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俺が軽蔑の眼差しを向けると、彼女は明らかに狼狽した。
「AIとかじゃないからっ! これは本当で……しかも知佳ちゃん、トークが既読になったら一定期間で消えるモードにしているから、潤さんには確かめようがないんだから!」
「小狡いな。君、ひょっとして彼氏が知らない女性と歩いていたら、浮気をしているって確かめもしないで、勝手に怒ったり泣いたりするタイプなのかな?」
「な、何が言いたいんですか」
「ヒロインになるために、真実を都合よくねじ曲げるな。そういったことに長けていると、いつか痛い目に遭うからやめておいたほうがいい」
ぐうっと息を呑み込む彼女を見て、まだまだ浅いと思った。俺を騙す秘策が画像一枚なんて甘すぎる。
これで彼女にはもう、譲歩も妥協もしない。
有り体に言えば、誰に喧嘩を吹っ掛けたのか、その身で知ってもらおうと決めた。
十分に証拠は録音できた。
もういいだろうと、机の端にあるスマホに手を掛け、立ち去るべく腰を浮かした瞬間、彼女はガタッとウッドチェアを揺らした。
「ま、待って! じゃあ、この動画を流されてもいいのっ!?」
「動画?」
彼女は長い爪先でカチカチと画面を操作してから、「どうだ」と言わんばかりにスマホを俺に突き出してきた。
その画面に映っていたのは──なんと、ベッドの上で俺が上原杏莉を組み敷いて、荒々しく愛撫している動画だった。
一瞬、意味が分からなかったが、画面の中で動いている俺は眼鏡が消えたり、不自然に現れたりしている。
やたらと背中の筋肉が隆々で、肌の質感もどこか人工的だ。
──それらを見て、これもAIによって作成された動画、ディープフェイクだと見抜いた。
俺はスマホへと伸ばした手を引っ込め、少し浮かせていた腰を再び下ろす。
上原杏莉はどうしても、この場で決着を付けたいらしい。
前を見ると、スマホの中で流れ続けている画面の中に、俺に押し倒されている上原杏莉がいた。
顔も身体も人形のような完璧なボディラインで、ベッドの上で淫らに動いている。
しかし、動画の二人の動きはとても単調で、さながらGIFアニメーションのようだった。
見ていて気のいい動画ではない。
俺が大きく溜め息を吐くと、彼女は俺が観念したかと勘違いしたのか、その表情から焦りの影がなりを潜め、ほんの僅かに安堵の気配がじわりと広がった。
そこに釘を刺すように言ってやる。
「俺の画像はSACRAのホームページから取ってきたんだろう。AIアプリを使えば、その程度の動画は誰でも作れるということか」
上原杏莉は俺の指摘には答えず、目線を逸らしてポツリと呟いた。
「こんなエッチな動画流されたら、潤さん困るんじゃない?」
「どういう意味かな」
「例えばぁ。私達、結婚を前提にエッチした仲なのに、私が捨てられて悲しいって、私のアカウントに流せば大変なことになるんじゃないかな、っていう意味」
上原杏莉の舌が滑らかに動き続けることに、ある種のタフさを感じる。
そのおかげでこちらの神経がますます尖りそうになるが、あくまで冷静さを貫く。
「私は君とそんなことをした覚えはない」
「そこは重要じゃなくてぇ、潤さんの社会的信用。ひいては潤さんの、お父様の会社の信用問題にも繋がるんじゃないかな?」
ここで余裕がまた生まれたのか、上原杏莉は肩に掛かった髪をぱさっと払った。
「そんなAI丸出しの動画でか?」
「そこはフィルターとか、光源を変えたり、モザイク処理をしたら、凄い生々しくなるんですよ。ほら、こんなふうに」
長いネイルが器用にスマホの画面をタップして、タンッと音を立てたあと、もう一度その画面を俺に見せ付けてきた。
それは寝室の隠し撮りのような生々しいアングルに変わっていて、動画の人物たちの顔は少しぼやけていた。しかし、知人らが見れば、画面の中の人物を特定できる範囲のものだと思った。
「ふぅん。まるでプライベート流出動画に見えるな」
「でしょ? 私のSNSのフォロワーは二十万人超え。相互フォロワーには百万人超えのアカウントもある。ね、もうわかるでしょ?」
