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フィル様は健やかに成長された。
夜空に輝く月のように美しい銀髪と白い肌、深い緑の大きな瞳と小さな赤い唇がとても愛らしい。病床に伏せっているフェリ様とそっくりらしいが、フェリ様の世話をしている侍女の話によれば、フィル様の方が美しいそうだ。
フィル様はとても素直な方で、いつもラズールと俺を呼んで懐いてくれた。
姉のフリをしないで本来の自分で接することができる相手が、俺を含めた数人しかいなかった。しかも俺が一番歳が近いので懐いてくれたのかもしれない。
とにかく俺は、フィル様が可愛くて仕方がなかった。そして何よりも大切だった。
しかし後継ぎの王女だと思われていたフィル様には、常に危険が付きまとっていた。
俺はフィル様の周辺に目を光らせ、フィル様を危険から守るべく努力をした。だがフィル様と八歳しか違わない俺に何ができようか。運良く危険から排除できることもあったが、防ぎきれないこともある。
フィル様が五歳の時、毒を口にして死にかけた。
その時俺は、王命で城を離れていた。
早馬で報せを聞くなり、俺は無意識に自分の馬へと飛び乗った。傍にいた王を放り出して、急いで城に戻った。
不思議なことに、この時の無礼な態度のお咎めは受けなかった。王が罰しなくてもいいと言ったらしい。王の真意は未だ不明だ。
フィル様は高熱を出して苦しんでおられた。
看病をしていた侍女から、すでに毒を吐き出し薬も飲んでいると説明を受けた。
俺は侍女を部屋から追い出し、一人で看病を始めた。そしてもしもの時のためにと独断で手に入れていた毒消しの薬をフィル様に飲ませようとした。よく効く薬はたいてい苦い。毒消しの薬も例にたがわず苦いらしく、フィル様が飲み込もうとしない。俺はフィル様を助けたい一心で、薬を口に入れて噛み砕き水を含むと、フィル様の両頬を指で挟んで口を開けさせ、直接口移しで飲ませた。
フィル様は顔を振って嫌がっていたが、俺は数回に分けて全てを飲ませた。飲ませてしばらくすると、フィル様の呼吸が落ち着き高熱で赤く染まった顔もいつもの白い色に戻ってきた。
ベッドの横で膝をつき、祈るように小さな手を握りしめていた俺は、安堵の息を吐いた。
熱が下がったのなら何か口に入れる物をと手を離して、俺は苦笑した。
心配で不安でずっと強く握りしめていたために、フィル様の手が赤くなっている。それだけではない。薬を飲ませることに夢中でフィル様の頬を強く押さえすぎたらしい。白い頬にも赤く指の跡がついている。
俺はフィル様の頬に残る赤い跡を指の背で撫でた。ふいに、そういえば…と思い返した。
俺はフィル様の唇に触れたのだった。夢中だったとはいえ、なんてことをしてしまったのだろうか。でも無礼なことをしてしまったという思いよりも、嬉しい気持ちが勝った。
フィル様を目にして、髪や手や頬に触れられることが嬉しい。俺を呼ぶ声を耳にして俺に向けて笑う顔を目にすると、愛しさで胸がいっぱいになる。
俺は自覚した。俺はフィル様を、主以上に思っているのだ。
毒を飲んで五日後にフィル様は回復した。回復したフィル様に王が会いに来た。だがひどく冷たく接せられて、フィル様は傷ついたようだ。
俺は思わず小さな身体を抱きしめた。
俺に抱きしめられた瞬間に泣き出したフィル様を慰めながら、ずっと傍を離れないと、もう何度目かわからない誓いを立てた。
俺はフィル様の全ての世話を任されていた。勉強も剣術も、魔法の使い方もだ。そのために俺は人の倍努力して賢く強くなり、フィル様に教えた。
王族の血筋の者は、代々賢く強かった。フィル様もその血を引くだけあって、一度教えたら砂が水を吸い込むように、どんどんと吸収していった。だから歳の近い子供達の中で、フィル様に適う者はいなかった。トラビスを除いては。
フィル様が十歳の時に、トラビスにしつこく詰め寄られて対戦をした。もちろんフィル様が勝った。トラビスは、当時女だと思っていたフィル様に負けたことが、余程悔しかったのだろう。それからは必死に鍛錬をして、まだ十七歳という若さで軍隊長に上り詰めた。
トラビスのフィル様への態度には少々思うところがあるが、彼の力は認めている。
相変わらずフィル様は刺客から命を狙われていたが、力をつけた俺が、ことごとく防いだ。それでもごくたまに、五歳のあの時のように防ぎきれないことがある。
フィル様が十一歳になる目前のある日、王や高官達が不在のため、二人でのんびりと中庭でお茶を飲んでいた。
フィル様と俺の周りに強力な結界を張り、中庭の周りを兵に守らせていた。それなのにどこからか射られた矢が結界を破ってフィル様の肩を貫いた。
結界に異変を感じてフィル様の傍を離れたことを、俺はひどく後悔した。傍にいたなら身を呈して守れたのに。
俺は必ず犯人を捕らえろと兵に叫んで、フィル様の治癒に当たった。矢が刺さっただけならば血を止めて傷を塞げばいい。だが抜いた矢には毒が塗られていた。地面に敷いた上着にフィル様を寝かせ、俺は毒を吸い出した。そして常に持ち歩いている様々な薬が入った袋から、毒消しと化膿止めの液体の小瓶を取り出し、傷口にかけた。その上で傷を塞ぐ魔法を使う。
苦痛に歪んでいたフィル様の顔が穏やかなものになって、ようやく俺は安堵した。
汗で顔にへばりついた銀髪を撫でながら、もう大丈夫ですよと笑う。
フィル様は、ありがとうと礼を言い、矢を抜く時に噛んだ俺の肩の心配をしてくれた。本当に優しい方なのだ。
噛まれた跡など気にしない。むしろ跡が残ることは嬉しかった。フィル様が俺につけてくれた跡なのだから嬉しいに決まっている。
俺がフィル様を死なせないし絶対に守りますと話しているうちに、フィル様は耐えきれなくなったのだろう。突然泣き出してしまった。
俺はフィル様を膝に乗せて胸の内を聞いた。涙が流れる柔らかい頬に唇を寄せて、不憫で可愛くて愛おしい想いに苛まれながら、話を聞いた。
フィル様が辛い胸の内を話してくれるのは俺にだけだ。甘えてくれるのも俺にだけだ。そのことが俺にとてつもない優越感を与えてくれる。
この時に、俺の想いをフィル様に話した。いずれ王女様が元気になってフィル様の役目が終わった時には、一緒に城から逃げましょうと。どこかで二人きりで暮らしましょうと。
フィル様はとても喜んでくれたのだ。そして俺も、必ず成し遂げようと強く決めていたのに。人生とは思い通りにいかないものだ。