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──昼休み。教室にはもう誰もいない。机と椅子だけが整然と並び、どこか異様な静けさを漂わせていた。
日下部は、教卓の前に立っていた。なぜここにいるのか、正確には分からない。ただ、あの男──蓮司が、「少し話そう」と言ったからだ。
「おまえさ、気づいてる? 最近、遥と喋りすぎ」
突然、背後から声がかかる。振り返ると、窓際の机に腰かけた蓮司がいた。すべてが「演出」だということを、日下部は本能的に察する。
「喋っちゃ悪いかよ。俺は──」
「うん。悪い」
蓮司の声は、ただそれだけだった。淡々として、でも否定しようのない重みがある。言葉というより、「判決」に近い。
「遥は、おれらの“もの”だから」
言い放ったあと、蓮司はわずかに笑った。口角だけが上がる、あの残酷な笑い。感情はほとんどなく、けれど確信に満ちている。
「……それで? 何が言いたい」
「確認だよ。おまえが“こっち側”か、それとも──いまの関係、壊したいのかって」
机の上に置かれた指が、トントンと乾いた音を立てる。音に合わせるように、教室の空気がじわじわと冷えていくようだった。
「おまえさ、わかってないな。遥がどんな顔で、あのあと泣いてたか。おまえのせいだよ?」
「……俺が?」
「うん。あいつ、頑張ってたよ。喋んないように、目を合わせないように、拒絶されても耐えられるように。全部、準備してた」
蓮司の声が、ひどく優しい。そこだけを切り取れば、まるで恋人のような響きだった。だが、その裏にあるものを、日下部は知っている。
「それを、壊したのは、おまえ」
「ふざけんな」
「ふざけてない。だって、遥は泣いた。俺の前でしか、泣けないのにさ。おまえに少しだけ、期待したんだよ。……残酷だろ?」
──ああ、この男は、全部わかっていて、全部操作している。
日下部は喉が渇いて、舌打ちしそうになった。
「何が言いてぇんだよ。言えよ、はっきり」
「簡単なこと。おまえが“遥を壊す側”に来るかどうか、って話」
その瞬間、蓮司は立ち上がり、机を一つ超えて日下部の前に立った。距離は20cmもない。
「俺となら、“全部”やれるよ。守る側でも、見逃す側でもない。壊す側。……その方が、楽じゃない?」
蓮司の指が、日下部のネクタイを軽く引く。口元にはまだ、あの笑みがあった。けれど目だけは、笑っていない。
日下部は一瞬、息を詰めたまま動けなかった。
脳裏に浮かぶのは、遥の横顔。無理に笑おうとする表情。壊れかけてるくせに、壊れることさえ許されないあの顔。
「……ふざけんな」
そう吐き捨てて、日下部は蓮司の手を払いのけた。ネクタイがふわりと揺れる。
蓮司は微笑んだまま、一歩引いた。
「いいよ、答えは今じゃなくて。……でもさ」
振り返った蓮司の声が、再び冷えた。
「いずれ選ばされるよ。壊すか、壊されるか。それだけ」
扉が開き、蓮司が出て行く。
残された教室に、日下部の心臓の音だけが響いていた。