雨が降った。
冷たくて、静かな夜の雨。
壊れた屋根の隙間からぽたぽたと水滴が落ち、くるみの張ったシールドに優しく弾かれる音がした。
その音だけが、彼女の今いる世界のすべてだった。
シールドの中は、少し暖かい。
でも、心の奥の冷たさまでは防げない。
くるみは古びた毛布にくるまり、目を閉じる。
お腹は空いていたが、血を取りに行く気力もなかった。
彼女はもう、誰かを襲いたくもなかった。
人の気配が嫌で、血の匂いが怖かった。
吸血鬼として生きていくために必要なことすら、もうどうでもよくなっていた。
「あの人たちはきっと、まだ私を探してるんだろうな。」
頭の片隅に浮かぶ緑谷や爆豪、ホークスの顔。
でも彼女は、その考えを自分で引き裂くように、顔を横に振る。
「…やめて。」
口に出すと、ほんの少しだけ涙が滲んだ。
どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。
朝になっても、くるみは起きなかった。
昼になっても、外には出なかった。
シールドの中、彼女は生きていた。
何もせず、誰とも関わらず、ただ存在するだけで時間は過ぎていく。
それがくるみにとって、「安全」だった。
でも、「幸せ」ではなかった。
夜になると、また空腹が襲ってくる。
そのたびに、彼女の羽がうずいた。
黒くて、やわらかくて、小さい羽――それがくるみに生きろと言ってくるようだった。
ついに、くるみは立ち上がる。
シールドを解除し、そっと外へ出る。
森を抜けて、遠く離れた小さな川の近くまで降りていく。
そこに、時々夜の獣が現れるのを、くるみは知っていた。
今夜は鹿がいた。
その血を、くるみはほんの少しだけ分けてもらう。
「…ごめんね。」
そう呟きながら、くるみはまた空を飛び、廃村へ戻る。
冷たい風。
誰もいない夜空。
それでも、彼女はどこにも行かない。
誰にも見つからず、誰にも縛られない場所で、今日も生きていた。
「怖くない。…私はここにいる。」
誰に言うでもないその言葉を、くるみは自分に向けて呟いた。
彼女は今、一人だった。
でもそれは、ただの孤独ではない。
自分の足で選び取った、自分の居場所。
羽は今も、背中で静かに揺れていた。
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