テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……お前はっ! 鬼塚理人!」
「あ?」
野太い声に振り返ると、そこには明るめの髪を後ろに撫でつけた男が立っていた。 年齢は自分と同じか、二、三歳下だろうか。長身で、造作も悪くはない。だが、漂ってくる暑苦しさが正直言って理人の範疇(カテゴリー)外だった。
「ふっふっふ。高校以来だな、鬼塚理人! ここで会ったのも何かの……」
「えっ? 誰?」
「さあ? こんな奴は知らんな」
理人は記憶の引き出しを片っ端から開けてみたが、どこにも該当するデータがない。こんな鬱陶しい男、一度見れば忘れられなさそうだが、欠片も心当たりがなかった。
「って!! 話を聞けっ!!」
「悪いが、人違いだ」
「……っ、いやそんなはずはない! その童顔に対しての目付きの悪さ! 間違いなく貴様は……」
「チッ、ごちゃごちゃうるせぇな。誰だよてめぇ……」
「……っ、この俺を覚えてないだと……?」
男が絶望したような顔をするが、本当に知らない。ぎろりと睨みつけると、男は少し怯んだように一歩後ずさった。 だが、すぐに立ち直ると髪を掻き上げ、無駄に眩しいオーラを振りまきながら格好をつけてみせる。
「……フっ、忘れたのなら仕方がない。高校を卒業してもう十五年以上経つんだからな! 仕方ないから思い出させてやろう。俺の名は間宮大吾だ! どうだ、思い出したか!?」
「……いや、知らん」
「なっ……!! き、貴様っ!!」
即答すると、間宮は顔を真っ赤にして憤慨した。理人は面倒臭そうに深いため息を吐く。
「まさか、本当に覚えてないとはな……。俺は、今まで片時もお前を忘れたことなんてなかったのにっ!」
「……なんだコイツ。きめぇ……」
「シッ。とりあえず聞いてやれば?」
ここが披露宴会場でなかったら今すぐに張り倒しているところだが、透に制止され、渋々腕を組み直した。間宮は完全に自分の世界に酔いしれ、両手を広げて演説でもするかのように語り始める。
「……あれは、高校の卒業式の日だった。通い慣れた屋上で、俺はお前に一世一代の告白をしたんだ」
「……あー……」
言われてみれば、そんな奴もいた気がする。理人の脳裏に、ぼんやりと屋上の景色が浮かんできた。
「なのに、お前は……『一昨日きやがれ、クソ野郎』と言って、嫌味なくらいの笑顔で俺を振りやがった……」
「そりゃ、そうだろうな」
だって、気持ち悪かったし。いや、今でも充分すぎるくらい気持ちが悪い。
「あの日から俺はお前を見返すために、肉体改造を行い、ゲイ専用アプリで経験を積んで男を磨いたんだ!」
「……磨くとこ、そこじゃねぇだろ」
「いいんじゃないか? なんか面白いし」
クスクス笑う透に、理人はムッとした表情を向ける。面白さなど一ミリも求めていない。
「三十を過ぎてオッサンになったお前を、馬鹿にして嘲笑ってやるつもりだったのに……っ! なのに、なんでお前は……そんな若いままなんだ!? しかも、妙な色気が増してやがるしっ!」
「知るか! ……馬鹿らしい」
感極まったように拳を握りしめる男に、理人は眉間のシワを深くした。
「それに、なんだその隣にいる熊みたいな男は!」
「えぇ、クマって俺? 酷くない? 初めて言われたんだが」
「透は、図体だけはデカいからな……」
思わず呟いた言葉に、透は「ちょっと傷つくな」と苦笑する。
「そんな男のどこがいいんだっ! アレか!? ナニがデカいのかっ!?」
「はぁ……。コイツの頭の中、どうなってるんだ」
「さあ……。どうやら彼の中では、俺たちが付き合ってることになってるみたいだけど」
「きめぇ……っ」
理人はゾワリと背筋を震わせると、不快感を露わにした。
「おい。あんまりきしょいこと言ってんじゃねぇぞ、コラ。……てめぇのその低俗な脳みそ、勝ち割ってやろうか? クソ野郎」
こんな茶番に付き合わされるのは御免だ、と声に怒気が混じる。氷のように冷たく、刃物のように鋭い視線で睨みつけると、間宮は「ひぃっ」と情けない声を上げた。
「ひっ!! お、おのれっ!! この場では許してやるが、覚えていろよっ!! 必ず、この借りは返してやるからなっ!!!」
安っぽい捨て台詞を吐きながら、脱兎のごとく逃げ出した間宮の背中を睨みつけ、理人は小さく舌打ちをした。
「全く、何なんだアイツは……」
「いやぁ、モテる男は大変だな」
「……うぜぇ」
透のからかい混じりの言葉に、理人は不機嫌そうに表情を歪めた。いい年齢をしてTPOも考えられないような男は、虫唾が走るほど大嫌いだ。
苛立ちを鎮めるように深く息を吐き出したその時、スラックスのポケットでスマホが震えた。一度は無視したが、執拗に二度、三度と震える。理人は透に断りを入れてから、通話ボタンを押した。
表示されていた名前は、瀬名。
式が無事に終わったこと、もうすぐ披露宴が始まることを手短に告げると、電話の向こうの瀬名は「終わった頃に合流したい」と申し出てきた。理人は一瞬躊躇(ためら)いながらも、「終わったら連絡を入れる」とだけ約束して電話を切った。
「今の電話、この間の番犬君かな? 随分と仲がいいんだな」
透に冷やかされ、理人は思わず顔をしかめる。
「ハハッ、そう怖い顔するなよ。あぁ、ほら……入場の時間だ。席に着かなきゃ」
「あぁ」
促されるまま、華やかに装飾された会場へと足を踏み入れた。 自分の席へと腰を下ろし、周囲を見渡すと、先ほど意味の分からない因縁をつけてきた間宮という男は、新婦側のテーブルに座っているのが見えた。 あの男が新婦とどういう関係なのかは知らないが、もし親族だとしたら、新婦の苦労が思いやられる。
(……まあ、俺には関係のないことだ)
思考を切り替える。 これから始まる豪華な食事も、部下の晴れ姿も、今の理人にとっては背景に過ぎなかった。 頭の大部分を占めているのは、この後に合流する予定の、あの生意気な部下のこと。
新郎新婦の入場を祝う拍手の渦に包まれながら、理人の視線は、まだ見ぬ数時間後の「待ち合わせ」の景色へと向かっていた。