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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
「命令」や「希望」を口にすると相手を従わせてしまう、不思議な力を持った桃さんのお話です
メンバーそれぞれに課されたタスクは互いに共有されている。
そのリストを眺めて俺は一つ一つ丁寧に確認を繰り返した。
普段はタスク管理は各自に任せている。
それでもたまにはこうしてチェックすることも必要だ。
案の定〆切を過ぎそうなタスクをため込んでいる奴が何人かいる。
「いむー、合唱の音源いい加減そろそろ提出してね」
「しょうちゃんはこの前の企画書、出してくれてたけど修正版も見せてくれると助かる」
周りのメンバーが何か返事を挟む間もなく、次から次へと指示を飛ばす。
相槌を打つだけだったメンバーは、流れるように喋り続ける俺の口が止まるのを呆けたように見つめていた。
口を噤んだ瞬間に、机の上に頬杖をついたいむが感心したように息をつく。
「すごいねないちゃん、よく口回るね」
まじまじとこちらを見つめながらの言葉に、「そう?」と俺は小さく首を捻った。
「それよりいむは、今度の企画の台本に目通してくれた?」
「まだ出てくるの!?僕への注文!」
さらりと続けたこちらの言葉に、いむは仰天したように目を開いて顔を仰向けた。
それだけタスクをため込んでるのはお前自身なんだよな…なんて、言っても無駄な言葉は飲み込んでただ苦笑いを浮かべる。
そんなこちらを一瞥して、いむはもう一度顔を前へと戻した。
「まぁそう言っても、ないちゃんは優しいよね。タスクのことで怒ったりとかしないし」
「? まぁ、怒らなくて済むように事前にこうしてチェックして間に合うように注意喚起してるわけだしね」
捻った首を更に傾けて、俺がそう返した時だった。
「甘やかしすぎやで、ないこ。タスク管理も最終チェックも全部自分でやらせたらえぇねん。…ほら、お前もないこに言われんでも自分からやれよ」
いむの隣に座っているまろが、手にしていた企画書の束をぽいとテーブルの上へと戻しながら言う。
それに対していむは、むぅと頬を膨らませて椅子に深く自分の背中を預け直した。
「いふくんは黙っててもらえますぅ? これは僕とないちゃんの問題だから!」
「どう考えてもお前ひとりの問題やろ」
また始まった、青組のビジネス不仲。
そう言いながらもまろだって面倒見はいいんだよな。
いむに冷たい言葉を浴びせながらも、投げた企画書の次に手にしたのはりうらが今度出す歌ってみたの歌詞だ。
英語部分を発音しやすいようにチェックしてあげるらしい。
「やっぱりいふくんよりないちゃんの方が優しいよね、特に僕に対しては。ないちゃんって絶対命令とかしないし」
さっきまろが「やれ」と口にしたことを指しているのか、いむは何気ない口ぶりでそう続けた。
それを受けたまろの方も、ただいつもの日常会話のように「ふん」と鼻であしらう。
…ただ、俺だけが、いむのその何の意図もないはずの言葉に引っかかってしまった。
タスクリストを凝視していたはずの目が泳ぐのが自分でも分かる。
『命令』……。その言葉は、俺にとってずしりと両肩に重くのしかかるものだった。
自分の特異な体質に気づいたのは、小学生の頃だ。
学校から帰ってきてランドセルを玄関に放り投げると、毎日野球やサッカーをしに近所の公園に走った。
日が暮れるまで友達と遊び、町内のチャイムが鳴る頃に家に帰る。
それが楽しくて仕方がなかったから、いつだったか妹がついてくるようになったときには本当に嫌だった。
足の遅い妹がついてくると、男ばかりの遊びには足手まといでしかない。
加えて友達にはシスコンなんて煽られた。
冗談だと分かっていてもそれに本気でムキになって言い返す…そんな「普通の小学生男子」だった。
…少なくとも、自分ではそう思っていた。
