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#sik
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あらすじに読了後推奨の短いお話があります🙌良ければそちらもお読みいただけると嬉しいです。
「イッテツ、足元危ないですよ」
言われた言葉に、何を考えるでもなく下を向く。細かな砂が足の指の間にたまっていて、不快だった。注視してみると歩みを止めた足の二歩ほど前にキラキラと光るものがあった。
しゃがんで、何となく手に持ってみる。
それは巻貝の貝殻だった。
ゴツゴツとしていて、端のほうが鋭くなっている。
眺めていると名前を呼ばれた。ゆるゆると顔をあげ、繋がれた手の先の人物と目が合う。
「……るべくん?」
彫刻のような美しい顔をした男は、何を考えているかよく分からないオパールのような目を細めて、ニコリと微笑んだ。
「イッテツ、冷えてきましたね。そろそろ帰りますか」
固く手を握られて、ずんずんと海から離されていく。それがなんとも悲しく思えて、静かに波の音だけを響かせる海を何度も振り返った。
手を引かれて、少し歩いたらいつの間にか彼のお店の前にいた。海から近かったっけ、とか転移したのかな、なんて考えてみたけど多分ずっと謎のままなんだと思う。
お風呂に放り込まれて、海風でギシギシになった髪や足についた砂を念入りに洗う。気が付かなかったが、るべくんと繋いでいた手の反対に貝殻を持っていた。いつの間にか拾っていたらしい。悪いと思いつつも、何となく手放したくなくて、綺麗になるよう洗っておいた。
「イッテツ、なにか食べます?」
交代でお風呂にはいったるべくんが、長い髪をまとめ、ほかほかと湯気をたてながら屈んで顔を覗きこんできた。
横に首を振れば、じゃあ飲み物だけ用意するねと言ってキッチンへ向かった。
カチャカチャと聞こえる食器の音に耳を傾ける。R’Beyehには二人したおらず、その音が細かく聞こえた。
体育座りで壁に背をつけていると、ふよふよとるべくんのオトモが顔をだす。
ぐりぐりと僕の胸に頭?を押し付けてきたので、困惑しながらも手で抱えて抱き締めた。
「イッテツ、ホットミルクです。少し 冷ましたけど、一応気をつけて」
ゆるゆると手を動かして、薄紫色のカップを掴む。ホットミルクに口をつけると、甘いミルクと蜂蜜の優しい味がした。
お礼を言おうと口を開こうとする。しかし、変な風に息を吸い込んでしまって声が出なかった。るべくんに促され、もう一度ミルクを飲み込む。ゆっくりでいいですから、とずいぶんと優しい声で言われてジワリと視界が歪んだ。
「……るべくん」
「はい、るべちですよ~」
「…ありがとう」
素直に感謝を述べれば、パチクリと朝焼けのような瞳を瞬きする。それからうえ~~~?っとすっとんきょうな声をあげうんうん唸りはじめた。
う~ん、と言いながら屈んでいた足を伸ばし、立ち上がる彼を見つめる。手をさしのべられたのでそれを取れば、そのままソファーへと案内された。
あぁ、人様の家で床はないか。とぼんやりと考えた。多分るべくんはそんなこと気にしないけど。
俺をソファーに座らせた横に、るべくんも座る。まだうんうん言ってる彼を横目に、ゆっくりとミルクを飲んだ。
「……正直、そろそろ怒らせたと思ったんですけど」
やっと目があったるべくんの言葉はあまりにも予想外のものだった。これは向き合うべきか、と思いカップをテーブルに置く。
「え、誰を?」
「イッテツを」
「な、なんで?」
思わず声が少し裏返り、それを誤魔化すようにオトモを撫でた。
「なんでって、そりゃあ」
「イッテツが死にたがってるから」
ぽん、と何でもないように言われた回答に頭の中が真っ白になる。
死にたがってる?誰が?僕が?
思考がスパークしてぐるぐると考え始めた僕の隣では「あ、ミルク美味しい」と呑気に呟く端正な男がいた。これではさっきと逆なデジャヴである。
「……え、死にたくないけど」
考えても理解できなかったので、取り敢えず思ったことを口に出してみた。カチャ、と彼がカップを置く音が部屋に響く。
「死にたがってますよ。誰が毎回連れ戻してると思ってるんですか」
「え~~~、うそぉ」
全くもう!というふうに腰に手を当てるるべくんが、何となくいつもと違う気がした。お茶らけて、ふざけて、何かを隠そうとしているような違和感。
「今回は海でしたか、まあ海は未知のものが多くてワクワクする気持ちは分かりますけどね、それが入水自殺なのはちょーと見過ごせなかったです」
「だから、そろそろ見殺しにしよ~っと思っていたのに、引っ張りあげちゃいました。俺はやさしいタコなので」
「タコといえば、ミルクを飲んだから胃が起きたと思うんですよ。タコ焼きなら作れますよ。平気です、紫色の蛸足じゃないので。多分ですけど。」
適当な文を切り貼りしたような話し方は、彼がよくするものだ。自分の頭で考えることが出来ないよう、彼の話に呑みこんでいく。相手にあれ、なんの話だっけ?と思わせるのも話術だ。彼は声色と美術品のような不思議な容姿も相まってそれが特段上手い。
しかし、それをもってしても死というものは強すぎる印象を脳に残していた。
「るべくん」
しっかりと、流されてしまわないように彼を見つめる。数分にも思える時間そうすると、先に折れたのは彼の方だった。
はぁ、と溜め息を吐き、俺の悪いとこ出たな、もうちょい考えて話せばよかった、と小さく呟いた。
切り替えるようにミルクを飲み込んで、もう一度こちらへ向きかえる。
「自覚はないでしょうが、イッテツは死にたがっています。そして自殺未遂を繰り返してる。かれこれ50年ほど前から一定期間でね。」
告げられた言葉を受け止めきれなくて、脳内にクエスチョンマークが広がる。
自殺未遂、なんて聞きなれない言葉はどこか他人事のように思えた。
それから、今まで隠していたことを全て教えてもらった。
あるときはビルの屋上の手すりを越えようとしていたり、真冬の川に飛び込もうともしたらしい。段々とそれらを止める大変さへの愚痴になっていくるべくんの話に曖昧に笑って返した。迷惑をかけたらしい。
「だから、自殺未遂三回目くらいから面倒なので一緒に住むことにしまして、」
「えっ、一緒に住んでるの?」
まさかの発言に驚きの声をあげれば、やれやれといったように眉をしかめた。
思えば、今までどんな生活をしていたかの記憶がすっぽりと抜けている。るべくんという彼のことは分かるけれど、何をしてどうして友好関係になったのかが分からない。
「ねえ、るべくんは鑑定士なわけじゃん。僕は何をしてたの?」
るべくんのお客さんだったりした?
