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あの頃は、まだ世界に色があった。
カルトの空は灰色だった。
祈りの声は冷たく。
儀式の祭壇には、乾くことのない血の匂いが染みついている。
信者たちは誰もが神だけを見つめ、人を人として見ることを忘れていた。
その日も。
「……はぁ、っ……!」
ツータイムは森の中を駆けていた。
泥だらけの靴。
木のヤニで汚れた手。
制服の袖には、今日一日押しつけられた雑用の跡が残っている。
エルダー・アマラの命令。
薪割り。
水汲み。
祭壇の掃除。
生贄の準備。
終わっても終わっても、新しい命令が降ってくる。
息が切れる。
足が痛い。
それでも彼は走る。
その先に、たった一人だけ待ってくれる人がいるから。
茂みをかき分ける。
古い大樹が見えた。
その根元に、灰色の魔女帽子が揺れている。
「お疲れ様。」
柔らかな声。
帽子の影から覗く青い瞳が、ふっと細くなる。
「今日も頑張ったね。」
「アズール……!」
その一言だけで。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
肩から力が抜ける。
「あ、ごめん。待たせちゃった?」
「ううん。」
アズールは首を横に振る。
「今、お湯が沸いたところ。」
そう言って、小さな携帯用の湯沸かし器を嬉しそうに指差した。
木を削って作った二つのカップ。
少し歪な形。
でも、それが二人だけの宝物だった。
「座って。」
古木の根へ並んで腰を下ろす。
森の風が葉を揺らす。
遠くで鳥が鳴いていた。
カルトの中では聞こえない音だった。
アズールは丁寧に茶葉を開かせる。
ふわり。
甘い香りが漂った。
花畑みたいな匂い。
春みたいな匂い。
死ばかり教えられる場所で、唯一、生きている香りだった。
「今日はね。」
アズールは少し誇らしそうに笑う。
「新しいハーブを混ぜてみたんだ。」
「また森で見つけたの?」
「うん。あと少しだけ蜂蜜も。」
ゆゆゆゆ
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ゆゆゆゆ
265
#見捨てられた
リコりす@現在熱38℃☆
7,545
#Telamon
ありきたりな雑炊
76
「だから甘いんだ。」
「ふふ。」
その笑顔を見るだけで、ツータイムも笑ってしまう。
カップを受け取る。
じんわりとした温もりが手のひらへ伝わった。
「いただきます。」
一口。
やさしい甘さ。
少しだけ爽やかな苦み。
喉を通るたび、身体の奥に張り付いていた恐怖がゆっくりほどけていく。
「……おいしい。」
思わず声が漏れる。
「頭の中まで温かくなる。」
アズールは安心したように息をついた。
「よかった。」
その一言が、何より嬉しかった。
誰かが自分のためだけに何かを作ってくれる。
ただそれだけのことが、ツータイムには奇跡だった。
アズールは自分のカップにも口をつける。
そして空いた手で、ツータイムの黒い髪をそっと撫でた。
「また無理したでしょう。」
「え?」
「目の下に隈がある。」
「見つかっちゃった。」
苦笑する。
「でも、大丈夫。」
ツータイムは照れくさそうに笑った。
「ここへ来れば全部忘れられるから。」
その言葉に、アズールは少しだけ切なそうな顔をする。
「僕ね。」
静かな声。
「もっとたくさん薬草を育てたいんだ。」
「うん。」
「怪我を治す花も。」
「うん。」
「眠れない人が眠れる花も。」
「うん。」
「悲しい人が笑えるお茶も。」
ツータイムは黙って頷く。
それが、アズールらしい夢だと思った。
人を傷つけるためじゃない。
誰かを救うための植物。
それが、この優しい植物学者の願いだった。
「ねぇ。」
ツータイムが小さく笑う。
「僕、このお茶を飲めるなら、何でも頑張れる。」
その言葉に、アズールは一瞬だけ目を伏せた。
胸の奥が小さく痛む。
頑張らなくてもいい世界へ連れて行きたい。
その願いだけが、日に日に大きくなっていた。
そっと手を重ねる。
指先が触れる。
冷え切っていたツータイムの手が少しだけ温かい。
「もう少しだけだから。」
アズールは静かに微笑む。
「二人でここを出よう。」
ツータイムも笑う。
「ああ。」
「毎日お茶を飲もう。」
「うん。」
「朝も。」
「昼も。」
「夜も。」
「飽きるまで。」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
森を吹き抜ける風が、湯気をゆっくり空へ運んでいく。
あの日の約束は、本物だった。
あの日の笑顔も、本物だった。
あの日、交わした温もりも。
決して嘘ではなかった。