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1. 11歳の涙
パクノダの死をクラピカから聞いた夜、クロロは一人、静かに故人を思い出していた。
余白の目立つ閑散としたアパートの窓際に座ったクロロは、窓枠に重ねた両腕の間に顎を乗せ、ヨークシンシティの街並みを見下ろす。
アパートの2階から見える景色は、所狭しと並んだ雑多な背の高い建物と、その間を縫うように這う車道と裏路地へ続く歩道。等間隔に並んだ街灯は、夜空の星を犠牲にして、この地区の治安を守る役割を全うしている。
時折通り過ぎる車の音と、遠くから聞こえるクラクション。誰かがひとり、歩いている足音。
しばらく冷たい夜風に髪を撫でられながら、それを聞いていたクロロは、緩慢に頭を振り、両手で窓枠を掴みながら立ち上がった。
やっぱり喧騒が欲しい。
クロロは唐突にそう思った。
今日の夜はあまりにも静かすぎて、友の死を偲ぶのに適しすぎる。
窓を閉めたクロロは、椅子にかけていた深いカーキ色のジャケットを羽織り、部屋の外へ出る。11月の深夜のヨークシンシティは、この上着だけではもう肌寒さを感じるほど冷たい。
とりあえず、もう少し喧騒ノイズが欲しいのだが、眠らない街の繁華街まで行くには少し遠い。
どこかに適当な呑み屋はないかな。ちょうどよく小汚くて、場末感のある感じだと尚良し。と思いながら、人通りの少ない道をぶらぶら歩いていたクロロは、数ブロック先にある建物を見つけて、目線を上げた。
今日の昼下がりに会った、金髪のマフィアの所属する事務所、ヨークシンシティにある、ノストラード=ファミリーの支所だ。
クラピカを挑発するために、あえてこの近さまで自分の居所をうつしたのだが、今日のクラピカからは、何かを仕掛けてくる気配は全くなかった。「蜘蛛へ喧嘩を売るな」と釘も指したし、ここにいる意味ももうない。そろそろ引っ越そうか。などと考えていると、事務所から数メートル手前の向かい側の通り沿いに、煌々と明るい飲食店があるのを見つけて、クロロは眩しいものを見るように目を細めた。
車の通りのほとんどない深夜、車道へふらりと道を外れたクロロは、そのまましばらく車道を歩き、反対側の歩道へ渡りながら、店へ向かった。
※
その店は、まさにクロロが欲していた心地よい喧騒に溢れていた。描いていた理想の酒場よりは少し広めで、場末の小汚さが足りないが、小洒落た感があまり無いのがいい。
「ちょうどこれくらい雑多さが欲しかった」とカウンターの片隅で、酔客達の緩んだ会話を、と聞くともなしに聞き流しながら、一人グラスを傾けた。
どうせ何を飲んでも酔わないし、今日の目的はお酒を飲んで酔うことではなく、酒場と酔いの回った人の醸し出す、どうでもいい感じを味わいに来たので、バーテンダーに「適当で。俺が全部空ける前に、次頂戴」と不遜なオーダーをして、出されたものを、出されるがままに飲んでいた。
小一時間ほどそうしていると、クロロの座るカウンターから少し離れた斜め後ろの席から、不穏なワードが聞こえてきた。
抗争、
取り囲まれて、
全滅、
ーーノストラード。
そりゃそうだ、とクロロはほとんど味わうだけのグラスを傾けながら、後ろの客に意識を向けた。
ノストラード=ファミリーの事務所と目と鼻の先の飲み屋なんだから、その構成員がいるのはごく自然なことだ。だけれど不思議なことに、物騒なワードを連発しているにしては、卓の雰囲気は明るく、時折笑い声さえも聞こえる。
耳がどうしてもその会話を追っていることを自覚したクロロは、両手で顔を覆って溜息をつき、降参することにした。
この空気感を、自分はよく知っている。蜘蛛の盗みの後の打ち上げの空気だ。どんな戦闘だったかを和気あいあい語り合い、時にヘマをした仲間を揶揄る、不謹慎極まりない飲み会の空気。