そう聞くと、るべくんはピタリと動きを止めてしまった。なにか不味いことを聞いたかと視線を動かす。
少し間があいてから、答えを返してくれた。
「……そう、ですね。ヒーローをしていました。COZAKA-Cと呼ばれる悪者を倒していたんですよ。俺とは同期で、仲良くなったのはそこからですね」
「へぇ、そうなんだ!すごいね」
思ったままの感想を言うと、るべくんは続く言葉が出なかったみたいに口を閉ざした。
いつもスラスラと話す彼が口ごもるのが珍しくて、顔を覗きこむ。
見ると、微笑を貼り付けたイメージのある顔を動揺で少し崩して、瞳を震わせていた。
その反応にパチクリと目を瞬く。
「……ねえ、イッテツ」
重々しくいつもよりも固い声でるべくんが問いかけてくる。なんだろう、と僕もオトモを撫でる手を止めた。
「どこまで、忘れてしまったんですか? 」
「……え」
思いもよらない質問に口を開けて固まる。
表情を崩したままのるべくんがゆるゆると手を握ってきた。
「ヒーロー、やってたんですよ。」
「へぇヒーロー….?」
「絶対的な正義を、掲げてたんです。子供たちから舐められてて、でもお年寄りからも年代問わず信頼されていて……」
「ちょっ、ちょっとるべくん落ち着いて!一旦飲み物!」
ミルクを持たせようとするが手のひらを向けられ拒否される。心配で様子を見ていたが、少し時間がたてばゆっくりと息を吐いて顔をあげた。
「すみません、久しぶりに話したものだから取り乱してしまいました。もう平気です。」
「うん、大丈夫だけど……あの久しぶりって?」
質問ばかりで申し訳ないなと思うが、るべくんは優しく微笑んで教えてくれた。
僕は自殺未遂を始めた50年ほど前からぼんやりと空を見つめるばかりでほとんど声を出さなかったそうだ。
コミュニケーションをとれたのは本当に久しぶりらしい。
最初声がでなかったのはそれか、と一人納得する。無意識にポン、と手を打とうとしたがそれは固く握られたるべくんの手によって拒まれた。
「なにが起因したのかは分からないけど、イッテツとまた話せて嬉しいです。今日は遅いので歯を磨いたらはやく寝てしまいましょうか。」
きっと明日も起きてくださいね。と力を緩めた手を話すとき呟かれる。聞かせるつもりがあるのか分からないくらいの声量の言葉は何となく頭に残って、貸してもらったベッドに寝転がってからもずっと脳にこびりついていた。
真っ暗な闇の中にいた。
絵の具をぶちまけたみたいに真っ黒で、見渡してもなにも分からない。
突き付けられるような孤独感に、体が重くなっていって、その場にずるずると座り込んだ。体育座りみたいに膝を抱え込んで顔を押し付ける。
ぎゅっと目を閉じれば、少しは周りの暗闇を誤魔化せた気がした。
何十分、何時間にも思える時間その体制のままじっとしていた。
何もかもに疲れてしまって、息をするのにも疲れてしまって、立ち上がることができないでいた。もう一度、きつく目を瞑る。もう二度と起きてしまわないように。
起きたら、きっとずっと一人だから。
音がした。それどころか瞼の赤色が透けるようにして光が届く。
海水に飲まれるみたいに酷く冷たかった体が、じんわりと暖かくなる感覚。
思わずその正体を知るために顔をあげた。
「テツ」
遠く離れたところが、眩しすぎるほどに光輝いていた。色とりどりの光が楽しそうに動き回る。
赤色、オレンジ色、水色、黄緑色、緑色、紺色。
美しさに目を奪われる。俺の言葉じゃ表せないくらいに一つ一つが鮮やかで、煌めいていた。
瞬きも忘れて、その光たちを見つめていた。すると、突然視界がオレンジ色の光に包まれる。
「っう、え?」
大きな手のひらにガシガシと頭を撫でられた気がした。突然のことに目を白黒させるが不快感は全くない。
離れていってしまう光を目で追うくらいには心地がよくお日様みたいにあったたかった。
光が離れていって、7つの光がいるところに戻っていく。それに引きずられるように、瞼がだんだんと重くなっていった。
「泣きそうにすんなよテツ、かっこいいヒーローなんだろ」
完全に視界が暗闇に染まる直前、声がした。先程も聞いたはずの声。落ち着いていて、全部を受け止めてくれるような安心感がある声。
知らない、声だ。
「……まって、」
捻り出すように喉を震わせた音はあまりに小さくて情けない。それでも、仕方ないやつとでもいうようにもう一度キラリとオレンジ色が光った気がした。
脳が起き出して、スッと周りの音が耳に入ってくる。鳥のさえずり。木々の揺れる音。そして、人の息づかい。
「……おはよう、るべくん」
ゆるゆるとした声で、ベッドに腰かけていた彼に話しかける。
彼は何度か瞬きをしたあと、挨拶を返してくれた。
おはよう、イッテツ。
そういった彼の顔があまりに嬉しそうで、けれども深い安堵しているのを感じて不思議に思う。
寝起きの覚醒しきっていない頭で考えれば、ふいに昨日の彼の言葉を思い出した。
明日も起きてという切実な響きをもった言葉。あぁ、僕が起きるのを待っていてくれたんだなとパチリとピースが嵌まるような感じがした。
「あれ、イッテツ悪夢でも見ちゃいました?」
白く細い指でツ、と目の端をなぞられる。目元が冷たくなって自分が泣いていたことに気がついた。
「あくびでしょ」
起き上がりながらそう返した。
だって、泣きそうな夢なんて見ていない。
そもそも成人男性が悪夢で泣くってなんだ、と抗議しようとしてるべくんの方へ顔を向けた。
ふいに、脳内に声が響く。
泣きそうにすんなよ
子供を宥めるくらいのトーンで話されたそれに目を見開く。あれ、と思うときには視界が歪んでいた。落ちていく涙を受け止めるように手で擦れば、それを止めさせるみたいにしてるべくんのオトモが腕の中に入った。
ぼろぼろと涙を流したままるべくんに手を引かれ一階へ降りる。
暖かい濡れタオルを目元に宛がわれて、少しずつ息を吐いた。
「嫌な夢でしたね」
理由を聞き出さずに、そう話を進めてくれる彼の優しさに肩の力が抜ける。
きっとここで頷いても、黙ったままでも得意の話術で〈いつもどうり〉に戻してくれるんだろう。
それが当たり前に出来るのが星導ショウという人だったし、そのいつもどうりには空白の50年間は一瞬も透けさせないのだろうと考えた。
それでも、ひとつだけ言わなくてはいけない、と心が叫んだ。それだけは訂正しなくてはと。
「嫌な夢じゃなかったよ。」
きょとんと彼が目を丸める。けれども、次には目を細めて心の底から思っているような声で「なら良かった」と呟いた。
彼に促されるまま席について、朝ごはんを食べる。並べられた料理はどれもこれもオシャレなものばっかりで興味のままに質問をぶつけた。愉快という言葉を顔に貼り付けたまま彼が一つ一つ教えてくれる。
「これは卵黄のコンフィ」
「コンフィ?」
聞き慣れない言葉を繰り返せば卵黄をオリーブオイルやハーブと一緒に低温で火をいれたものだと教えてくれた。
言われたままバゲットに塗って一口齧る。
「……おいしい」
「そう?良かった」
黙々と食べ進めていると、50年間まともに固形物を食べていないはずなのになんで食べられるんだろう?と疑問が沸いた。
しかし、己にかけられた∞の呪いによって一年ごとに体の健康状態がリセットされているんだろうと結論づける。
……∞の呪いなんて、誰にかけられたんだ?
