互いの唾液が絡まり音をたてた。
耳朶を喰んでいた舌が頬を伝い、唇を弄る。
「んん……っ」
たまらず漏れた吐息をも呑み込むように覆って、舌先は上唇と下唇の間に。
侵入する隙間を探すかのように何度も往復する。
「ふぁっ……も、いいって……幾ヶ瀬(イクセ)」
今しも圧しかかろうとする勢いで唇を求めてくる男から顔を背ける。
肩をポンポン叩いて宥めるのは、座卓の前に胡坐をかいて座る青年であった。
薄茶の髪と、白い肌。
整ったと形容するしかない容貌の、しかし呼吸は荒く、まだ濡れている耳たぶは真っ赤に染められている。
彼の潤んだ双眸に見つめられ、幾ヶ瀬と呼ばれた男は更に顔を近付けた。
「有夏(アリカ)、もう少し……」
「ヤだって。何だよ、イタダキマスのチューって。毎回キモイ」
有夏と呼ばれたこの青年、人形のような外観に似つかわしくなく口は汚いようだ。
「幾ヶ瀬、キモイ……てか、気持ち悪い」
頭を叩かれ、とどめとばかりに「気持ち悪い」とまで言われて、幾ヶ瀬もしゅんとしてしまう。
その場に正座をしてうなだれてしまった。
2人がいるのは1DKの小さなアパートの一室。
8畳ほどの部屋にシングルサイズのベッドや物入れ、座卓やテレビなど、最低限の家具が置かれている。
典型的な一人暮らしの住居だ。
背丈の低いテーブルの真ん中には、ホカホカと湯気をたてる鍋が鎮座していた。
赤いスープの中に潰されたトマト、タマネギなどの野菜ときのこ類、豚肉が煮込まれている。
「大概暑っついわ。この時期、ナベとか」
「でも有夏、鍋好きでしょ。毎日鍋でもいいって言ってたじゃん」
「それは……」
それは冬の話、と言いかけるのを遮るように。
あとでご飯とチーズを入れてリゾットにしようねと、幾ヶ瀬はいそいそと具材をよそった。
有夏より頭ひとつ分抜きんでた長身に、何故だか紺色のエプロンがよく似合う。
度の強そうな眼鏡が鍋の湯気に曇っていた。
年齢は二十歳を超えたあたりであろうか。
少々老けて見える感は否めない。
有夏の襟足がだらしなく首筋に伸びているのと対照的に、こちらはきれいに切り揃えられている。
まめに散髪をしている様子だ。
「はい、トマト鍋。どうぞ召し上がれ」
語尾が跳ねあがっている。
何だか浮かれている様子。
有夏は苦笑いを浮かべて器を受け取る。
こじゃれたもの作って、との呟きに幾ヶ瀬は真顔に戻った。
「だって今はイタリアンのシェフだし、一応。雇われ店員だけど。新人だけど」
「その新人がランチあがりに、いちいち家に帰ってくんのやめろよ。ディナーの仕込みとかあるって言ってたじゃん」
大丈夫、大丈夫と幾ヶ瀬は事もなげに返す。
「雌豚共(メスブタども)……あ、お客様がランチ平らげて……召し上がってる間に速攻で終わらせたからね。せっかく家の近くで働いてるんだ。有夏と一緒にお昼食べたいもん」
笑顔がどう見てもニコリではなくて「ニヤリ」なのが、幾ヶ瀬という男の性質を表しているようだ。
「……メスブタって言った?」
唖然としてこちらを見やる有夏に、やはりニヤッと笑いかける。
「思い切って転職して良かった! 社畜の頃は暗黒だった。あの頃は忙しくて、有夏にもあんまり構ってあげられなくて寂しい思いをさせてたし……」
「や、有夏、全然?」
「こんなに近いんだから有夏もうちの店に食べにおいでよ。いや、駄目だな。前1回来てくれた時、有夏のあまりの可愛さと格好良さに常連やバイトの雌共がざわついてた……。身の程もわきまえず、俺にお友だちを紹介してくださいなんてきたもんだ。あんな雌豚共の視線に晒されてみろ。可愛い有夏が汚される」
ズズ……。
有夏が無言でスープを飲む。
どうやらスイッチの入ってしまったらしい幾ヶ瀬に、迂闊に話しかけるのは徒労且つ不毛であると知っているのだろう。