その空気に自分は触れたいらしい。
「その話、俺も聞いていいですか?」
物騒な話を楽しそうにしていたのは、3人組だった。
一人は年嵩で、短髪に白髪が混じっている、目が大きくくりくりとしている男。
二人目はその男と同じくらいの年の、物静かなで小柄な初老の男。
三人目は、無精髭を生やし、栗色の前髪でほとんど目が隠れている若者だった。
目の大きな方の初老の男は、がっしりとしていて、ややお腹がでている。もう一方は小柄で華奢な印象を受ける体型だったが、どちらも筋肉に裏打ちされている体だ。一日中肉体労働をしていても平気だろうとクロロ見た。
もう一人の若い男は、ひょろりとした体型で、左右の身体のバランスが悪い。おそらく下肢のどちらかに障害があるのだろう。
「あ?お前カタギか?カタギが興味本位で聞いていい話じゃねーぞ」
目の大きなガタイのいい方が、そう言ってきたが、酔いも回って上機嫌なのは間違いない。そう言いつつもオーディエンスが増えるのは嬉しそうな様子だった。
「大丈夫、カタギではないです」
「おいおい、カタギじゃないっつーのは、全然大丈夫じゃねーんだからな!引き返せるんなら引き返せ。どこの組のモンだ」
「半島から逃げてきたんで、今はフリーのヤクザもんです」
フリーのヤクザもんって、なんだそれ、と若い栗毛が笑ったが、年嵩の2人はいい顔をしなかった。
「落とし前はつけたんだろうな?」
小柄な方が、神経質そうな目でクロロを睨みつけたので、クロロは「もちろん!」と慌てて首を縦に振った。
半島、とはマフィア発祥の地ともされる古い都市を指す隠語だった。ヨークシンに根を張るマフィアは元々は半島からシノギを求めて移民となった者たちが起源だ。
そして、マフィアのファミリーは、一度入ったら二度と抜けられない。
抜けるとすれば、それ相応の代償をボスに払わなければならない。それを「仁義を切る」とか「落とし前をつける」と表現した。
「落とし前はつけたんですよ……。ほぼほぼつけ終わってたのに、最悪のタイミングで同僚がボスを裏切っちゃって。
「裏切りモンが他にもいるだろう!」っつって、疑心暗鬼になったボスが、組の奴ら全員を締め上げはじめて、組抜けの件がウヤムヤになりました。
そっからボスがますます意味わかんなくなってきちゃって、逃げてきたんです。その組、今はもうなくなっちゃいましたけど」
クロロは、10代の頃潜入していたとあるマフィアでの出来事を語ってみた。言ったことに嘘は全くない。本当にあったことだ。
ただし、同僚が、組を裏切るように仕向けたのは、クロロだし、その後、さも複数の裏切り者がいるかのように演出したのもクロロだ。あとは、ボスが疑心暗鬼になっていき、組織が内部から自壊していくのを、丁寧に、丁寧に、なぞるように導いてやりながら、沈みゆくファミリーを眺めていた。
「よくある話だ」
と目の大きなガタイのいいほうが鼻で笑い、小柄な方もあざ笑いながら、グラスを煽った。
「馬鹿なボスだな。締め上げたところで、裏切ってなかった奴らの反感買って味方を失うだけだろう。逃げてきて正解だな」
若い方は、栗色の長い前髪の間から除く瞳を好奇心で光らせている。「半島のマフィア」の話しが珍しいのだろう。
「やっぱり伝統ある組は大変だなぁ。ノストラードは出入り自由だよ。あ、一応なんか契約書?みたいなのは書かされるけど、むしろ入る方が難しいし。紙切れ1枚でいつでも抜けられる。面と向かって組抜けるって言うのが気まずい場合は、メールフォームの送信でもオッケー」
「メールフォーム?」
目を丸くしたクロロに、老人2人が頷く。
「去る者追わずだからな、今の若頭は」
「まったく、メールフォームに入力して組み抜けできるなんざ、俺には理解できん。退職代行かよ。ひと昔前では、簀巻きにされてパソドン川に流されたって文句言えねぇぞ。なめくさったマネしやがって。ボスがこれを許してるのが信じらん」