一度考えてしまえば、それは強烈な違和感として思考の海に残り続ける。呪いの存在を知っているのに、なんでそうなったのかが分からない。
るべくんが話していた、ヒーローに関係があるのかな?
そう考えたところでツキリと頭が痛んだ。
こめかみに手をやると、るべくんから名前を呼ばれた。
「イッテツ?大丈夫ですか?」
ハッとして、目の前の彼を見る。
心配そうな顔をする彼と、湯気がたたずさめてしまったであろうコーンスープに罪悪感が沸いた。
「ごめん、大丈夫だよ!気にしないで」
そう言えば、ふ~んとだけ言って、紅茶を口に含んだ。あぁ、彼の優しさを利用してしまったと少し胸が痛む。
ええい、今はるべくんの作ってくれた朝ごはんに集中せねば!という思いで向き直りスープに手をつければ中はまだ熱く、思いっきり舌を火傷した。
本当に大丈夫ですか、と笑われたから阿保らしくなって一緒に笑う。
暖かい穏やかな朝の始まりだった。
食器を片付け、部屋を掃除する。
といっても、汚れなんてほとんどなかったのだが。試しにツーーと指先で棚の上をなぞってみても何も付かなかった。それを丁度るべくんに見られていて嫌な継母?と笑われてしまった。
しかしされどさてと、
「することがないね。」
「鑑定の依頼も50年は閉業してますからね。ヒーローもCOZAKA-Cがいないから見回り程度。つまりは暇です。」
ひらひらと手をふり、ソファーに体重をかける彼におや、と思う。
他人事としか思えないとはいえ、るべくんが50年間のことについて触れるのは意外だった。彼ならば一切触れずに50年前の〈いつもどうり〉にすると思っていたから。
それがどうだ。日常会話にするりと混ぜこんできた。空を眺めていた目を動かし、彼の思考を探ろうとすると見られていたようで目が合う。
「知りたいんでしょう」
キュッと目尻を細めて、いたずらが成功したとでもいうように口角をあげた。
頭のなかを読んだと思えるくらいにその言葉は図星で何も言えないままに頷いた。
「好奇心は押さえられないよね。俺も同じだったから俺はそれを否定できない。」
「誰にでも、知る権利がある。知る機会が与えられる状態ならイッテツの知りたいに俺は答えなくちゃいけない。」
R’Beyehの階段を降りていく。それは地下へと繋がっていた。
こんなところあったんだ、と眺めていたらるべくんの背中が小さくなっていた。慌てて前をどんどん歩いていくるべくんに置いていかれないよう足を速める。
地下通路の最奥には大きな鉄製の扉があった。重厚な南京錠で閉ざされており、アナログなのかと思えば、ピピッと機械音がする。
見れば、るべくんがパネルに手を当てていた。知っている、その作りを。僕は見たことがある。
「忘れたもの、取り戻しにいきましょうか」
差し出された手をとり、扉の奥へ進んだ。
そこには数々の武器とデバイスがガラスケースの中に閉じ込められていた。
「すごいでしょう、妖術でガラスケースの中の時を止めているんです。」
「へえ、すごいね……」
ジッと、ガラスケースの中を見つめる。
大きなハンマーや忍者のような武器、刀と向かい合うように香水瓶やグローブのようなものも目に入った。
けれど、6つあるケースの中に1つだけ空のガラスケースがあった。
あれ、と思いガラスに手を触れる。
「ねぇ、どうしてこれは空なの?」
「……あぁ、見つからなかったんですよね。」
「見つからなかった?……ねえ、そもそもこれの持ち主って」
誰なの、そう続けようとした言葉は紡がれることはなく。グラリと揺れた体が床にぶつかる直前、るべくんの触手が体を受け止めるように視界に映ったのを最後に暗闇へと意識を飛ばした。
暗闇だ。見たことのある暗闇だ。
ならばあの光たちは、と思って闇雲に歩きだす。歩いて、キョロキョロと周りを見渡しながら進めば、遠くに輝きが見えた。
その光に焦がれるように駆け寄ろうとすれば彼らと自分の間には大きな川があることに気がつく。
気にせず歩きだそうとすると、凄い勢いで水色の光が目の前に立ちはだかった。
どうやら怒っているらしい。ギラギラと攻撃的に光る眩しさに目を細めながらごめんねと謝った。数歩下がればふんっというように戻っていったので許されたみたいだ。
「……ねぇ、君たちは誰なの?」
問いかければ先程まで煌めいていた光が弱くなる。その中で黄緑色、どちらかといえば蛍光色のライトグリーンの光がくるりと円を書くように回った。
水色とくっついてくるようにして目の前へ現れる。
いたずらに頬をつねられる感覚があった。きっと彼らは笑っているんだろう。時折強く光る。
また、瞼が重くなる。
「イッテツは絶対的な正義なんだろ」
「テツなら大丈夫、俺が保証するわ」
また暗闇へと引き戻される。
それに抗うように彼らへ手を伸ばした。
いやだ、いかないで、ねえ
「……やだよ」
無意識にでた言葉に息を詰まらせ、困ったように彼らは笑った。
「おはようございます、イッテツ」
薄く目を開ける。差し込む光から地下から上がってきたことと、お昼まで寝ていたことを察した。
先程からズキズキと痛む頭を無視して、無理に起き上がった。声をかけてきたるべくんは読書中だったようで、髪をまとめ分厚い本を手にしている。
「無理やり抉じ開けようとしすぎちゃいましたね。すみません、加減が分からず」
「いや…大丈夫だよ」
それよりも、と窓側に座る彼を見つめた。
「あれの持ち主、ヒーローの皆ってどんな人たちなの?」
なんとなく理解し始めた。あの光はるべくんのいうヒーロー達で、その人たちがあのガラスケースの中身の持ち主なのだと。
失った真実に近づこうとするたびに血管が暴れるように頭痛が増していく。
それでも、知らなくてはいけないのだと遠くから叫ばれた気がしていた。それはきっと50年前の僕なのだと思う。
