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「こっちこっち。こっちよ」


まるで風の言葉を聞く時のようにソヴォラの声だけが二人を導く。その方向にはソヴォラの家がある。かなり距離を開けたが加護官たちを完全に撒けている訳でもないのに、この方向へ逃げても良いのだろうか。


ベルニージュの心配とは裏腹にソヴォラの声は構わず二人の少女を森の奥へと導き続ける。力なく地面を覆う下草を踏み分けながら時折振り返り、追ってくる影との距離を測る。


もうすぐ家が見えてくる段になってベルニージュは足を止め、グリュエーに先を行かせ、多少危険な脅しを追っ手にけしかけることにした。ベルニージュの巧みな魔術でなければ森を炎上させかねない多量の炎の燕がしなやかな翼で触れた空気を歪ませ、加護官たちの元へ矢のように飛んでいく。

さしもの加護官たちも足を止めて高熱を発する燕に対処する。しかし剣を振るって斬り落とせば目を瞑らざるをえない高熱が辺りに発散し、魔術で消火すれば濃い白煙が辺りを覆い尽くした。二人を追うどの眼もその姿を見失う。ベルニージュはその隙に再びグリュエーの背中を追う。


とうとう木々が開け、ソヴォラの家と庭が見えたが、グリュエーは通り過ぎてさらに南へと走っていった。確かにソヴォラの声がそちらの方へと呼び寄せている。ベルニージュもその声に従う。何となく老魔法使いの狙いが見えてくる。


「こっちだよ」とグリュエーの声が聞こえる。


樫の巨大な老木の陰から僅かに顔を出している。ベルニージュもまた木の陰に飛び込むと、待ち構えていたソヴォラに二人は手を掴まれて思い切り引っ張り込まれる。次の瞬間、辺りが真っ暗になった。


「どこに引っ張り込んだの?」とベルニージュが暗闇に尋ねる。

「木の中よ」とソヴォラが答える。「入り方にこつがあるの。そうそう見つかることはないわ」


相手はいざとなれば森ごと焼き払いかねない連中だが、その時はその時だ。今は他にどうすることもできないので黙っておくことにした。

ベルニージュが指先に渦を描く火を灯し、明かりを方々に投げかけるとソヴォラもグリュエーもすぐそばにいた。木の中は刳り貫かれていて、地下へと螺旋階段が伸びている。


「まあ、綺麗な火ね。助かるわ」


ソヴォラの先導に従って階段を地下へと降りていく。


「ここ、あの家と繋がってないですよね?」ベルニージュが心配そうに老婆の背中に尋ねる。

「もちろん。今頃あの家は家探しされているだろうけれど、ここにはたどり着けないわ」


隠れ家もまた素朴で温かみのある造りだった。馨しい木の香りに湿った土の香りが混じっていて、少し埃っぽい。使うのは久々らしい。こちらには仰々しい剣など置いていない。動物を象った木彫りの人形がいくつか転がっており、色彩豊かな綴れ織りタペストリーが計九枚飾られている。一目見て、それがクヴラフワの神々、神話の一場面らしいと分かる。八柱の虫と、一柱の毛むくじゃらの獣が活き活きと描かれている。


「隠れ家ってことは、村の人に襲われる心配があったの?」とグリュエーが恐る恐る尋ねる。

「まさか。そこまで暴力的なことを心配したことはないわ。ただ、昔は一人きりになりたい時もあったの。それに、魔法使いというのは何であれ隠したがるものなのよ」ソヴォラの言葉にベルニージュは密かに頷く。「それよりまた何か食べる? 食料は運び込んであるからね」


「ここで炊事ができるんですか?」とベルニージュは好奇心を隠さずにじろじろと隠れ家を眺めつつ尋ねる。

「もちろん。煙や空気に手綱をつけるのが得意なのよ。換気も煙でばれる心配もしなくて大丈夫よ」

「でもグリュエーたちお腹空いてないかも。村で沢山御馳走になったから」

「そう? それなら良いんだけれど」


二人はようやく腰を落ち着ける。椅子の座面にも動物を象った簡素な彫り物があった。兎に馬、狼。

ソヴォラは暖炉に火を入れ、落ち着くというおまじないを込めた甘い飲み物を用意してくれた。香草の爽やかな薫りに香辛料の刺激、柑橘類の酸味も感じる。素朴で、落ち着きをもたらす味わいだ。


その間、ソヴォラは部屋のあちこちやベルニージュたちにさりげなく視線を投げかける。散らかりようを気にしているのか、落ち着きのない様子で、磨り減って丸みを帯びた木彫りの人形を片付けている。

喉を潤し、心も体も温めると、まずベルニージュが口火を切る。


「村であったことをお話ししますよ。気になりますよね?」

「そうね。もちろん。拒まれているのはあたしで、あなたたちは無事に戻ってくるだろうと思っていたけれど、追って来たあの人たちは何?」


ベルニージュは村でのこと、救済機構のこと、シシュミス教団の巫女のこと、逃げるに至った凶事を噛み砕いて説明する。そしてソヴォラが魔女として恐れられているということ。

衝撃も悲嘆も隠し切れないようでソヴォラの表情にありありと現れていた。


「亡き父母に誓って、魔女と謗られるようなことを村人たちにおこなったことはないわ。一切無謬の善人だとは言わないけれど、拒まれるようなことは、何も」

「でも何か隠し事はありますよね?」とベルニージュは遠慮なく確かめる。「もちろん余所者のワタシたちに洗いざらい話すべきだというつもりはありません。でも村に受け入れられたいという願いをワタシたちと共有するなら関わりのありそうなことは話すべきです。少なくともグリュエーは貴女のことを助けたいと思ってますし」

