コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――あの子に降りかかった次の不幸は、
「社会での遭難」
だった。
私達は共に、家庭と教育機関との往復を毎日繰り返していた。どちらも等しく社会として私達を取り込もうと働いていた。そこで大人しく喰われてしまっていたなら、それが出来ていたなら、今も私には社会の中に居場所が在っただろう。だが、どちらにしてもあの子は大変な思いをしていた筈だ。それがまさに社会での遭難だった。
あの子の身に何が起こったのか。そもそもあの子に身は有ったのか。否、あの子は身を持たなかった。それが良くない方向に事を運んだ。
社会の底に沈む醜悪。それはいつも私達を引き裂こうとしていた。蜷局を巻いて迫りくる重苦しい闇。それに攫われてしまったあの子は、私が隣に居るにも関わらず夢に魘され独りで彷徨い歩いている様に見えた。そして漸く声が聞こえたと思えば、「寒い…」の一言のみを延々と繰り返した。まるで雪山に投げ出された人間の子供の様な。どれだけ暖かい毛布を重ねても、温かいスープを作っても、あの子に私の声が届く事は無かった。恐ろしかった。こんな生活が続くなら、私は何処にも安心出来る空間が無くなってしまう。だから恐ろしいのだと思っていた。
そうしてあの子は約十日程苦しみ続けた。その間に何を見て、何を知ったのか。意識が此方に戻った時には既にあの子自身がその殆どを捨てていた。声と聴覚だけを残して全てを捨てたと話したあの子は、やりたいことがあるのだと言って私に例の崖まで自身を連れて行かせた。
崖に着くと私はあの子をいつもの縁に座らせて、その右隣に私も座った――