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季節外れの桜が散り、すぐそこまで春がやって来ていた。
あれから義兄と父が何を話したのか解らない。
恐れと諦めの対象であった父を動かしてしまった事実は驚きであった。
「なんて不思議な人だろう…ね」
ふふっと笑いながら、久しぶりに離れから庭へ出た。
初めて出会ったのはここだった。
薄暗く照らされた庭でも目を奪われる真っ直ぐ芯のある眼差し。
心底驚いたようにこちらを見て止まった姿は少しあどけなくて。
すぐ促されて連れて行かれてしまったけれど…
「あ、こちらにいらっしゃいましたか。旦那様から店に来て欲しいとのことです」
離れに向かう通路から、使用人が息を切らせながら慌てて見ている。
探させてしまったらしい。
「すまないね。今行く」
微笑みながら答えれば、更に慌てたように顔を赤く染めて視線を逸らされてしまった。
では…と言葉少なに走り去っていく背中に馴染みのある切なさがよぎった。
溜息をついて池に視線を落とす。
着物の裾を払いながらしゃがみこむと柔らかな黒髪がさらりと額で揺れた。