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「宝石が盗まれる二日前から、怪しい男達を見かけるようになった。初めは旅人か商人かと思っていた。この村は国境沿いにあるから、旅人や商人がよく通る」
村長の話を聞きながら、僕は村長の背後の棚に気づいた。
棚の上には、色とりどりの石が置いてある。
「きれいだ」と口の中で呟いた声を聞き取ったのか、村長がまた僕を見て目を細めた。
「そうだろう。この村の宝石は極上品でな。世界中の数ある採掘場の中でも一番の品質を誇っておる」
「おい」
威嚇するようにラズールが低い声を出す。
僕はラズールの服をそっと引っ張りながら村長に微笑んだ。でも顔が隠れているから、僕の表情はわからないだろうけど。
ラズールに注意をされた村長が、身体を揺らした。
僕は胸が痛くなった。村長は結構な老人なので、もう少し優しくしてあげてほしい。
そう思って掴んでいたラズールの服を更に強く引っ張る。
するとラズールが、僕の肩に置いていた手を動かして、人差し指でそっと僕のあごを撫でた。
くすぐったくて少し首をすくめていると、頭上の低い声が村長に話の続きを促した。
「それで?その男達を、いつから怪しいと思うようになったのですか?」
「石が盗まれだして二、三日過ぎた頃じゃ。この村には宿がない。それなのに連日男達の姿を見かける。旅人や商人は、この村に立ち寄ることはせぬ。ここで直接に宝石の売買を行なってはいないからな。皆さっさと通り過ぎてしまう」
「なるほど。それなのに数日ウロウロとされれば、不審に思うのも仕方がない。しかし採掘場は警備されてるでしょうに。なぜ迂闊にも盗みに入られたのですか?」
村長が話を切って「水を飲みたい」と言ったが、ラズールが即座に却下した。
「早く話してくだされば、その分早く解放できます。それで?彼らはどうやって石を盗んだのです?そしてなぜ彼らがイヴァル帝国の民だと思ったんですか?」
村長は、恨めしそうにラズールを見上げていたけど、小さくため息をついて続けた。
「日中は採掘場の周りを数人の騎士が警備している。この村を含む広大な土地を所有する領主様から派遣された騎士と、王都から派遣されてきた騎士だ」
「王都から?かなり大事にされている土地なのですね」
「当然だ。世界一の宝石が採れるのだからな。日中は彼らが警備をしてくれるが、夜は警備をしない。その代わり、採掘場一帯に結界を張る」
「誰が?」
「王都から来た騎士の一人が。王都で騎士になれる者は、位も高いから魔法の力も強いのじゃ」
「へぇ、そうなのですね」
さも驚いたというふうに話すラズールを見上げて、よく知ってるくせにと僕は苦笑する。
王都で仕える騎士達は、優秀な人物が多い。家柄もよく元々の位も高い。イヴァル帝国でいえば、トラビスはその筆頭だ。
でも魔法の力はラズールの方が強い。ラズールの出自は地方の領主の子だけど、古く血縁をたどれば王族に繋がっているそうだ。
「もはや銀髪に近い灰色でもない黒髪の俺の中に、王族の血など一滴も残っておりません」とラズールは話していたけど。
村長はラズールを見上げるのに疲れたのか、視線を机の上に落として続けた。
「その結界が破られた。そして採掘場の奥深くの、宝石の原石が盗まれたのじゃ」
「結界を破った?では犯人にも魔法を使える者がいたということですか」
「そういうことになる」
ラズールが親指と人差し指を顎に当てる。何かを考えているのだ。
僕が見ていることに気づくと、面で表情がわからないけど微笑んだように感じた。
「それが何日も続いた?」
「そうだ。最初に結界が破られてすぐに、更に強い結界を張った。でも夜には破られた。その次の日にはもっと強い結界を張り、見張りもつけた。だが見張りは眠らされ、三度結界は破られた」
「それは…並の人物ではないですね」
「わしは魔法が使えんからよくわからんが、結界を破るということは、魔法が使えるということだろう?だとすれば、その者はある程度の位の人物ということ…」
「まあそうなりますね」
僕は膝に置いた手を見つめた。
魔法を使えるのは、王族と王都に仕える大臣か騎士。もしくは各地にいる領主とその家族、領主に仕える大臣か騎士だ。もしもその者達が関わっているとしたら、これは謝って済む問題じゃない。バイロン国との間で本当に戦が起こるかもしれない。
しかし賢王だと言われた母上の目が厳しく行き届いてる国内で、そのような悪事を働ける者がいるとは考えられない。
「それで?」と促すラズールの声を、僕は俯いたままで聞く。
「強力な結界を張っては破られるという日が続き、かなりの石を盗まれた。しかし数十日前に、ピタリと盗みが止まった。見張りに立つ者も眠らされないし、結界も破られなくなった」
「それは充分に石が手に入ったことで、満足したのでは」
「そうかもしれぬ」
「では村長、なぜ隣国イヴァル帝国の民だと思ったのですか?」
「村人の何人もが見たんじゃ。最後に結界が破られた翌日の夜、怪しい男達が国境を越えていくのを」
「そんな…っ」
僕は勢いよく顔を上げた。声も出した。もう我慢できなかった。
本当に?宝石を盗んだ犯人達が、イヴァル帝国に入ったの?
「それは…それだけでは、イヴァル帝国の民だと断定できないです。イヴァル帝国の者のせいにするために、他国の者がわざと見せつけるように国境を越えたのかもしれない…」
「おお…ようやく口を開いてくれたな。優しく、よく通る声じゃ。だがな、イヴァル帝国の民だという確かな証拠がある。国境を越えた後も様子を見ていた村人がいてな。国境の向こう側で、イヴァル帝国の軍服を着た男が、ご苦労だったと怪しい男達をねぎらっていたらしい」