「口ではこう言っているけどベルニージュもソヴォラさんのことを助けたいと思ってるよ」とグリュエーは無邪気に告げ口する。


果たしてそうだろうか。グリュエーが言うならそうなのかもしれない。


「……そうね。ごめんなさい」ソヴォラは躊躇いがちに話す。「隠していたことがあるわ。あたし自身にも未だに何が起こったのか分からないのだけれど、話しておきましょう」


そうしてソヴォラは訥々と過去を話し始めた。


「あたしはジョザ村の、代々長を務める家系に生まれたの。何不自由なくという訳でもないけれど、比較的恵まれた暮らしをしていたわ。それに魔法使いの家系でもあったから、村民の暮らしが上向くように魔法の研鑽もしていた」


ソヴォラは眩いばかりに輝きを放つ遠い過去を見つめている。


「だけど、だからこそなんだけれど、ある屍使いの男に見初められたの。当時はシュカー領が強い影響力を持っていたし、屍使いというだけで一目置かれていたのよ。親の決めた結婚は別に構わなかった。ずっと覚悟していたし、良い人もいなかったし。だけど村を離れるのは嫌だったわ。故郷に勝る安息の地なんてあるわけがないもの。嫁ぎ先が第二の故郷になるだとか、上手く言い包められたけれど。あたしの魂がジョザ村を離れることはなかった」


ベルニージュはソヴォラの言葉に強い確信を感じた。


「だけどあたしは石女うまずめだった。正直、親や夫に対していい気味だと思ったわ。きっと故郷に魂を置いてきたからこんなことになったのだってね。それに、これでお役御免、故郷に帰れるのだと嬉しく思ったのだけれど、そう上手くはいかなかったわ。なんせ死体まで酷使する連中だもの。使い道のない人間なんていないのよ、彼らにとっては。あたしは蜘蛛の巣みたいなムローの街に囚われて、ただただ帰郷を願っていたわ。そしてそれは真夏の霰のように予期せぬ形で叶えられた」


「クヴラフワ衝突?」とグリュエーが口を挟む。

「……そうね。そう、クヴラフワ衝突と今では呼ばれているのよね。あの戦争でシュカー領は壊滅、婚家の男も女も屍使いたちはみんな出兵して、嫁いできた女たちのような屍使いの魔術を修めきっていない者たちは戦う死体作りに勤しんでいて、あたしが逃げるにはうってつけの状況になったの。そうしてようやくジョザ村に帰って来たのだけれど、いいえ、こうしてあたしは結局帰れはしなかったの。何が何だか分からないまま拒まれ続けているわ」


新たな疑問が生まれるばかりだ。話す前に前置きしていた、ソヴォラ自身にも未だに何が起こったのか分からない出来事はどうしたというのか。ベルニージュが尋ねかねていると、グリュエーがたまらず問う。


「実家の人たちはどうなったの?」


衝突で亡くなったか、逃げたか。今も息災なら彼ら自身がソヴォラの帰郷を拒むように命じていることになる。今の村長に会っておけばよかったと悔やむ。


「分からない。ずっと取り次いでくれない。いえ、今も無事なのか、村にいるのかすら教えてくれないの。そもそもあたしの話を信じていない風だわね」


ベルニージュは真実を見抜こうと眼光鋭くソヴォラを見つめる。


「この四十年間、村に忍び込もうともしなかったんですか?」

「もちろんしたわよ! でも絶対に見つかるの。あの自警団とかいう若い人たちに。たぶんあたし以上の魔法使いがいるんでしょうけど、どうにもならなかったわ」


そんな魔法使いがいたならソヴォラの薬草やおまじないと物々交換したりしないだろう。ベルニージュは訝しむ。つまり村の人間も知らず知らずに魔法を使っている可能性が高い。それがこの土地の呪いなのかもしれない。


「何とか信じてもらう方法はないかな?」とグリュエーが乞うようにベルニージュを見つめる。


その円らな瞳を見ているとベルニージュは妙に庇護欲を掻き立てられる。放っておけなくなるのはユカリもだが、グリュエーも似た性質を持っているらしい。


「元々この村に住んでいたという証拠はありませんか?」とベルニージュはソヴォラに尋ねる。「彼らは感情的になってはいますが、全く聞く耳を持たないという風ではなかったですよ」

「そういえばあの剣は? 地上の方の家にあったやつ」とグリュエーが思い出す。「似た剣を持ってる銅像が広場にあったけど」


「あれは祖先の剣よ。ジョザ村の開拓者の一人なの。遥か昔、キールズの土地を悪鬼が跋扈していた時代に開拓団の露払いとして討伐に送り込まれた戦士団の一人だったそうよ。戦士たちは鬼を追い払った土地に戦士を一人残しては先へ進みを繰り返して、開墾して、旧キールズ王国建立に至ったの。悪鬼みたいに厳めしい顔だったでしょ? 敬意を抱いてはいるけれど、幼い頃から恐ろしく感じていたわ」


実際は合掌茸に覆われていて表情など分からなかった。


「ともかく次は村長を当たるしかないね」とベルニージュはグリュエーに確認するように口にする。

「でも村に入れるのかな」

「まあ、何とかなるよ。ワタシに何とかできないなら誰にも何とかできないってことだしね」

「すごい自信ね」とソヴォラが微笑んで言う。

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