「「組に入れ」とも「仁義切って抜けろ」とも「抜けるな」とも言わないですからね、あの人は。連絡さえちゃんととって、言われた時間に言われたコトこなせば、あとはマジで自由ってか、放置?」
「変わった……、珍しいファミリーですね。その若頭ってのは、だいぶマフィアの常識から外れているというか」
クロロはすっとぼけて言った。
ノストラード組の若頭が、クラピカであることなど、分かっている。
だってまさか、「ああ、ノストラードの若頭?知り合いですよ。関係性?そいつが受付嬢姿の時に、鎖で縛られて、拉致られて、車内で殴られまくったあと、荒野に放置されました。今もこの胸には、その時に刺された鎖が残ったままです。」とも言えないだろう。頭おかしい奴認定されるだけだ。
それにしても、殊更に皮肉を込めて、あの夜の出来事をまとめてみると、なかなか誤解を深める文面になった。言葉のチョイスって結構大事だ。
「ハンターだからな。それまでマフィアの世界にいたわけでもないし。今年雇われたばかりだから、素っ頓狂な事を当然のように押し通してくる。
「マフィアは非合法な商売をしなくてはならない、などという決まりでもあるのか?ないだろう?ならば、今後、ノストラード組は合法のシノギしかしない。納税もする」とか言って古参のリンセンを呆れさせていたよ。
「非合法な活動をするから「マフィア」って名乗ってるんであって。非合法な活動をしないシノギはただの「会社」だ」って、リンセンに言われてもも、どこ吹く風だ。
「今までだって、収入のほとんどがネオン嬢の占い頼みで、非合法な活動など、ほとんどしてこなかったくせに、今更マフィア風吹かせてなんなんだ?お前らは、裏社会でちょっと流行った占い屋だろう?」ってボスに言い返されてて笑った。」
ガタイのいい老人は、心底愉快そうに話すと、若者もそれに乗ってきた。
「ボスにレスバで勝とうとしたら駄目っすよね」
「今年雇われたばかりの、マフィア未経験、他業種の人間をよく若頭にしましたね。この業界では、絶対にあり得ないでしょ。何か特別なコネでも?」
「コネ?んなもんで若頭の座についた奴に、下が従うわけないだろ。
トップがお気に入りを無理やり要職に据えても、従うやつらと納得行かないやつらでイザコザが起きて、組が空中分解して終いだ。そんなファミリー、いくらでも見てきた。ーーーじゃあ俺達が今の若頭を認めてるのは、なんでだと思う?」
目を楽しそうに煌めかせて、男は謎かけを仕掛けてきた。
クロロは顎に片手をやって宙を見つめる。
こういう謎かけは、嫌いじゃない。
コネではない、ということはライト=ノストラード氏の意思は関係がないということ。
一番順当なのは「ネオンの占い」という収入源を失ったノストラード組を経済的に立て直した功績、が考えられるが、そんなただ「有能だから」というだけで、ノストラード組の構成員たちが、ここまで既存のマフィアから外れているクラピカに従うだろうか。何だかしっくりこない。
「ヒントは、アウトローなら皆、好きなやつだ」
なかなか答えを出せず、考え込んでいたクロロに、饒舌な老人はヒントを与えた。すると、しばしの沈黙の後、クロロは「あっ」と答えを得た。
今日の昼下がり、クラピカがコーヒーショップの店員を一瞬で陥落させていた姿が脳裏に浮かぶ。
「なにか、すごい漢気をみせた。ノストラードのアウトローたちが、満場一致で惚れちゃうような」
「正解だ」
「何をしたんですか?」
前のめりになって聞こうとするクロロに、小柄な老人はフォークで軽くカンカンとビールジョッキの叩いて制した。
「おい、勝手に乱入してきて、勝手に組の話聞こうとするなんざ、虫がよすぎるんじゃないのか?