「さぁ、分からないな」
わざと分からない振りをして、机の端に置いたスマホに視線を落とした。
「潤さん。AIだろうが、なんだろうが。この動画を見る画面の向こう側にいる人間は、真実なんてなんでもいいんですよ。インフルエンサーが炎上していれば、それでいい。よってたかって面白がる。エロい画像があればそれを勝手に広める。時間が経ってもデジタルタトゥーとしてwebに永遠に残る」
「大衆心理や今のSNSは、そんなもんだろうな」
すっと前を向くと彼女と視線が合った。にっこり微笑んではいるが、その瞳だけは全く笑っていない。
「じゃあ、もう答えは出てますよね。知佳ちゃんと別れて私と再婚するほうがいい。知佳ちゃんだって、こんな動画が拡散された人と一緒にいるとその内、嫌になるんじゃないかな。傷付いちゃうんじゃないかな」
最後に「ね? 潤さんには最初から選択肢なんかないの」と、勝ち誇った顔で言う上原杏莉を見て、いい加減、小狡い小悪党の顔を見続けるのも相手にするのもしんどくなってきた。
そろそろ知佳の顔が見たい。
彼女の言い分はほぼ出揃ったと思い、今度こそこの茶番を終わらせようと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「私に選択肢が無いなら仕方ない。どうぞ、この場で今すぐに動画をアカウントにアップしてください」
「へ?」
「どうぞ。アップしてくださいと言っています」
「ちょ、今までの話を聞いていたのっ!?」
流石に彼女は驚きを隠せないようで、ガタンとテーブルを揺らした。
近くを歩いていたスタッフが、一瞬だけびっくりしてそそくさと遠ざかる。
だが、彼女はそれに気付いている様子は無かった。
「ええ、聞いていました。私はあなたと結婚はしない。知佳と別れる気は無い。しかし、あなたは私が思い通りの行動をしなければ、報復にとばかりに、事実無根のAI動画をばら撒くと言った。だからどうぞ、今すぐにアップしてください。この先は──法律でやり合いましょう」
「ほ、本気なのっ!? 私が今言ったことを分かってないの!?」
「理解した上で言っています。きっと、あなたが描く絵図は、捨てアカウントからの動画流出、もしくはアカウントの乗っ取りなど、自分ではない第三者のせいにすることでしょう。ついでに『大手電子企業S社・法務部とインフルエンサー『U』の流出現場』とか、刺激的な文言も記載するつもりだ」
あまりにも白々しいものはSNSの住人も相手にしない。
そこに「本当かもしれない」と思わせる真実の情報が混ざるからこそ、他人の興味を引く。
「そして動画の中の女性は、実は自分であることを暴露して『皆様へご報告。この度はお騒がせして申し訳ありません』とか表面的な謝罪でもして、『結婚を誓ったのに、弄ばれた。悲しい』とお気持ちを表明したら、君はあっという間に悲劇のヒロインになれる。おおよそ、そういう筋書きでしょう?」
上原杏莉は面白いほどに、目を忙しく泳がせている。俺は容赦なくそのまま喋り続けた。
「きっと、三日くらいは『Uehara』のファンが君を擁護してくれる。でもそれはフォロワーの中でも、君の言葉を全面的に信じるのは信者だけだ。その他の人たちは本当かどうか、フォロワー外も巻き込んで真実を特定しにかかるだろう」
それらは特定班などと呼ばれる野次馬にすぎないが、その検索能力は馬鹿にできない。
「そ、そんな予測ばかりで、ものを言われても困るんですけど?」
彼女の整った前髪がはらりと乱れる。
気がついたら、彼女の唇のマットなリップカラーには見苦しいムラが出来ていた。
コメント
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第27話、読み終えました。上原杏莉の狡猾さにゾッとすると同時に、潤さんの冷静な反撃がとても気持ちよかったです。「どうぞアップしてください」の場面では思わず息を呑みました。ディープフェイクという現代的な脅しを、ああやって論理で切り返す展開は見事でしたね。彼女のリップにムラができる細かい描写も、心理描写として秀逸です。続きが気になります!