50年間、腑抜けたまま生きてきたことにけりをつけなければいけない。光輝く彼らをもっと知りたい。
「俺が言ったことなので、知りたいに答えることを嘘にはしません。」
でも、と本を置いてからるべくんは続けた。真剣な瞳と目が合う。
それは優しく、真っ直ぐでただひたすらに僕を思ったものだった。
知るということには代償が必要なこと。先程見せたのは言わば脅しのようなもので、僕が倒れるであろうことを分かっていたこと。
分かっていて、それでも知りたいのか僕を試したこと。
知らずに生きる道でも神もるべくんも怒らないこと。全ての僕の選択を許容すること。知らずに生きる道のほうが絶対に歩きやすいこと。
きっと全てを取り戻したとき、僕が酷く苦しむこと。
全部、教えてもらった。
「それでも、知りたいですか。」
「知りたいよ」
即答だった。悩むことなんてなかった。
煌めくあの優しい彼らを知りたい、忘れてしまった大切なことを取り戻したい。
ねえ、ヒーローって何?大変なことはあった?何が嬉しかった?
好きな食べ物は?何歳なの?声色は?仕草に癖とかあった?
僕は彼らをどう思っていた?
「知りたい。苦しくても、きっと大切なものだから。」
真っ直ぐな瞳に返すように見詰めると、分かりましたとだけ言って、対面の椅子へと座り直した。
そして、腕を持ち上げたかと思うと空に突然現れた宇宙みたいな穴へ手を突っ込む。そこから大事に抱えて彼らの持ち物を取り出した。
ガラスケースの中と自身の宇宙を繋げたのだと出しながら話してくれた。
広いテーブルに置かれた〈遺品〉
それは自分の持ち主の役に立つのを今か今かと待っているように光っていた。
ハンマーの持ち手にみえる少し乱れた手の後。クナイについている麻糸の先がほどけている。刀の先が少し歯こぼれしていた。
ガラスケース越しでは新品みたいに綺麗に見えた武器たちはその至るところに戦いの証を残していた。最後まで諦めることなく戦い抜いたその主の心を表すように。
香水瓶は中身がなかった。それによく見れば縁がひび割れている。グローブも部品の至るところに細かいヒビがあった。
強く触れたら壊れてしまいそうなそれにるべくんの時を止めていたという言葉を思い出す。彼らの生きた証が壊れてしまうことがないよう保管していたのだ。
どろ、と鼻から流れ出した血がつかないよう慌てて手で押さえた。視界がグラグラと揺れる。それが涙なのかなんなのかさえ今は分からない。
ただ無意識に名前を呟いた。
「……ヒーロー、」
脳が重い不可に耐えるように意識を飛ばそうとする。それでもこれ以上目をそらしたくなくて唇を噛んで前を向く。
覚えている、覚えている、知ってる。
だって、僕はずっと隣で見てきたんだ。
「起きてくださいね、待ってますから」
るべくんにそう言われ、ようやく抵抗せず意識を飛ばした。ああ、きっと暗闇を見るのもこれで最後だと思いながら。
「テツこれからは自分で起きるんだぞ」
声がした。赤色の光が一等眩しく煌めく。隣に並んで彼が腰を下ろした。
「安心しろよ、イッテツはちゃんと強いから」
紺色の光が満月みたいに辺りを照らした。
「佐伯、ず~っと僕らは友達や」
ふわりと深緑色に光る。
見渡せば、赤もオレンジも水色もライトグリーンも、みんなが周りにいた。
暖かくて、日溜まりの中にいるみたいだった。雑に話して、変なところで笑うこの空間が大好きだった。
「テツ」
「……りとくん、」
「イッテツ」
「テツ」
「ライくん、マナくん 」
「テツ」
「イッテツ」
「佐伯」
「ウェンくん、ロウくん、カゲツくん」
最後の方はまともに発音も出来なかった。ただひたすらに彼らの名前を呼ぶ。
思い出した、彼らの名前を。
……いや、違う
本当はずっと覚えていたんだ。忘れたことなんてなかった。
ただ僕が弱かったから、忘れたフリをしないと生きていけなかったから、今の今まで嘘をついていた。
「ごめん、ごめんなさい」
思いを吐き出すみたいに溢せば、光に抱き締められた。キラキラとしていて暖かい。
そうだ、そうだ全部覚えている。
あの日を、50年前のあの日を。
ヒーローの活躍もあり、年々確実に数を減らしてきていたCOZAKA-Cが一気に都市部へ襲いかかってきた。ガッカリポイントなんて可愛いものじゃない絶望が日本に広がっていた。
「どうなってんだよ!!!」
悪態をつきながら壊滅した都市を駆け回る。大規模なCOZAKA-Cの攻撃ではあったが、ライくんの機械やヒーロー本部からの冷静な指示もあり、初動に大きな混乱はなかった。
市民の避難を 重視して動いたため、怪我人は多いが死人は出ていない。奇跡のような状況は一重にヒーローたちの活躍によるものだと誰もが口を揃えた。
リトくんは、一睡もせずにCOZAKA-Cを倒して回っている。ウェンくんは僕が一番火力を出せるからとより大きなCOZAKA-Cの方へ走っていた。マナくんは最初の攻撃の中心にいたこともあり、本部の人と言葉を交わしながら飛び回っている。
西よりも東のほうが被害が大きい、と西からDyticaの皆も応援に駆けつけてくれた。
それでも、戦況は大きくは変わらずジリジリと体力だけが持っていかれる。
僕も確実に攻撃を当てられるよう全力で一匹、間髪いれずにまた一匹と数を減らしてした。
皆がここからは耐久戦だと、足場を固め直そうとしていたときに、それは起こった。
「……え」
都市一つを吹き飛ばすくらいの大爆発。
東の探知能力機械を持ってしても事前に気がつくことの出来なかったそれは一瞬で辺りを更地にした。
僕はそれに巻き込まれて、頭を強く打って、皆が戦っているなかで呆気なく死んだ。