「おいしい? 有夏」
「う、うん……」
「有夏が美味しそうに食べてくれるのが一番幸せだよ。あ、そうだ、有夏」
幾ヶ瀬が笑みを浮かべる。
今度はどう見ても「ニタッ」だ。
「朝ご飯はちゃんと食べた? 俺が出勤する時、有夏寝てたからおにぎり作っといたの。具だくさんのやつ」
「あーうん、食べた食べ……んっ」
仮にも食事中だというのに。
唇にむにゅりと柔らかな感触。
口中に残ったスープと唾液を、侵入してきた舌がかき回す。
2人の口の中が同じ味になったところで、ようやく唇は離れた。
「朝ご飯のお礼のキス」
「……何、その習慣」
呼吸を整えながら有夏、顔をしかめる。
「覚えてないの? 高校の時からの約束じゃない。有夏が購買のパンや学食ばっかりだから、俺がお弁当作ってあげて。お礼としてお弁当1回につきちょっとだけキスさせてって……」
「うっざ。お礼って……キモ。それって……あっ」
有夏の手が幾ヶ瀬の腕をつかむ。
細い指先が袖をギュッと握りしめた。
唾液を交換し合う音だけが室内をいやらしく満たす。
「ちょ、も……いいって。何回すんだよ。いいかげん、鍋……」
身体を引こうとする有夏の腕と肩を、両腕を使って拘束して唇をついばみ、舌先で遊ぶように下唇を舐めて吸い付き、舌を挿れる。
同じ行為を繰り返すたびに有夏の抵抗は弱くなっていった。
「今日の晩御飯の分も……先に。それからおやつの分も……」
「おやつぅ?」
上体に体重をかけると、彼の身体は呆気ないくらい簡単に床に倒れた。
「なんっ……回すんだよ。1日何食だよ! ちょっ、幾ヶ瀬……」
しつこいと頭を叩かれても、幾ヶ瀬の動きは止まらない。
肩をつかんでいた手がズルズルと胸元へ移動して、Tシャツの布越しに胸の突起を探り当てた。
「有夏……」
指先でつつき、それから指の腹で右へ左へ弄う。
親指と人差し指で挟むとクニクニと動かす。
「んあっ、あっ……幾ヶ瀬」
仕上げとばかりキュッとつねると、有夏の口から嬌声に近い悲鳴があがった。
「直に触ってほしい? 有夏……」
耳元で囁かれ、有夏の全身がビクリと震える。
「腹、減って、ん……だけどっ!」
「んー? すぐ終わるって」
「んだよ、それっ……!」
布越しに乳首をいじっていた指が有夏の腹へ這い進む。
Tシャツの裾に手を差し込むと、有夏の唇から観念したような吐息が漏れた。
シャツ越しにも分かるくらいプックリ大きく膨れた乳首に指が直接触れると、有夏の全身に込められていた力が抜けていく。
「有夏は乳首、弱いね」
「違うよッ! そ、いうこと言うなっ……!」
「違くないでしょ。コレ、舐めてほしい?」
焦らすようにシャツをめくり、幾ヶ瀬はつまんでいた指を放した。
薄桃色のソレに、今度は至近距離で息を吹きかける。
「いっ、く……せっ」
「なに? 有夏、もうイクの?」
涙目で愛撫に耐えているというのに、幾ヶ瀬のからかうような言葉。
悪態らしき言葉をボソッと呟いて、有夏はプイとそっぽを向いた。
唇を噛み締める様が可愛くて、幾ヶ瀬は有夏の乳首に唇を寄せる。
舌を使って乳輪をなぞり、同時に有夏の短パンに手をかけた。
「有夏、もう大きくなってるよ? ズボンの上からも分かる……」
部屋着として楽な格好を好む有夏の短パンには、当然ながらベルトなんて付いていない。緩めのゴムは幾ヶ瀬にとっても実に脱がせやすいわけで。
彼が何か言うより先に、一瞬の動作で下着ごと短パンをずり下ろすと、既に半勃ちのそれが露わになる。
有夏のソレを凝視しながらも、まだ触れることはせず。
幾ヶ瀬は一旦覆いかぶさっていた身体を起こした。
「俺も脱ぐね」
相手のTシャツを胸までまくりあげ、下半身を丸出しにさせたものだからと、幾ヶ瀬も自身のシャツのボタンを外しかける。
その手を有夏がつかんだ。