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洋平は盛り上がっている祖父とその二人をよそに、じっと窓の外を眺め・・・・また大きくため息をついた
窓の外では雨が降り始めていた。その音が洋平の心の中の混乱を反映しているかのようだった
何をやってもくるみの事が頭から離れない、仕事に身が入らずいつもの自分に戻れない・・・そもそも彼女と愛し合う前の自分が、一体何に興味を持っていたのかも思い出せない
過去の経験を思い出しても、洋平の女性遍歴は悲劇の一途を辿っていた
彼の祖父の名前と彼自身の財力の力は、今まで付き合って来た女性に平然と嘘をつかせた
彼の淡い純情を弄び、女性不信になるには十分なほど傷ついてきた
一番酷かったのは付き合うどころか、会った事もない貪欲な女性に訴えられたり、スキャンダルに巻き込まれたりした、思い出すのも辛く苦い経験だった
それでも洋平はくるみを見た時に運命を感じた
それなのに・・・・
洋平はまたため息をついた
また彼女も自分の財産目当てで、あんな策略を巡らすなんて・・・
もう女は信じない
純粋に洋平はとても傷ついていた。それでも思考はぐるぐる回る
そもそも自分も役者だと嘘をついていた訳だし、お互い様じゃないだろうか?
あの時はそう思ったけど、本当に彼女が自分を騙そうとしたのだろうか・・・
そこで首をフルフルと振る
いや・・・彼女の部屋にあの雑誌があった事が、何よりの証拠じゃないか
彼女はずっと以前から自分の事を調べていたのだ・・・
そう思い込もうとしているのに、あの可愛い無邪気な笑顔が心に浮かぶ・・・
彼女の前では億万長者の自分ではなく、ただの貧乏役者の佐々木洋平だった・・・・
彼女はありのままの自分を見てくれて、自分の事を金のない男だと思って気を使ってくれていた
いつだって優しい彼女の気遣いの中で自分は幸せだった
そう思っていたのに
ボソッ・・・「あれは・・・本当に演技だったのだろうか?」
「何かおっしゃりましたか?ジュニア?」
荒元が怪訝に尋ねる
「洋平、いつまでそんな空気の抜けた風船みたいにしておるんじゃ」
祖父が長い顎鬚を撫でながら言った
「恋人同士の喧嘩は風邪と一緒、拗らせると悪くなる、早く仲直りしなさい」
洋平は祖父の言葉を無視した
心の中では自分の言動を悔やんでいた、くるみの悲しそうな顔が頭から離れない・・・
それと同時に自分を熱く見つめる可愛いくるみの顔が浮かんでは消える
好きよ・・・洋平君・・・大好き
・:.。.・:.。.
もしかしたら自分は大切な何かを見落としているのかもしれない、もう一度会ってじっくり話をしてみたらどうだろうか、何か自分が誤解しているかもしれない、それなら謝らないと
よしっ!会って話をしよう!
咄嗟にガタンッと立ち上がった
「おおっ!」
「わぁ!びっくりした!」
三人が唐突に動き出した洋平を見て驚いた
でも・・・・会ってみてもし、自分が知らなくても良かったような彼女の裏切りがまた発覚したら・・・・もう立ち直れそうにない
またガタンッと洋平が座り込んで頭を抱えた、おおっ!と三人が挙動不審の洋平を見つめる
ハァ~・・・「なんじゃ?ありゃ?」
「なんかずいぶんこじれてますね・・・」
祖父と荒元と松田がずっとその場で立ったり座ったりしている洋平を見て口々に言う
もう一度彼女に会いたい・・・・
しかし会うのが怖い・・・・
仮想通貨界の駆け引きにおいては実力もあり、無敵を誇る洋平も・・・・くるみに関しては他の男と同様確信がなく弱気になるのだ
バタンッ「す・・すみませんっ!お引き取り下さい!!」
その時洋平達がいるトレーダー室のドアが大きな音を立てて開いたと同時に外の風が突風のように入ってきた
全員がドアの方に向かって目を向けた
洋平は我が目を疑った
ドアには怒り心頭の表情をあらわにしたくるみの母親が立っていた
そしてそのあとに酷く慌てた、洋平の会社の男性秘書が転がるように入ってきた
「申し訳ありません!こちらのご婦人をお止めしたんですが――― 」
くるみの母はズカズカとトレーダー室に入ってきてまっすぐ洋平に向かって来た
洋平は驚きと恐怖で体が硬直した
「どなたかの?」
そして祖父は慌てて立ち上がり、状況を収めようとしたが、くるみの母親の怒りは収まらなかった
「お話があって参りましたの!五十嵐渉さんではなくて佐々木洋平さんにね!」
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もうすぐ年末の冷たい木枯らしが吹く中、くるみはトボトボと職場のワールドトレードセンタービルから自宅へ歩いていた
大阪港が広がる波止場の湾岸道路は、今はヤシの木にクリスマスイルミネーションが飾られ、闇夜にキラキラと輝いてる
明日からここは通らないようにしよう、とてもロマンティックなこの道は、カップルにお似合いだ。暫くはカップルが出没する場所は避けよう、自分が惨めになるだけだ、海から拭く冷たい風は独り者のくるみの心を余計凍らせる
幸い仕事が忙しいのはよかった、バタバタと一日の仕事を切り上げ、残りは明日に持ち越す事で、彼の事を考えなくても時間は過ぎ、そして明日する事がまた出来た
今はただ、ただ…無意識に仕事をこなして時間をやり過ごしていたい
いつまでこんな風に、からっぽな時間を過ごしたらいいのだろう
落ち込んだ気分を紛らわしたくて、何か美味しい物でも買おうかと思ったが
どんな美味しい料理を食べても味はしなく、プラスチックを食べているようだった
あの懐石屋で食べたしゃぶしゃぶは本当に美味しかった、洋平がいないと何もかもが味気ない
それでもいづれ立ち直り、前向きに生きていくしかない、早く洋平と出会う前の自分に戻れますように
帰って熱い湯船に浸かり、そして母に電話しよう・・・
自分の事を心配してくれている母に、今週はまだ連絡をしていない
色々と考えごとをして歩いていたら、あっという間に自分のマンションに辿り着いた
そしてまた思い出してしまう、あのエントランスでレクサスにもたれ、腕を組んで自分を待っていた彼は、本当に素敵だった
じわりとまた涙が溢れて来る、彼の事を思っただけで胸が締め付けられる
ああ・・・どうしたら彼を忘れられるのだろう・・・
くるみは爪先の小さな小石を蹴飛ばした
・:.。.・:.。.