次に目が覚めたとき、世界は地獄へと変わっていた。周りには鉄骨すらもなくて、灰と辛うじてわかるビルの山があるだけだった。
無線も壊れていて、状況を把握せねばと走る。走って、走って、走って。
見覚えのある、白い髪を瓦礫の下で見つけた。無惨にも僕も優秀なデバイスは彼の状態をゴーグルへ表示する。
〈叢雲カゲツ〉
その文字列を見た瞬間、飛び出していた。
「カゲツくん!!」
名前を叫べば、彼は小さく呻いた。それに安堵して何とか瓦礫から出そうと視線を彼の体の方へ持っていく。
けれど、そこには繋がっていない足があった。いつも軽々と木々の上を走り、音もなく近付く自慢のそれが落ちていた。
「……さい、き」
瓦礫から出さないと、と周りのアスファルトを退かしていた手を出た弱々しく握られる。手を止めて、オッドアイの瞳を見た。
「すまん、やらかしたわ。蛸にわらわれるな」
「……カゲツくん、医療班がいるはずだから、ちょっと遠いけど僕が担げば」
僕の言葉を止めるようにカゲツくんは笑った。そして、ゆるゆると首を降る。
分かっていた、彼のほうが実践経験が多いけど流石に僕も分かっていた。
「佐伯、ず~っと僕らは友達や」
最後の息を吐くみたいに一言言い切って、目を閉じた。重ねられた手にはまだかすかに体温が残っている。
ゴーグルは彼がもう手遅れだということを冷酷にも知らせた。
緩やかに微笑んだまま、カゲツくんは死んだ。
フラフラと歩いているとちらほらと逃げてきているCOZAKA-Cが見えた。
一匹も残さずそれを倒す。
COZAKA-Cが逃げてきていた先にはロウくんがいた。その目はさらに巨大なCOZAKA-Cを遠くに見ていた。
「イッテツ、お前はウェンのいる南へ行ってくれ」
目が合わないまま、そう言われた。
「カゲツの気配が消えた。次に倒れるとしたらバカ火力ででかいの吹っ飛ばしてるウェンだ。そこに向かってほしい。」
嫌な予感に口を開く。
「……ロウくんは一人で行くの?」
首だけで振り返り、満月の瞳がこちらを捉えた。穏やかにゆるりと口角をあげる。
「お前にナイフの使い方教えたのが誰か忘れたか?無用な心配ってやつだよ」
あぁ、最悪な形で予感が当たってしまった。
髪をなびかせながらロウくんは低く刀を構える。抜刀、と低く呟いて刀を振れば遠くのCOZAKA-Cが真っ二つに切れた。
呆然と見つめていれば、早く行けというように手を降られる。
「安心しろよイッテツはちゃんと強いから」
その言葉を背にして、走り出した。
気をつけてと言いたかった。帰ってきてねと言いたかった。それでも、その言葉が仲間を失い激怒している誇り高き白狼の剣士を侮辱するように思えて飲み込んだ。
走る。走る。走る。
ウェンくんのいる場所にたどり着いたとき、ウェンくんはもう見たことのある彼じゃなくなっていた。
恐竜のような爪、鱗、見たことのないスピード。ああ、聞いたことがある。あれはデバイスの出力上限を大幅に越えたときになる暴走。ビーストモードなんて呼ばれるものだ。
圧倒的な力を得る代わりに本人の意識がデバイスと混ざっていく。
飛びかかってくるCOZAKA-Cを倒しながら、デカイのと戦っているウェンくんを見た。
彼は瞳孔を開いて、表情を削ぎ落としていた。ウェンくんはそんな顔をしない。確実にビーストモードに飲まれている。
「……ウェンくん」
ただひたすらに目の前の敵を見るウェンくんはなんだか酷く苦しそうで、悲しそうだった。その姿にああ、と思った。
やりかねない。優しい彼ならば、いとも簡単にやってしまえるのだろうと。
ビーストモードのセーフティ解除。
暴走する前に変身が解除される機能を自分自身で壊したのだ。長時間稼働する不可についていけず、デバイスはそのまま暴走していく。
優しくて、人のためを思うと自分のことなんて気にせず行動する彼のすることだ。きっと、覚悟を決める時間すらも無視したんだろう。
「どうして、」
口からぽつりと溢れた。
∞の呪いを受けた僕とは違って、ウェンくんは正真正銘の21歳だ。そんな彼が、どうしてそんな自己犠牲をしなくちゃいけない。
カゲツくんだってそうだ。死んでいいような年齢じゃなかった。ロウくんも、死ににいくようなことをする馬鹿じゃなかった。
「バカだ、バカだよみんな」
ボロボロと涙で視界が歪む。
なんでそんなことをするんだろう、なんで皆はそんななんだろう。
分かってる、皆がヒーローだからだ。
ヒーローだから、あんなことができるんだ。
暴走して、どんどん姿が変わっていくウェンくんの前で僕は邪魔に思えた。
きっと今は敵と味方の区別もつかないだろうし、ウェンくんから攻撃をもらうなんてそれこそ馬鹿の役立たずだ。
振り返らないように足を踏み出して、彼の狩場から離れた。後ろから恐竜の咆哮が聞こえる。
「テツこれからは自分で起きるんだぞ」
避難所で一瞬すれ違ったとき、もらっていた言葉を思い出す。そのときは本当にママになった?なんて思ったけれど、きっとその時から彼はこの戦法をとると決めていたんだなと理解した。
混乱の中、たった一人で相談もせずに。
恐竜が叫んだ。敵の首をとったことを知らせるように、二度と目覚めぬ別れを伝えるように。
「テツ!」
COZAKA-Cの群れを相手して、低く構えナイフを振るっていたとき声をかけられた。
見ればライくんとマナくんがこちらへ向かってきている。
最後の一匹にトドメを刺して、そちらを向いた。
二人とも、もうボロボロだった。
マナくんは辛うじて立っているという様子で、ライくんもどこか焦点が合わずふらついている。
二人とも率先して情報を集める役割だった。デバイスを使用しながらのそれは酷くこたえるだろう。
「ごめん、COZAKA-Cはあともう一踏ん張りってところなんだけどさっきの爆発から戦力の把握が出来てなくて…」