だけど、いつの日だったか…そんな日常が続いたある時、イライラが募って妹に冷たく当たってしまったことがあった。
「お前なんか具合でも悪くなって家で寝てればいいのに」そんな言葉を吐き捨ててしまった。
そうすればまとわりつかれなくて済む…友達との遊びについて来られなくなる…そんな幼稚で身勝手な言葉だった。
小学生のくだらない一言…それだけだったはずだ。
なのにその日から数日、妹は原因不明の発熱で寝込んでしまった。
偶然だ…そう思いたかったけれど、自分が言ってはいけない言葉を吐いた自覚が両肩にのしかかった。
俺があんなこと言ったくらいで本当に体調が悪くなるわけがない。
…そう思う心も確かにあるのに、どこか罪悪感に苛まれてしまう。
遊びに行っても、妹はついてこない。
それを望んでいたはずなのに、家であいつが今も苦しんでいるのかと思うと気が気じゃなかった。
何てことを口にしてしまったんだろう。
幼い心ながらに、そんな風に自分を責めた。
次におかしいと思ったのは、小学校中学年になった時だ。
友達とのくだらないケンカ。
相手の一言にむっとなって言い返す。
我慢なんてまだろくに覚えていない幼心には、反射的に相手に言葉を叩きつけ返すしか術がなかった。
そして小学生同士のケンカなら、言ってしまってもおかしくはないだろう言葉を吐いてしまった。
『お前なんていなくなっちゃえばいいのに』
何気ない言葉だった。考えて口にしたものじゃない。
ただ感情的になって自分の意志とは関係なく飛び出した。
そうしてその相手は、次の日急な親の都合で転校していってしまった。
そんなことが幾重にも重なり、さすがに自分でも感づいた。
自分には不思議な力があるのかもしれない。
相手に対しての「命令」や「希望」を口にすると、それが本当になってしまうらしい。
いわゆる「言霊」ってやつだ。
漫画や小説の中でしかありえないようなそれは、だけど自分にとっては紛れもない現実だった。
力を証明するために、小さなことでいくつも試した。
人を傷つけない程度の小さな命令や希望。
たとえば親にお小遣いをくれと言えば臨時収入が得られたし、席替えのくじ引きで友達に交換を持ちかけたら容易に応じてもらえた。
ただ、小学生の自分にとってはそれ以上の大きなことを望むのは怖すぎた。
自分の不思議な力を確認したいからと言って、人を傷つけるようなことは例えお試しでも望めなかった。
自分の力を理解した時、俺は二度と使わないと自分の中に封じ込めた。
自分以外の他人に命令口調なんて絶対に使わない。
そうやって自分の思うままに人を動かしたとしても、何の意味もない。そう思ったからだ。
だけどそれは、楽な道ではなかった。
考えもなしに突発的な言葉が飛び出すのは、人なら割とままあることだ。
それを全て防ぐのは簡単ではない。
たとえばゲーム中の初兎ちゃんのように、対戦相手に冗談でも「死ねぇぇぇ!」なんて煽りは入れられない。
提出物の遅いいむに「早く出せよ」と命令口調で催促することもできない。
りうらに対して「活動を言い訳にしないでちゃんと大学の勉強もしろ」なんて説教を垂れることもできない。
あにきに向けて、「たまには筋トレよりこっちの仕事ももっと手伝ってほしい」なんて間違っても言えない。
そんなことを口にしたら、ゲームの対戦相手は本当に死んでしまうかもしれない。
いむは提出物が早くなる代わりに、まるでロボットのようにタスクをこなすだけの人間になるかもしれない。
りうらは活動もそっちのけで勉強に埋没するのだろうか。
あにきに至っては、筋トレすらしなくなって、ずっと俺の作業を手伝うようになってしまうかも…。
…そんなのは、嫌だ。
俺がこれからも一緒にやっていきたいと思っているあいつらじゃなくなってしまう。
自分の一時の感情を優先して、口をついて出てしまう言葉。
そんなもので人を縛りたくない。そう思って自分の言葉選びには慎重になる。
それは思うよりもストレスの溜まる「作業」だった。
