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――俺は今日、彼女に殺される。
2ヶ月前に人生で初めてできた彼女だ。浮かれて毎日イチャついてた。休みの前の日は朝までじゃれあってたし、ずっと引っ付いてた。でもある日、お前の手帳を見てしまった。
「…1番伝わる愛の方法…?」
正直頭がおかしいのかと思った。俺を殺して自分も死ぬ、所謂無理心中ってやつのやり方が事細かに書かれてた。こんな馬鹿女の戯言なんか付き合ってやれるか、と言えればよかったんだが、俺も本気で好きになった相手だし、この気持ちを伝えきれてるか心配だった。でもこれで殺される事を受け入れる、この行為自体が最大の愛の返礼だと腑に落ちてしまったので、もう俺も腹を括って死ぬ準備をし始めた。別に元から死にたかったわけじゃないが、生への執着もないし、それ以上に大切なやつが出来たもんだから、その子のために死ねるならいいか、という具合だ。手帳にあった日付は今日だった。なら今日は俺の命日だろう。できるだけ自然にあいつの愛を受け止めてやる。
「ただいまー。」
『おっかえりーっ!』
相変わらず明るく元気な声だ。ここが一軒家ならもっとでかいだろう。でもこの声を聞けるのも最後かと思うと、少し切なく感じる。
『手を洗ったらご飯食べよ!』
…あ、ここで俺が普通にしないと怪しんじまう。普段と違うことは突っ込んどかねえと怪しむか…?
「おう、今日は支度はえーな…?」
地雷でないことを祈る。
『え、まぁね!たまにはすぐ食べて欲しくて、さ。』
あっぶね。これ以上は触れない方が良さそうだ。
「ふぅん…。お前もそういう日があんだなー。」
「もちろん毎日愛情込めてるんだけどさぁ〜今日はちょっと気合い入れちゃったぁ!」
…だろうなぁ。毒入りか?それともこの後になにかするのか?何にせよ、俺への気持ちが出てるのは嬉しくてたまらない。
『…なんかの記念日か?待てよ、思い出す。』
「違うよ!今から記念日になるんだって!」
『へーぇ?じゃあ期待しとこうかな。』
どうやって俺を殺すのか。そしてお前はどんな顔をするのか。…確かに今日の飯はとても美味かった。本当に気合い入れて作ってくれたんだろう。しかも俺の好きな具材ばかりだ。そこにあいつの好きな物は無かった。そういう事なのか…?鼻歌交じりに皿を洗う彼女を見て、つい見とれてしまう。今のうちにこいつを目に焼き付けとかねぇとな。
「お風呂先入ってもいー?」
『良いも何もいつもお前からだろー。』
「だよねー!えへへぇ。」
よし。ここからあいつは最低でも50分、風呂から出ることは無い。と、なると俺のやることは2つ。まずは俺の遺書をまとめること。どんな死因になったとしても俺が頼んだことにする。既に法律なんてもんに縛られてねぇあいつだが、いつか絶対自責の念に襲われちまう時が来る。そのための予防策だ。今日までに書きためた手紙は引き出しいっぱいに詰めこんで、そこの鍵は後で俺が入る時に風呂場に隠す。どうせ1時間も入ってんだから気づくだろうとは思うし、気づかなくても無理やり開けるのがあいつの性格だ。鍵もかけ終わって最初の一通だけ机の上に置く。これで完璧だろう。あとは…ちゃんと俺の口からあいつに愛してるって伝えねぇとな。こればっかしは俺から言わねぇとっつーか、口の聞けるうちに言わねぇとな。タイミングはきっとある、あとはそれを伺うだけだ。でも愛してるってちょっとクサイか…?何が1番…
『上がったよー!』
心臓が跳ね上がる感覚ってこれか。死ぬ前に新しいことを経験できてよかった。今まで愛だと押し殺していた恐怖心が混み上がってきた。手足が震える。さっき手紙書ききっておいてよかった。とりあえず風呂で落ち着こう。湯船にも浸かっておくか。そういえば湯船に浸かる、なんてのもあいつと住み始めてからだったなぁ。シャワーで良かったのにあいつはいつも新しい入浴剤やらバスソルトやらを買ってくる。一緒に入った時は気づけば2~3時間たってた、なんてこともあったか。まぁ俺もそれぐらいあいつの事が好きなんだけど、伝えきれてなかったってことなんだろうな…。そういう訳で、今日は俺から甘えてもいいだろう。
『うわぁ!』
膝に突っ込んで強制的に膝枕させてやった。今の俺のせいか、のぼせたのか分からないが、顔を真っ赤にしてあいつはそっぽを向いてしまった。
『私髪乾かすね…』
「俺、やろうか?」
『いいの?!』
俺は頷いて、あいつの髪を乾かしてやった。長風呂のせいか、とても艶やかな黒髪が指の間をすり抜けていく感覚はとても心地よかった。
『んじゃ、今度は私の番ね!』
「…ん。頼む。」
こいつ下手だな。髪焦げるんじゃねーかってぐらい熱い。もしくはこうやって殺すんだろうか、と思うくらい近い。かと思うと急に遠い。そして冷風にする。乾かしたいのかドライヤーと俺で遊びたいのかわからん。でも鏡越しのお前はとても幸せそうだった。そんな姿を見ていると、つい俺も本音がこぼれた。
「綺麗だな…」
『ん?ごめん聞こえなかった!』
「あー、いやいいよ。後で言うわ。」
『気になるなぁ〜もぉ〜。』
誰もがやるような些細なやり取りを、まるで風に舞う花弁のように、愛しく、切なく、そして儚く思った。本心は息が上がりそうだ。もっとそばに居たい。鼓動はこれからの顛末を知るかのように乱れ打ち、首筋には氷が走る。
『あのね、大好きだよ。』
今までの明るく、子供らしい甘え声だったあいつからは想像もできないくらい落ち着いた声で言われた。まるで澄んだ湖のように俺の心は落ち着いていた。
「知ってる。俺もだし。」
『だからね、一緒になろ?』
初夜…ってなわけねぇよな…
「…やっぱ今日、だったんだな。」
その日、ほの暗い部屋で俺は初めて自分からあいつに口付けをした。少し震えた手つきであいつが首元を絞めてきた。俺の人生で絞められた経験なんて無いが、その両手から感じる温もりは彼女の体温だけでは無いと感じた。くっそ…死ぬ前に浮かぶのが“生きたい”だけか…。もっとお前と一緒にいたいしもっと話せばよかったしもっと気持ちを伝えればよかったしもっと……あぁ、やばい。気が抜ける…。頭を白いヴェール…違う、霧が包むようだ…。考えがまとまんねえ…。あれ、なんかするんだったよな…。そうだ…言わねぇ…と。
「あ…して…」
もう、声が… だせねぇ…。つた わ ってる…か…。最…期、く…らい…だき… し、め…