コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
暫くして出版された朝倉翔也先生の新刊は好調で、立ち寄った書店に並んでいるのを見つけた。
それも、なんと、平積みで置かれているのだ。
私の描いた表紙が店頭に並ぶ日が来るなんて、夢を見ているみたい。
コッソリとスマホで撮影して、家に帰ってから眺めては、ニヤニヤしている。
おかげさまで、仕事の方も好調。とは言え、子育てをしながらの作画なので、朝倉先生の作品を優先に多くない量を受けている。
それでも仕事が切れずにあるのはありがたいし、ギャラも今までとは比べ物にならない程の金額になった。
娘、美優の為に貯蓄をする余裕が出来たのは、素直に嬉しい。
美優は、ほふく前進からハイハイ、そして、つかまり立ちへと行動範囲を着実に増やし、ますます目が離せなくなってきている。危険の無い様に見張るのも限界で、赤ちゃんサークルを買ったけど、そこに入れても5分としないうちに出たいと言って泣きだしてしまう。離乳食を食べる量も増え、うんちも段々キョーレツな芳香を放つものになって来て、子育ては日々戦いであると実感。
子育てと仕事の両立の大変さは、産まれた時より段々と増していく。
産まれる前は、体のバランスが悪かったり、体重が増えすぎたりの自分の心配だけだった。出産を終えれば、うつ伏せで寝ることが出来るとか、コーヒーが飲めるとか、お酒が飲めるとか、自由になる気がしていた。
しかし、出産は、妊娠のゴールであるけれど、それ以上に長い子育てのスタートだったのだ。
産まれてみれば、王様と召使? いや、下僕と言っていいほどの上下関係。
赤ちゃん様に24時間お仕えさせていただきます。の、世界だった。
産まれて直ぐは、3時間おきの授乳、その合間のおむつ替え、お風呂など、自由な時間はおろか睡眠時間さえもロクに取れない日々が続き、育ってくれば目が離せないケースが増えていく。
買い物の最中に泣きだせば、早々に切り上げて岐路に着く。荷物と泣いている子供を抱えながら「こっちが泣きたいよ~」と何度思ったことか。
そして、今、生後8か月になり、人見知りと夜泣きが始まった。
10キロ弱ある子供を一晩中抱っこして歩きまわるという、ハードトレーニングのような毎日が続き、寝不足と疲労で私のHPは尽きかけていた。
ワンオペ育児の限界を感じている。
世の中のお母さんって、すごいな。これは、もう、実感を込めてリスペクトする。
産むのも痛くて大変だったけれど、人間を育てる事の責任の重さとその労働たるや半端じゃない。
夜泣きの話は、育児書を読んで知っていたが、ここまで過酷だとは思わなかった。
会社務めのお母さんってどうしているんだろう。旦那さんと交代で抱っこしたりしているのかもしれない。
ふたりで、育児の大変さも分け合う事ができるのか……。
そう思うと、シングルマザーで子育てをしている事が、少し切なく思えた。
頑張って一人で育てる事を決めた。けれど、たまには、弱音を吐いたり、寄りかかったり、甘えたくなる。
「あー、でも、あの無責任ヤローでは無理かな……」
別れた元カレを思い出すとイラッっとする。既婚者だというのに独身だとウソをついていた男なんてアテには出来ないのだ。
別れた後に妊娠が発覚したから、あの男は自分に娘がいる事すら知らずに居る。そして、これからも知らせるつもりはない。一人で産んで育てると決めた以上頑張るのだ。
でも、さすがに連日連夜の夜泣きにはへとへとになっている。
肩がパンパン、不足でフラフラする。それでもパパとママの二人分頑張らないといけない。
子育てだけじゃなく、掃除に洗濯、そして仕事と、やらなくてはいけない事が多すぎてパニックになりそう。
ボサボサの頭だし、部屋もだいぶ散らかっている。これは、出来る時に綺麗にするしかない。
妥協も必要なのだ。
美優の様子を見ると、さっきまでぐずっていたのが、やっと落ち着いて寝てくれそうな気配だ。ベビーベッドの上に娘をおろしホッと息をつく。
仕事の続きをして、そうしたら少し寝よう。と、思っていた所で携帯電話から軽快な着信メロディーが鳴り出す。
「やだ、せっかく寝たのに勘弁してよぉ」
イライラと頭をかきむしりながら画面を見ると、着信履歴は朝倉翔也先生だった。
仕事の電話だ。
娘の様子を窺うとフニャフニャ言っているが、どうにか眠っている。その様子に安堵して、携帯電話の画面をタップした。
「はい、谷野の携帯です」
「あ、谷野さん、朝倉です。お疲れ様です」
「お疲れ様です。昨日、送りましたラフの感じどうでしたか?」
朝倉先生とも打ち解けて、今ではこうやって直接電話を貰う事も多くなっている。最初の頃を思えば、スムーズなやり取りできるようになっていた。
相手は、イラストが描けないから私に依頼をしてくれる。
なので、リテイクを出されたら「どうしますか」ではなく「こうしてみたらどうでしょうか」と新たな提案を出してみる様にした。すると以前より変更後のイメージが掴みやすいのかリテイクが格段に減ったのである。
アプローチの角度を少し変えるだけで、スムーズな意思疎通が図れるようになった。とは言え、少なくなっただけでリテイクは来る。
朝倉先生のイケボが携帯電話越しに耳元へ届いて、ちょっと、気恥ずかしさを感じながら、作業台の上に置いてあるペンタブレットの前に移動し、PC画面を確認しながら打合せを始めた。
すると、フニャフニャ言いながら眠っていた娘が、突然、急に火がついたように泣き出してしまった。電話の声も途切れ途切れにしか聞こえず、焦りからオロオロとパニックに陥る。
慌てて、大泣きする娘のもとへ足を踏み出す。
「ごめんなさい。後で折り返し……」
と言いかけたところで、転がっていた娘のオモチャにつまずき、体が前へとつんのめる。
「きゃっー!」
ガシャ、ガチャンと派手な音を立てて、転んでしまった。
「痛ぁー」
大きな音にビックリした娘は泣きじゃくり、手にしていた携帯電話はどこにぶつけたのか、画面が無残にもひび割れ真っ黒になったまま、ウンともスンとも言わなくなってしまった。
「うそっ。朝倉先生と仕事の電話してたのに、どうしよう」
と、言っても携帯電話が復活するでもないし、娘は怒鳴るように泣き続ける。
「泣きたいのは、私の方だよ」
自分の言葉と共に涙がポロリと溢れると本当に泣けてきた。
壊れた携帯電話をチェストの上に置き、娘を抱き上げ必死にあやしても、思うように泣き止んでくれない。ついでに自分の涙も止まらない。
「美優ちゃんの泣き虫が移っちゃったよ。ママも泣き虫になっちゃった」
娘と二人でわんわん泣いた、それだけ私は疲れていたのだ。
やっと、落ち着いてきた娘を寝かし付けると、ベビーベッドに寄りかかるようにいつの間にか眠ってしまった。