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「どうしたんだ、リナ? そんなに思いつめたような顔をして……もしかして緊張しているのかな」
「えっ……わっわっわっ!!? うわーー!!」
目と鼻の先の距離に極上の美形。私は動揺のあまり奇声を発しながらその場から飛び退いた。美形の正体ことバージル様は、私の声と動きに面食らったようで瞳を大きく見開いていた。驚かせてしまい申し訳ないという感情と、また新たに彼の珍しい表情を見ることができたという感動が、私の中に同時に訪れていた。
「す、すみません。ちょっと考えごとをしていたもので……」
「いや、こちらこそ……」
お互いに謝り合うというなんともいえない気まずい空気……
今日はバージル様と共に学園で張り込み捜査を行う大切な日。そんな時に余所事に気を取られ、注意力が散漫になっていた自分が全面的に悪い。本来なら彼が謝る必要はこれっぽっちもない。それなのにバージル様は、私を気遣い優しい言葉をかけてくれた。
「決行は21時。まだ時間に余裕がある。気掛かりなことがあるのなら、今のうちに報告しておいて欲しい」
本番で集中できないと困るからと……全くもってその通りだ。しかし、現在私の頭を悩ませている事柄は捜査とは無関係である。私事でしかない話を今この場で持ち出すのは些か抵抗があった。
「えーっと……」
バージル様は私が話をするのを待っているのか、黙ってこちらを見つめていた。重要な捜査の前に同行者である自分がこのように落ち着きがなくては彼も不安になるだろう。
事件とは関係ないけど、バージル様には一昨日のアニータとの出来事を話しておくことにした。これ以上彼を巻き込みたくはないけど、ここまでたくさん気にかけて頂いて助言までして貰った。バージル様には経過を知る権利がある。
「捜査とは関係のないことで申し訳ないのですが、私の婚約についてアニータ・ルザネと少々言い争いになりまして……」
「……詳しく説明しろ」
穏やかだったバージル様の顔が一気に険しくなった。相変わらずこの方はマルクとアニータに対しての嫌悪感を隠そうともしない。アニータが密かにバージル様を狙っていたのだと教えてあげたらどんな反応をするだろうか。また新たな彼の一面が見られそうで興味をそそられたが、これについては後回しでいいだろう。まずはアニータがなぜ私とマルクの交流を妨害していたのか……そして、彼女がマルクに対して抱いている歪んだ感情。それらを説明しなければならない。
「そんなことがあったのか……。君とマルク・レシューの婚約が解消され、大人しくしているとは思っていなかったが……」
私の説明を一通り聞いたバージル様は大きな溜息を吐いた。意外なことに彼はアニータの豹変ぶりに関してはそこまで驚いた風でもなく、私が彼女に乱暴なことをされていないかどうかだけを気遣ってくれた。
「リナは大丈夫だったのか。怪我などはしていないね?」
「はい。ちょっと肩を掴まれただけです」
あの時のアニータが錯乱した姿はとても恐ろしかった。思い出すと体が震えてしまう。怪我はなかったけれど……肩を強く掴まれた感触が今でも鮮明に残っていた。
「リナ、すまない」
「どうしてバージル様が謝るのですか」
「私が事前に注意を促しておけば君に怖い思いをさせずにすんだかもしれない。せめてアニータ・ルザネとふたりきりにならないよう言ってさえいれば……」
そういえば……彼が意図的に私に伝えていなかった情報があったはず。理由は捜査に支障をきたすかもしれないからと……確かそれはマルクとアニータに関わることだったよな。もしかしてそれがアニータの内に秘められた本性の話だったのか。
「私の落ち度だ。本当に申し訳ない」
少なくともバージル様はアニータの危険性には気付いていた。そこは間違いないみたい。彼は私に情報を開示しなかったことを後悔しているけど……もし、仮に知らされていたとしても、私はそれをすぐに信じることが出来ただろうか。
私はアニータに対してマルクや他の生徒たちが抱いている聖女のようなイメージは持っていなかった。それでもあの時の彼女の変貌ぶりに驚いてショックを受けたのだ。彼女を好意的に見ていなかった自分ですら、衝撃と恐怖を数日ひきずっている。
アニータとふたりきりにならないよう注意をされたところで、従っていたかどうか怪しい。いくらバージル様の言うことでも半信半疑で本気にしなかっただろう。実際にこの目で見て、体験したからこそ事実として受け入れられているのだ。
「バージル様のせいではありません。私が油断していたからです。婚約が解消になって浮かれていました」
「……もう少しなんだ。後少しで全てが解決する。だから……」
『待っていて欲しい』と……バージル様は眉間に拳を当て、搾り出すような声で呟いた。
どうしても捜査が終わるまでは話すことが出来ないらしい。気にならないといえば嘘になるけど、一昨日のアニータとの出来事をバージル様に打ち明けたことで、私の気分はずいぶんと楽になっていた。
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