コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
注意事項1話参照
11月上旬。秋なのか冬なのかよく分からない寒さにオレはクシャミをひとつ、手に息を吹きかけて震えていた。すぐ隣ではオフクロがまた別の意味で震えている。
なぜならその日は、弟の葬式だったからだ。頭悪いししょっちゅう問題起こしては警察沙汰にしていたが、そんな弟でもオフクロは愛情を注いでいた。留年したと聞いた時も夜一人で泣いていたオフクロに気づき、漢字もロクに書けない癖にまさかの作文用紙なんか使って手紙書いてきた見た目によらずこの世の誰よりも優しい弟だった。マス目からはみ出しまくっているその字を果たして彼女が読めたかは別として、弟が言っていた「これ以上泣かせたくねェ」という言葉に嬉し涙を堪えて笑っていた姿にオレもさっさと安定職見つけねぇとなと焦っていたことを思い出した。
そんなオフクロは、今、葬式に訪ねてくる知人に喪主として案内をしながらもきちんと平然を保っている。横に座るオレからはその肩が僅かに震えていることはバレバレだったが。
「一服してくるワ」
オレがいるから我慢してるのかと思い席を立つと、ずっと座っていたせいか一気に寒さが押し寄せてくる。パイプ椅子に掛けてあった季節外れのダウンを羽織りながら敷地を出た。
もう慣れた手つきで煙草を咥え、ライターで火をつける。2年前の夏に死んだ幼馴染の影響で吸い始めたが、あまり美味いとは言えない。上司との人間関係に役立つ訳でもなく、そもそも3件ほどのバ先に部下と一服するような先輩はいなかったので何となく惰性で2日に1度ほど吸うようになった。増税されたら迷いなくやめると思う。
「さみぃ…」
てっきり誰もいないと思って小さく零した。郊外にあるこの葬式場に今日くるヤツなんて参加者以外居ないだろう。自分の容姿が圭介と似ていることは100も承知であった。
「ばじさ……」
「あン?」
背後から知らない声が聞こえた。オレだって場地っちゃ場地だけど、バイトの面接以外で名字にさん付けで呼ばれたことなんてなかった。肩まで伸びた髪は女っぽいこともねェけど、何より現役で鍛え上げた肉体や肩幅はどう考えても女なわけが無い。
ゆっくりと振り向くと、そこには目ん玉が飛び出そうなほど目を開いて手に持った携帯を落とした中学生ほどの男がそこにいた。ちょうどオレの髪を流すように吹いた風にサラサラの金髪が靡く。すると驚いたことに、みるみるうちに彼の大きな目に涙が溜まり一筋、また一筋と頬に伝い、遂には乾いた地面にポタポタと模様を作り始めた。
「場地さぁぁんッ」
訳が分からずただ呆然とするオレの元にソイツは犬のように突進してきた。咄嗟に踏ん張り受け止めたが「うおっ」と声が出て後ろによろめいた。さすが現役ヤンキー。
「場地さん!!何処行ってたんスかぁ…!オレっ…オレぇ……」
「オイ落ち着けって。男が泣くなよ。」
まずテメェ誰だよ。オレが声を発する度にコイツの涙も1粒1粒が大きくなっていく。
とりあえず柔らかい髪を撫でてやるが、ただひたすらに名前を呼び続けグリグリと犬のように腹筋に頭を擦り付けてくるから、なんだかオレが1回死んだみてぇになってるじゃねぇか。いや待てよ。死んだのか。あ、コイツオレのこと圭介だと思ってやがる。誰だか知らねぇけどアイツ、兄がいること言ってねぇのか?オレが受付にあのままいたら、コイツは人がわんさかいる中でこの状態になってた訳だ。
「聞け、オレは圭介じゃねぇ。柊介だ。」
「へ……。しゅうすけ?」
「オマエ圭介と間違えてるだろ。アイツはもう死んだんだよ。」
「あ…場地さんは、そっか。そうっスよね。」
涙も引っ込んだのかシュンとして下を向く犬。なんか申し訳なくなった。
「スンマセンした…オレ、松野千冬です。東卍壱番隊の副隊長やってました。」
「ヘェ、東卍な〜。辞めんのか?」
「まぁ…目標、っていうか、ずっと追いかけてた背中がなくなって、オレ、どうしたらいいのか分かんなくて。」
「フーン。」
犬に千冬って名前がついた。女みてぇな名前だと思ったのは言わないでおこう。
「まァ、もうちょい考えてもいいンじゃねェの。」
それが、オレとコイツの慣れ始めだった。