「知っとることがあったら、教えてほしい」
疲弊しているがまだ諦めてはいない、強い火が目の奥で光っていた。
これから伝えなくては行けないことを思い、視線が下へ落ちる。
それでも、感情を伝えないように平坦な声を意識する。息を吸い込んだ。
「爆発による叢雲カゲツの死亡を確認、小柳ロウは単独で危険度6のCOZAKA-Cに向かった地点は西のE地区あたり。赤城ウェンはビーストモードに入っていて、多分もう意識を取り戻すことはない。」
カシャン、とマナくんがレイピアを取り落とす音が聞こえた。ライくんが本当に意味が理解できないというように小さく声を漏らす。
「なに、カゲツ、え?」
じくじくと心臓が痛んで、立っているのかも曖昧になる。そんなこと絶対にあり得ないと分かるけれど、二人からお前は何をしていたんだと責められているような気がして、そんなことを考える自分にも吐き気がした。
数分、いや一秒が命取りになるこの状況で二人がそんな時間をとるはずはないのだけど、それくらいに思える時間。
ライくんがハンマーでドンッと地面を叩く。マナ、イッテツ、と名前を呼ばれた。
「戦うよ、俺たちはヒーローなんだから。」
「緋八マナ、レイピアを握れ。まだ終わってない。カゲツの術で俺らは今生きてるんだ。」
強い、あまりに真っ直ぐな声が届く。マナくんも呆然としていた自分に渇をいれるように頬を叩いてレイピアを構え直した。
カゲツくん、最後まで人を守ったんだ。
その事実にまた鼻の奥がツンとしたけれど、グッと飲み込んで前を見た。
ボロボロだった。二人とも。
無理やり立って、引きずるみたいに足を動かしていた。胸に抱えた絶望を悲しみを全部全部隠し通すことを理由に息をしているみたいだった。
俺は、皆のスーパーヒーローだ。
誰に伝えるようでもなく、自分に言い聞かせるみたいにしてライくんが言う。
ナイフを構え直して僕も歩き出そうとすると、芯のある声と激怒と悲しみを宿した真っ赤な瞳に止められた。
「イッテツは絶対的な正義なんだろ」
自分の立っている場所を教えてもらった気がした。泣きそうなのを隠して、力強くうんと返す。
マナくんが近付いてきて、そっと僕の肩に触れた。
「テツなら大丈夫、俺が保証するわ」
ニコッと痛々しい顔で笑う。同期の皆が大好きで、無線のたびに心配の一言を添えていた彼の心が休むことを許さないこの世界が嫌になる。またね、とは言わなかった二人にこれが最後になるかもしれないと暗に言われた気がした。
ただひたすらに二人の無事を祈って次へと向かう。
走る、切る、避ける。
単純な動き、基礎の基礎を固めたほうがお前は強くなれると教えてくれたのはロウくんだった。ヒットアンドアウェイを繰り返して敵を倒す。
どこで溜めて、どこで重く衝撃を伝えたほうがいいのかはカゲツくんから教わった。
戦って、戦って少しも逃がさないように目を光らせながら。
ふいに、体の重心がずれた。
溜まった疲労と、残機使用のせいだ。少し怪我をするたびに自分で残機を削って回復していたが、そんなに連続して使っていたらおかしくなるのも当然である。
あっ、と思ったときには膝が折れて頭上にCOZAKA-Cの攻撃が迫っていた。
残機の残りはいくつだったかなと考えて、動かない体から意識を反らした。
鋭い爪が切りかかってくる。
雷鳴が轟いた。
「……えっ」
焼け焦げたCOZAKA-Cが地面へと落ちる。
バッと音の発信源を辿れば、リトくんが横たわっていた。キリンちゃんが胸元にのり、涙を流しながらポカポカとリトくんの体を叩いている。
眠るみたいに、目を閉じていた。
どっと嫌な汗をかいて、痛みも疲れも全部置いて駆け寄る。
「りっ、リトくん、リトくん!」
手を伸ばそうと思って、直前でいやこういうときは揺らさないほうが良いということを思いだし引っ込めた。
心臓に耳を当てる。弱い。
生命力の塊のような男の脈が消えかかっていた。
「リトくん、なんでうそ」
心臓マッサージとか、そんなレベルじゃないことが触る皮膚の冷たさから伝わってくる。何度も雷をぶっぱなしたのか触れた瞬間ピリッと帯電した静電気による痛みが走る。それでも、彼はピクリともしなかった。
「なんで、助けたの。死にかけじゃん、おい!起きろよ!なんでっなんで!!! 」
ウェンくんが退治していたCOZAKA-Cに比べれば小さいけれど、それでも大きさのある敵だった。ソイツを一撃で焼き倒したんだから、相当の力があったはずだ。
そもそも、リトくんは拳から電気を伝わせて相手を倒すのだ。雷は体力の消費が激しいから使いどころを見極めていると彼は過去に言っていた。
「残機あるから、君が生きなきゃ、だって、ねえ、だって」
さっきから猫の鳴き声がしないのは気がついていた。僕ももう後がない。けれど、それを目の前のコイツは知らないはずである。僕を助けなければ、まだ助かったかもしれない。
「……やだよお、リトくん…」
ぼた、ぼたと涙が彼の顔へ落ちる。フェイスマスクに触れた水滴がジュッと音をたてて蒸発した。
「……な、くなよテツ」
すきま風みたいな変な息づかい、暖かくていつも聞けば安心する声が聞こえた。
思わず握っていた手に力をこめる。けれども、それは依然として冷たいままで握り返してくれることはなかった。
「…ないてないよ」
引き留めることは叶わないことを知って、その手を離した。代わりにキリンちゃんを彼の頬のあたりにのせる。小さな彼の相棒が君の言葉を聞き逃すことがないように。
頬にのったキリンちゃんは何を言うでもなく、ピトリとその体をリトくんの頬にくっつけた。いつも拠点で寝るときにしている光景と一緒だった。
じゃあ、と掠れた声が届く。
「泣きそうにすんなよテツ、かっこいいヒーローなんだろ」
「……うん」