お前らもお前らだ。ベラベラしゃべりやがって。
若造、人に何か喋らす時には、……なんかあんだろ?」
小柄な老人が、今度はフォークでビールジョッキを指し示す。クロロは「そーすね」と笑って、半身を捻り、店員へ手を上げた。
「すいません、こっちにビールジョッキ4つ」
「ビール、早く持ってきて」と手を振り、店員を急かした。ようやく店員がビールを運んでくると、体の大きな老人は、小さいコップをテーブルの上に一つだけ置き、その周りに中ジョッキを三つ置いた。残り一つの中ジョッキは自分で煽る。
「ノストラード=ファミリーは、ヤバかった。
金のなる木だったお嬢の占いが突然できなくなるわ、目をかけてくれていた十老頭が全滅するわ。なんとか組を立て直そうとしてたところに、もっと悪い事が起こった。
末端の組合員同士のくだらないイザコザで、ノストラード組とドナーノ組の下っ端の死体があがった。
こういうときは、それぞれの組の幹部が出てきて、落とし所を探って終いにする。警察に出張ってもらってシャバのきちんとした手続き踏むことも多い。
それが、今回は違った。
ドナーノ組のボスが烈火のごとく怒って、ノストラード組を潰すって宣言してきた。
なんでか隣接する、もう二つの組もドナーノ組の肩を持って、ノストラードに敵対すると連絡を寄越してきた。
ありえないことの連続だ。
ノストラードは成金マフィアだ、武闘派じゃない。3つの組を相手にして勝てるような戦力は最初からない」
小さなコップの1つ周りに、中ジョッキが3つ。
それを指さして、男は話を続ける。
「睨み効かせてた十老頭は全滅してるし、収入源絶たれて混乱してる非力な金持ちマフィアをぶっ潰して、シマも蓄えも奪うには、今が最高のタイミングっけわけだ。短期間で潰して、既成事実を作っちまえば、周りからも多少は批難されるが、致命的なイチャモンはつけられないだろう、とでも考えたんだろうな。
あっと言う間だった。
ノストラードファミリーの本拠地は、何百人ものマフィア襲撃されて、300人はいた構成員の半分以上が殺された。
這々の体で逃げ出した残りの半分は、ノストラードの別邸に逃げ込んだが、その邸もすぐに囲まれた。
別の場所にいたライト=ノストラードは、別邸の生き残りと連絡をとって状況を知ったが、どうしようもなかった。側にいるのは精鋭のボディーガードが数人しかいないし、別邸の150人の構成員は1000人近くのマフィアに囲まれている。
絶望的な状況の中、ドナーノから最悪の最後通牒が届いた。
「夜が明けたら、別邸に立て籠もっている全員を殺す。一人残らずだ。」
シマを寄越せとか、金品を寄越せとか、そういう話じゃないんだ。ただ「殲滅する」とだけ。
知らせを受け取ったノストラードの幹部級の男が激を飛ばした。
「上等じゃないか!刺し違えてやろうぜ!俺達全員死のうとも、あいつらの腹抉りながら死んでやるんだよ!」
全員、わけのわからないテンションで、全く勝ち目のない戦いに雄叫びをあげた。謎に盛り上がりながら死ぬ準備をにしている時に、また、信じられないことが起こった。
さんざん俺たちを煽ってたノストラードの幹部や、武装した組員が、たった一つだけあった防弾トラックに乗って逃げた。
残されたのは、なんの力も役職も能力もない、最下層も最下層、末端のクズどもだけ」
