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※もしも、日下部が蓮司についた場合。ややこしくなるから本編では書かないと思う。楽しくなってきたら書くかも?
いちお、レアシーン?
放課後。昇降口のガラス越しに沈む光が伸び、灰色のタイルに奇妙な影を落としていた。空は茜色に染まりながらも、何かを予兆するように鈍く濁っている。
遥は、下足箱の前で立ち止まっていた。靴のつま先が、ほんの少し揃っていない。
そこに、誰かが足を掛けていた。――日下部だった。
「なにしてんの?」
肩にぶつかるように声が落ちてくる。振り返っても、表情はない。
日下部の目だけが、何かを隠しているように逸らされた。
「……どけよ」
遥の声は低く押し殺されていた。だが次の瞬間、靴が遥の腹をかすめる。
スニーカーの底が、コンクリートのように硬かった。
「言い方ってもんがあるだろ」
笑っていない声だった。
遥は床に手をついた。少し遅れて、背後から足音が二つ重なる。
「やっぱやると思った」
蓮司だった。白いイヤホンを片耳だけ外し、制服のシャツの裾を乱したまま立っている。
「ほんと、わかりやすいよね、日下部。……で、お前は?」
蓮司は、床に手をついたままの遥を見下ろした。
その声はやけに柔らかく、慈しむようで、冷たい。
「こういうの、誰にも言わないタイプだよね? 遥くん」
その言い方があまりにも自然で、遥は顔を上げるのが遅れた。
日下部が黙っている。蹴ったのは一度きりだったが、沈黙がそれを何倍にも濃くしていた。
蓮司は、遥のそばにしゃがみこんだ。指先で制服の肩を撫でながら、声だけが甘やかに毒を含む。
「ねぇ……お前も知ってるでしょ? あいつが俺のこと……どうしたのか」
遥は答えない。いや、答えられなかった。
「それ、どこまで見たの?」
蓮司の指が、遥の喉元にそっと触れる。何もしていない。ただ、そこにあるだけ。
だがそれが、遥の呼吸を奪うには十分だった。
「見たことを“見なかったこと”にするのって、苦しくない?」
息を吸うのも難しい。けれど、目は逸らさなかった。
蓮司は笑っていなかった。ただ、見透かすように遥を見ていた。
「お前が黙ってるってことは、つまり……同じってことだよね?」
遥は、静かに目を伏せた。その指が離れる。代わりに、日下部の足音が再び近づいた。
「じゃ、そーいうことで。……明日もよろしくね、“お揃い”の君」
蓮司の声が遠ざかっていく。日下部も、何も言わずに続いた。
残されたのは、靴の並びと沈んだ空の色だけだった。
遥は、まだ床に手をついたまま、拳をぎゅっと握っていた。
声も出せず、怒りとも恐怖とも違う何かが、胸の奥に張りついていた。