キリンちゃんの体が、ゆっくり光に溶けて消えていく。契約者のリトくんと一緒にいってしまった。最後の光の粒が消えるまで、それを見つめていた。
どうして、こんなことになったんだろう。
どうして、優しい人が死ななくちゃいけなかったんだろう。避難所には混乱に乗じて人の物を盗む奴等がいた。こんな非常事態でありながら私利私欲のままに動こうとする愚図がいた。
その人たちは、ヒーローに守られて避難所で息をしている。
大勢のヒーローが死んだ。
一緒に訓練したやつや、時々喫煙所で会うやつらもみんなみんな死んでしまった。
カゲツくんとは、まだ一緒にゲームをする約束を果たしていない。お菓子を持ち寄って、ゲームのあとはラーメンを食べる予定だった。それがまだできてない。
ロウくんにはまた戦い方を見てもらうつもりだった。僕が自己犠牲の戦法ばかりをとって周りに迷惑かけていたとき、それを戦術面から叱って正してくれたのはロウくんだった。
心配の言葉さえも変に受け取って、何をしたらいいか、ヒーローをやめようかとも思っていたとき、戦術面から指摘してくれたことで僕は救われた。
ウェンくんは、この間唐揚げを作ってくれたときにまた今度作るからね、と言っていたのだ。ウェンくんがいなくちゃ、それは出来ない。
ライくんには壊れた無線を見てもらいたいのに。ライくんの機械を扱う手を見るの、存外好きなんだ。一つ一つ丁寧に触ってテキパキと動いて、最後には小さくできたって呟くところまで含めて大好きなのに。
マナくんに怒ってほしいな。僕が残機を使って一番怒るのはマナくんだった。泣きそうな目でどれだけ僕を大切に思っているかを伝えてくれた。怒られるのは嫌いだったけど、マナくんの言葉は本当は全部優しかったから、僕を貶して責めるなんてことなかったから。
リトくんとまだまだ、話したいことたくさんあるのに。
ああ、誰もいないみたいに静かだ。
あれが最後のCOZAKA-Cだったのだろうか。恐竜の咆哮も、風さえ切る太刀筋も、無線に届く冷静な声も、飛び回る白い影もなにも見えない。
雷も最期に光って消えてしまった。
「……あぁ、あ、あああ」
どうして、こんなことになったんだろう。
大好きな人ばかり死んでしまう。
ねえ、そこの紫髪の蛸のヒーローさん。教えてよ。
「……おはようございます。イッテツ」
薄く目を開ければ、特徴的な紫髪が目にはいる。控えめに告げられた挨拶に返す気に慣れず、ぐったりと膝を抱えた。
光を、音を遮断する。
抱えた腕の中にはまだ暖かい光の感覚が残っていた。
「……死んじゃいたい」
ガスガスの喉からでた言葉は本当に無責任なものだった。皆に会いたい、と言い換えればるべくんは小さく笑う。
「言うと思った。50年前も同じように聞かされましたから。」
ふよふよとるべくんのオトモが寄ってくる。じっと宇宙を飲み込む顔を覗かせた。
ゆっくりと、るべくんが動くのが分かった。
「……ねえ、やっぱり記憶食べてあげようか。意識はイッテツのものがあるように加減はするので」
提案。頷いてしまえば、苦しい気持ちも悲しい記憶もなくしてしまえるんだろう。彼自身が宇宙の蛸に記憶を食べられたように。
彼の知識欲に対する代償は彼の保持した記憶だったが、僕はどうなんだろう。
この真っ暗闇みたいな気持ちが代償なら、それは意地が悪すぎるように思う。
「意識があったとしても、皆のことを忘れてるのは佐伯イッテツにはならないよ」
脳は嫌なことをしっかりと記憶するというのをどこかの文献で読んだことがある。でも、心がぶっ壊れるくらいの絶望を前にしたらその記憶には蓋をしたほうがいいと判断したのだろう。それにはきっと僕の脳だけじゃなく、デバイスも加担している。
だから50年間も、彼らのことを忘れたのだと勘違いしていた。
皆に会いたいという記憶があったから、自殺未遂を繰り返していたというのに。
「ねえるべくん、なんで海で起きたんだろうって思ったんだけどさ」
彼が隣に座って、僕の言葉を待つ。周りに騒がしい彼らはいなくて、涙が落ちるおとだけが響いていた。
「海にさ、綺麗な星が映ってたんだよね」
「……星?」
「そう、しかも6つね」
海面の揺れで姿を変えながらも、6つの星がキラキラと輝いていた。それを追い求めるように海へ海へと入っていってたんだっけな、とつい昨日の出来事を思い出した。
もしかすると、空に近い屋上に行ったのも、真冬の川に飛び込もうとしたのも同じ理由かもしれない。
ただひたすらに、彼らに会いたかった。
「人間、死んだら星になるとか聞きますからね。その辺で光ってても不思議じゃないです。」
個性しかないやつらだったから、めっちゃ眩しいかも。
笑って話しているはずなのに、るべくんの声は震えていた。さみしいね、といえば素直にうんと帰ってくる。
Dyticaといるときはこんな感じじゃなかったよな、とふと思った。彼も随分と無理をしていたらしい。これからは迷惑をかけないようにしようと心に誓った。
キラリ、と皆の武器やデバイスが光った。窓の外を見れば真っ暗闇に光る星々の光が反射したのだと気がつく。
机の上にある空っぽの一ヶ所をなでた。キリンちゃんはリトくんと一緒にいたんだろうか。会えたのは光だけだったから、胸元にでもいたのかなと考える。
そうだ、みんな光っていた。
眩しい僕のヒーローだった。
ふいに、貝殻の中からは大切な人の声が聞こえるなんていう話を思い出した。
脳が記憶をうんたらとか人が星になるとか、ネット知識を思い返していたからかもしれない。
そういえば肌身離さず持っていたあの貝殻に、そっと耳を当てた。
なにしてるの?と聞いてきた彼に人差し指を口に当てて静かにさせる。疑問符を浮かべながらも黙った彼に微笑んでからゆっくりと目を閉じた。