そこまでノリノリで話していた男は、深い溜息をついた。ビールで喉を潤して、机にジョッキを下ろした。
その取手を掴む手は震えていた。
血走った目が潤んで、爛々と光っている。
「ーー貴方は、その中にいたんですね」
クロロが静かに口を挟むと、短髪の男は、隣の小柄な方の老人を指した。
「ああ、こいつもいた。いつも仁義切れだの、忠誠を誓えだの、命を捧げろだのと言ってくる奴らが、いざとなったら俺たちを見捨てて逃げた。
俺らのことを、都合のいい使い捨ての鉄砲玉か労働力だって思っているのが、よくわかったよ。
真っ当な世間様から、ゴミみたいな目で見られる俺達は、どうしようもなくて身を寄せたマフィアからもゴミみたいに扱われるんだ」
ーー俺もゴミです。
クロロは胸の内で言った。
生まれた場所もゴミ溜めの中なら、育った場所もゴミ溜め。今やっていることも、これからしようとしていることもクズの極み。
こんな自分でも、幼い頃初めて「お前たちはゴミだ」と世界から突きつけられた時には、衝撃を受けた。
うっすらと、理解はしていたが目を逸らしていた事実を直視し網膜に刻みつけた時、ーーゴミ袋の中に入れられたサラサの死体にピン留めされていたメモ書きを読んだ時、それまでの自分は一度死んだ。
僕達はゴミだ。
誘拐されたって、殺されたって、解体されたって、弄ばれたって、「だってそういう人たちだから」と、当然のことのように流され、省みられることがない。
腹の底からそう理解した時、自分にまつわるものの全てをなぐり捨てた。
今まで過ごした場所、時間、思い出、好きだったもの、友達、そして自分のこれからの人生。
全部を、ゴミ溜めの底に置いて行った。
そのはずなのに、いつも自分は揺らぐのだ。
置いていかれたゴミの底で、11歳の子どもが泣いている。今夜も「自分はゴミだ」と泣く老人に、その子どもが身を寄せて、涙する。
「みんな、怒りよりも、絶望した。
もともと俺達は、何かを計画したり、決めたりすることに慣れていない。上の言う事を、なんにも考えずにただひたすらやるだけ、そういうふうに動くように言われてきたからな。
だから、この状況をどうにかできる頭がなかった。いや、どうにかしようって考えることが出来るんだっていう発想そのものがなかった。
ネジ巻いてくれる人間がいなくなった俺達は、これから襲撃されるってわかってても、無策でそこら辺に転がってるしかねえ。
だがな、命のカウントダウンが6時間を切った時、防弾ガラスの窓をぶち破って、俺達の前に転がりこんできたやつがいた。
どうやって数百人のマフィアを突破したんだか、どうやって十数センチある窓ガラスを割ったんだか、さっぱりわからないが、とにかくそいつは、頭から爪先まで泥だらけにして来たんだ。
それが、今のノストラードファミリーの若頭だ」
「登場の仕方がヒーローだ」
若い男が、笑いながら腕を交差させる仕草をした。コミックでマントを着た超人が窓を割って登場するシーンは、一時期ネットミームになっていた。
「ちゃかすな。殺すぞマジで。
ボスをそこいらのちゃらちゃらしたヒーローなんかと一緒にするな。
絶望してた所にあんな登場の仕方で「助けに来た」って言われてみろ。マジでボスから後光が指してるように見えるからな?
「俺たちは、何もできないゴミどもだ。助ける価値なんてない」ってナイーブ全開で俺が言ったら、ボスなんって言ったと思う?
