはフィクションということにしてあるけれど、映画の内容は
ほぼ自分史なのだ。
そのせいもあって百子がずっと気になっていたのは何といっても
主人公の配役だった。
どうしたって自分を重ねてしまうから。
『石田さん? でよかったですか』
『はい、まだ石田ですよ』
山下さんは私がまだ離婚したのかしてないのか、開口一番訊いてきた。
『もしかして、映画完成しました?』
『ええ、試写会の案内がきましてね、僕と石田さん2名で頼んでおきました。
なんとその日は1が4並びの11月11日です。縁起がいいでしょ?』
『ほんとに、すごいですね。幸先良さそうで……』
『僕たちの席は貴賓席と呼ばれる2階の指定席なんですよ』
『へぇ~、そうなんですか』
山下の話を聞きながら百子は1階席より2階の席の方が良いという発想で
指定席が2階になっていることに、今一つピンとこなかった。
山下の話振りからすると良い席なのだということらしいが。
『映画のタイトルですがコミックの[悲しみの向こう側]とは違って
[別れの刹那に]―さよならと言おう―というのになったようです』
『そうなんですか。すごいタイトル付けてもらって、心臓が
ドキドキしてきました』
『それじゃあ、劇場でタイトルを目にしたら倒れるんじゃありませんか』
『ふふっ、そこまでいかないとしても固まるのは確実です』
『いゃあ~、実に楽しみですよ』
『山下さん、ありがとうございます。
小説を取り上げていただいて、映画にまでなって。
わたくし、一生の宝、想い出になりそうです』
『いゃぁ~、お礼を言うのは僕のほうです。
これで改めて自分の目に狂いがなかったということが証明されて
自分にも先見の明ってものがあると自信が待てましたから』
映画の試写会は19時からということで山下さんとは少し早めの
17時頃に待ち合わせをして食事をしてから試写会に臨もうということに
なった。
55 ◇試写会で再会
試写会は日曜なんだけど映画の公開日は来月の金曜日らしい。
今までは土曜が公開日というのが一般的らしかったけれど、今年から
金曜夜の余暇を充実させる「プレミアムフライデーへの協力施策」、
土曜日に働く社員を減らすことによる「働き方改革の一環」という側面から
金曜日に決まったのだとか。
映画なんて最近映画館で見ることないし、ましてや最新作の公開日を待って
見に行くというのもなく、今回のようなことがなければそのような映画業界の
決めごとなど知らずにいただろうなぁと思う。
私は山下さんとの電話の遣り取りの後、私にとっての重要なことを
思い出した。
あーっ、電話で聞けばよかった。
いや映画見れば自ずと分かることじゃない。
一週間すれば分かるんだから。
メールして山下さんに訊いてみようか、いや忙しい人なんだから止めておこう、とか
いろいろ葛藤した末なんとか私は山下さんにメールで訊くことを食い止められた。
私が知りたかったのは配役で、主に主役とその別れるだろう夫役の俳優だった。
つまりモデルの私と夫の配役である。
気になって気になって。
その意味でも試写会が待ち遠しかった。
しかして、完成披露試写会を迎え、監督、キャストなどが祭壇し
トークを行う舞台挨拶で壇上に現れた主演の夫婦役の女優と俳優を見て
感無量になった。
ふたりとも、とても素敵な俳優たちだったから。
自分史がこんな素敵な演技者たちに演じてもらえるなんて……
胸が詰まり本当に固まってしまった。
「石田さん、僕、石田さんの役をされてる石田さんと同じ苗字の女優さん大好きなんですよ」
「……」
「どうしたんですか、石田さん」
「私、今固まってます。
配役のお二人が余りにも素敵過ぎて。
山下さん、絶対この作品がノンフィクションだなんて口が裂けても
口外しないでくださいね。
世間に知れたら、恥ずかし過ぎてボトっと倒れてしまいます」
「了解です。絶対真実は伏せますから」
「先週電話くださった時には配役が誰なのか知ってたのでしょうか?」
「いえ、知りませんでした。案内くれた人に聞き忘れてました」
◇ ◇ ◇ ◇
百子は山下の返事を聞き、あの後メールを入れて訊かなくてよかったと
改めて思った。
あんなに馬鹿みたいに悩んで聞くのを断念したことが、何気に悔しかった。
試写が始まる前から嬉しくて興奮したり固まったり……そして悔しがったりと感情の忙しない百子なのだった。
56 ◇不思議な感覚
映画を観ていて百子は不思議な感覚に陥った。
観ているうちに、自分の辿った人生じゃなくて……その上自分の書いた小説でもなく……
誰かが書いた小説が映画化されているような気分になっていった。
後半の最後の方で夫から離婚された主人公は一旦捨てられた可哀そうな立ち位置になるが、
その後素敵な男性と再婚して幸せになり、めでたしめでたしで終わった。
百子が書いた小説では、働きに出た先で仕事を指導してくれる独身の先輩と少し距離が縮まり、
昼時には仕事の延長線上で食事に行ったりするような仲になる……というようなところまでで終
わらせていた。
後は読者にお任せして好きなように続きをお好みで作ってもらえればと
思ったからである。
試写会の間、夫の会社が斜陽の一途をたどるシーンと、主人公である自分が新しい恋人と
幸せになるシーンでは、お尻がこそばゆくなり、困った。
隣で観ている山下さんはどんな風に思っているのかと思うと尚更だった。
私以外に真実を知るたった一人の人だ。
実際の私は傍から見れば未練たらしく離婚を先延ばしにし、他の女性に
心奪われた夫にしがみ付いてるみっともない女に映ることだろう。
自分が描いたのではないにしろ、新しくできた恋人と幸せになる
結末なんて……むちゃくちゃ恥ずかし過ぎるー。
実際の私とはかけ離れているStoryにちょっとだけ漫画家の先生を
恨みたくなる。
筋違いも甚だしいが。
でもこれって王道のStory展開ってヤツだから仕方ないのだ。
幸せに逃げられた主人公が不幸せなままの話なんて誰も観たくないだろう。
リアルではごまんとある不幸話も小説や漫画、映画になるとそこは
お定まりの展開になる。
可哀そうな主役キャラは幸せにならないといけないのだ。
……でないと読者や視聴者はフラストレーションが
たまる一方だからだ。
ステキな女優さんに惹かれてスクリーンの中の彼女を熱心に追い続けて
いるうちに気が付くと映画は終わっていた……っていう感じ。
さっき席に着いたかと思ったら、という言葉がまさに言い得て妙だ。
集中していたせいか、ほんとにあっという間だった。
観た後で思ったのは、数年先まで待って書いてもよかったのかな、
という点であった。
それは数年後のリアルな自分の姿を見届け、それを書けたと思ったから。
例えば今隣にいる編集者の山下さんとか。
小説を書いた時には出会ってなかったものね。
アレ? でもそしたら、山下さんに作品を見つけてもらえなかった可能性も出て
くるから、やっぱり書いたのはあの時期でよかったということなのか。
ああだこうだと考えているうちに百子は脳がショートしそうになった。
コメント
1件
第19話、読み終えました! 試写会の場面、特に「自分の人生なのに他人事のように感じる」っていう百子さんの感覚、すごくよく伝わってきました。自分史が映像化されるって、感動も照れも一度に来るんでしょうね。主演の二人が素敵だったという描写に、こちらまでほっこりしました。 それにしても山下さん、いい人ですね…! 百子さんの気持ちをちゃんとくみ取ってくれていて、見ていて安心します。 あっという間に終わったと言う映画、その余韻を一緒に味わいたくなりました。続きが気になります!
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