波の音が聞こえる。ザァァと聞き覚えのある音。その中に、うっすらと大人数が笑うような、暖かさを感じた。
都合の良い幻聴かもしれない。情緒が狂った末の妄想かもしれない。けれど、それでよかった。僕の光は今も記憶の中で消えることなく輝いているから。
「るべくん、さみしいね」
「…さみしいね、いってつ」
彼の真珠貝みたいな目からはらはらと落ちていく涙を拭えば、おあいこだというように目元を拭われた。
それがなんだかおかしくって、二人して笑う。
賑やかさも、暖かさもない不器用な笑い方だったけど、少しだけ冷たくはなかった。
「皆の大切な物、しまいにいこう」
「ええ」
立ち上がって、僕はウェンくんのとマナくんのを手に取った。ぶすっとした目線を感じて目を横にやれば、刀とハンマー、それにクナイとかを持ったるべくんがいる。
ごちゃごちゃして、大きな武器を抱えるるべくんがツボにクリティカル決めて、酸欠になるくらい笑った。そのあと足を蹴られた。
Dyticaの分は仕方なく2往復してガラスケースへと戻した。南京錠は外して、ライくんが作ってくれた認証システムだけにするらしい。
解除方法を教えてもらった。るべくんはいつでも降りて、見に行って良いよとも言ってくれた。
それから夜ご飯を食べて、歯磨きをして、ベッドに入る。
「おやすみなさい、イッテツ」
「うん、おやすみるべくん、また明日」
閉めかけた扉を少し戻して、また明日を約束してるべくんも部屋へ行った。
暗い部屋のなかで一人になる。
また潤んできてしまった瞳を目一杯開いて、それを誤魔化す。リトくんに言われたんだ。いつまでも泣き虫じゃ笑われる。
それでも寝付けなくて、カーテンを開ける。光輝く星が眩しいくらいに瞬いていた。
「おやすみ、皆」
きっと彼らの夢はもう見られないだろうと思って、目を閉じる。
それは悲しくて、どうしようもなく孤独を感じてしまったけれど、同じように悲しい一人と星の光が導いてくれるからゆっくりと眠れる気がした。
さあ、明日は何をしようか。
早起きをして朝ごはんを作ってもいいかもな。多分るべくんほどオシャレには作れないけど。
あ、いやそれよりもまずは
……おはようを言わなくちゃ。
「おはよう!るべくん」
「おはようございますイッテツ…って流石に寝癖やばくない?」
「だはは!やっぱりそう思う? 」
「まあ目立つほどではないし、時間たてば直るんじゃない?」
制服に身を包んだ黒髪の青年と紫髪の青年が笑って話している。いつもの日常だった。
しかし、大きな音をたてて教室の扉が開かれる。薄暗い教室に朝日の眩しい光が差し込んだ。
「いや!テツの寝癖は強敵や!!!ウェン、ヘアアイロン貸してくれ!!!俺が直しちゃる!!!」
金髪に水色のメッシュが入った青年が叫んだ。大袈裟に音を立てながら二人の元へ近付いていく。
「え、ウェンっていつもヘアアイロン持ってきてるの?」
それに続くようにぞろぞろと生徒が教室へ飛び込んできた。黒髪にライトグリーンのメッシュが入った青年が、驚いた様子で赤髪の青年の方をみる。
「いや、僕も流石にいつもは持ってきてないけどね?スクバ重くなるし、はいマナヘアアイロン」
「流石やウェン!テツの寝癖!覚悟しい!」
ぐわーと悲鳴をあげながらイッテツは引きずられていった。星導はそれに苦笑しながらもひらひらと手を降った。
その様子にココッと特徴的な笑い声が聞こえる。オレンジ髪の青年がキリンのマスコットをパーカーの胸元にいれながら爆笑していた。ちなみにマスコットと言っているが普通に生きている。今だってリトをみてキリンちゃんもニコニコと笑っていた。
普通に謎。
「なんで持ってきてる日があるんだよ」
いつの間にか机に座っていた紺色の青年が呆れたように言う。本当にね、と星導が返せば小柳はふっと鼻で笑った。
遅れてドアから白い頭が覗く。
「なんや、佐伯襲われとるん?」
「カゲツくん!!!」
それを見て、佐伯はパッと顔を明るくする。そしてすぐに助けてくれ!とカゲツの足を掴み泣きついた。
「マナに寝癖直されてるんか」
「そうなんだよ!助けてくれよカゲツくん!友達だろ!!!」
「ええ~友達やけど寝癖はなあ」
あっさりと見捨てられた佐伯はそんな!と言ってから大人しくマナの元へ帰っていった。
しょもしょもとなってしまったイッテツを慰めるようにウェンが口を開く。
「あ、テツこないだ約束してた唐揚げ作ってきたよ」
「うそ!本当に!?」
「え、それ俺も食べたい」
「デケエメンズが食い尽くす量はないかもねー」
ひっでえ、とリトが笑う。八人分はないかもだけど昼休みに皆で食べよーとウェンが言ったので遠慮なく頂くことにした。
暖かい風が吹いて、髪が揺れる。
イッテツはカゲツとゲームの約束や小柳くんへテスト範囲の確認をしたりとマナの下で自由に話している。
マナも手を動かしながらライと先週の音楽番組について話していた。
リトがウェンと今日の行事について文句を言って、キリンちゃんがまだ眠いのかあくびをしていた。
自由だな、と思う。ちょっと個性的すぎやしないかとも。
ふと、忘れていたことを思い出して、口を開いた。大切なことだとは思っているけど、やっぱり気恥ずかしいから努めてなんでもないように言う。
「おはようございます。」
七つの視線がこちらへ向く。顔を見合わせたあと、各々笑顔を浮かべておはようを返した。
教室に置かれた貝殻がキラリと光る。
騒がしい教室が、眩しくて目を細めた。
「あっ!るべくん!プリント出しにいくからついてきて!」
その声にそちらを見れば、先程まで談笑していたのが嘘みたいに慌ててイッテツが走り出そうとしていた。
他の奴らは薄情なようでいってらーと手をふっている。
仕方ないな、と立ち上がってその背を追いかけた。