「命を評価するな。不愉快だ。お前たちはノストラード=ファミリーの構成員。それ以上でもそれ以下でもない。
組織は構成員の命を守る。組織が守らないと言うなら、私が、絶対に、お前たちを守る。これは決定事項だから、くだらんこと言ってないで、大人しく救助されろ」ってな。ボスのこれ聞いて泣いてるやつもいた」
「それお前のことだろ」と小柄な老人に言われてるのを、男は完全に無視した。
「ボスは約束を守ったよ。最後の一人が包囲網を脱出するまで、俺達を守り抜いた。
ボスには策を考える頭もある。その場にいる組員を統率して、考えた策をやり抜く能力もある。
だけどそれだけじゃ足りない所は、体張って組員を守ってた。超人みたいな身体能力があっても、相当無理してたんだろうな。包囲網を抜けたあと、ボスはぶっ倒れてたよ。
そんな姿を見た連中は、一生若頭に従うさ。
どこのどいつがどんな因縁つけようが、絶対にあいつがノストラードの若頭だ。
俺たちはクズだが頭数だけはある。文句があるやつは相手にしてやるよ。俺たち全員が死ぬまでな」
「「忠誠心は心底いらない。それより働け」ってまたボスに言われますよ。兄さんたちは、根本的にボスの価値観とズレてんですよ」
「お前、ほんとにそろそろ口の聞き方なんとかしろ?絞めるぞ?」
ガタイのいい男が、若い栗毛の男に掴みかかって、ガタガタさせている。斜め前の席でそれを漫然と眺めていたクロロに小柄な男が声をかけた。
「じぃさんの話、退屈だったか」
「あ、いえ、退屈とかじゃないんです。
まさかそこまでヒーローっぽいことをする人だとは思わなくて。
それでかな……?昔見てた戦隊物のアニメを思い出しました。片付けと掃除で、悪い奴らを綺麗にしちゃう、クリンレッドっていうヒーロー」
「ああ、あれな。うちのガキも昔見てたわ。確かに、どこまでもマンガみたいな話だ。
最近のシノギは、マフィアなんだかカタギなんだかわからないし、俺らも気がついたら、丸洗いされて足までピッカピカにされてたよ。
ああ、でも普段のボスは、なんとかレッドみたいな爽やかなタイプじゃねぇぞ。
口閉じてれば腹が立つほど澄まし顔しやがって、口を開けば、ものすごくいけ好かない。俺はボスに命やったって惜しくはないが、性格は合わない」
心底嫌そうに鼻の頭に皺を寄せて言う男に、クロロは「普段はめっちゃ嫌なやつなんですね」と相槌をうった。
「ああ、嫌なやつだよ。でも想像してくれないか?包囲網を抜けてやっと逃げきれた、ここまで来ればもう安心だって思った時にな。
俺たちを逃がすために、いっちばんうしろの最前線にいたボスは?って振り返ったら、遠く後ろにポツンと見える、一人ぼっちのボスが、パタッと倒れたのが見えた時の気持ち。
死に物狂いで弾丸掻い潜って戻ったよ。
担いだボスはすげぇ軽いし。泥水に顔突っ込んで倒れたから、泥吸って噎せてるし。
あれだけは、だめだ。
ボスはすげぇ強い。超人だ。なんでもできる。
だけど絶対に、一人にしたら、だめだ」
それ一歩間違えれば、もうそこで死んでたじゃないか。
クロロは唖然として、飲もうと思っていたジョッキを持ち上げたまま止まった。
思っていたよりもずっと、何も考えてない。
単身で包囲網に乗り込んで、全員を逃がすような策を立て、やり遂げられるのに、最後の詰めの杜撰さがすごい。
クルタ族最後の生きた緋の目の持ち主が、そんなんでよく生きてこれたな。よくそれで幻影旅団を狩ろうとしたな。
あっけに取られているクロロの顔に老人は相変わらずぶっきらぼうに言う。
「お前、なんか訳ありなんだろう?テーブルに来た時、ずいぶんと顔色が悪かった。
行くところを探してるなら、ノストラードに入るのはどうだ?他の組より居心地がいいことは、保証する」
ノストラード=ファミリーに入る?俺が?
今までマフィアに潜入したことは多くあったが、ノストラード=ファミリーに限っては、色んな意味であり得なくて、クロロは苦笑いをした。
「それは、いいですね」