「ないくん? どうかした?」
りうらがこちらの顔を覗き込む。
…そう言えばまだ打ち合わせの途中だった。
そう思い直して「何でもない」と小さく笑みを浮かべる。
個別のタスクに関しての指示と注意喚起は終わった。
次はグループとしての全体的な話に移る。
「で、次なんだけど…」
俺が次の話を始めようとしたその時、向かいでいむが「ちょちょ、ちょっと!」といつもより一際大きな声を上げた。
「しょうちゃんのこの企画何!? 一人でこんな楽しいことしようとしてたの!? ずるい!」
分厚い企画書の束をぺらりとめくっていたらしいいむ。
その一部が不意に気になったのか、唇を尖らせて初兎に噛みついている。
「えーだっていむくんめんどくさいって言いそうやったからさぁ。別に一人でもいいかなって…」
「ずるい! 一緒にやろうよこういうのは!」
「…ちょっといむしょー、そういう話は後で…」
ミーティングの時間は限られている。
伝えたいことはまだ山ほどあるのに、本筋からどんどん離れていきそうな話題に小さく息をついた。
「えー! それやるなら子供組でやりたい! りうらも入れてよ」
「りうちゃんはあにきと別の企画考えてたでしょ」
「別に、企画1個しかやっちゃだめなんて決まりないじゃん」
「…ちょっと、りうらまで参戦しないでよ。後で話し合えばいいじゃん?」
ため息まじりに諭そうとした俺の向こう側で、あにきは話のずれ始めたこのうるさい場で今何を言っても無駄だと思ったのか、隣のまろと別の話を始めている。
……あぁ、ちっとも打ち合わせが進まない。
この後まだまだやらなくてはいけないことは山ほどあるのに。
そんな焦りと共に、苛立ちが募っていくのが自分でも分かった。
だから、口にしてしまった。自分でも無意識下に。
「うるせぇお前ら!いいから黙れ!!!!」
言った瞬間、はっと我に返り弾かれたように顔を上げた。
刹那、狭い部屋は水を打ったような静寂に包まれる。
急な俺の剣幕に驚いたのだろうか。
……いや、違う。これはそんな単純なものじゃない。
目の前の5人に、ゆっくりと順に視線を移す。
10の目は見開かれた状態でただ俺だけを見つめ返していた。
いむの口が、何かを言いたそうにぱくぱくと動く。
ただそこから声が発されることはなかった。
…やってしまった。あんなにずっと……幼い頃から気を付けていたはずなのに。
どっと疲れのような重い感覚と一緒に後悔が押し寄せた。
違うんだ。そんな風にお前らを黙らせたかったわけじゃない。
自分の思い通りに従わせたかったわけじゃない。
仲間で家族…そんな俺たちは自由意志を持っていていいはずで、俺が支配するような関係性は絶対に構築するべきではないと思って気を付けてきたのに。
「…ごめん、違う……」
こんなことを望んでいたわけじゃない。
否定する気持ちで胸がいっぱいになっていき、必死で次の言葉を探した。
「違う! 頼むから………喋って……」
弱々しい語尾で、意味があるのかないのか分からないような言葉を紡ぐのが精いっぱいだった。
だけどそんな声音で紡いだそれすらも有効であるのか、5人は止まっていた時が動きだしたようにぷはっと息を吐き出す。
「あれ? 今なんか一瞬変じゃなかった?」
「喋ろうとしても声が出んかった気がする…気のせいかな」
呑気に首を捻るいむしょーに同調するように、りうらがただ頷き返していた。
そんな様子を見ながら、ばれないようにホッと胸を撫で下ろす。
こんな方法で「解除」も有効だとは知らなかった。
だけどやっぱり、こんな言葉一つで人を弄ぶように動かすべきじゃない。
「…とりあえず、大体話し終わったから今日はここまでにしよっか」
まだ話したいことはあったはずなのに、切り上げる言葉を口にする。
自己嫌悪に苛まれそうな胸の辺りを服ごとぎゅっと掴み、俺はそう言ってその日の打ち合わせを締めくくってしまった。
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