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最近兄のリュシアンが元気がない。いや、生気を感じられない。
先日のある事から、兄は酷く落ち込み沈みきっていた。毎日、仕事の為に登城はしているが、何しろ腑抜け状態故使い物にならないとエクトルから話を聞いた。
「兄さん、大丈夫?生きてる?」
「……ダメだ。死に、そう」
「まだ、死んでないから大丈夫よ」
夜、エクトルに引き摺られる様にして、何時もより早めに帰宅したリュシアン。何とも情けない姿だ。だがこの光景を見るのは初めてではなかった。
以前リディアが婚約した時にも同じ様な事が起きたのを、シルヴィは良く覚えている。
こんなになるほどにリディアを想っているなら、権力を振り翳してでも手に入れたら良いのに……と思ってしまう。だが、この兄はそういう事が嫌いな人間だ。
俗に言う、綺麗事を好み貫いている。周りには所詮偽善者だ、とか陰口を叩く者達もいるが……シルヴィはそんな兄を誇りに思っていた。
「兄さん……酔ってるの?」
「かなりな」
意識が混濁しているであろうリュシアンの代わりに、エクトルが答えた。リュシアンは真っ赤な顔をし、目は潤んでいる。一人では立つ事もままならない故、エクトルに肩を借りていた。
「すいません、エクトル様。兄がご迷惑を……」
「シルヴィは悪くないのだから、謝る必要はない。それより、リュシアンを運びたいんだが」
シルヴィは慌てて、エクトルをリュシアンの部屋まで案内した。部屋に入るとエクトルはリュシアンをベッドに寝かせて、肩を鳴らす。大の男を運ぶのは、流石に疲れたのだろう。
「お手間お掛けしました。あの……宜けば、お茶でも如何ですか」
客間に移動したシルヴィとエクトルは、長椅子に向かい合って腰を下ろした。すると程なくして侍女がお茶を運んでくる。
「エクトル様は、呑まれていらっしゃらないのですか」
「いや、俺も少量口にした。リュシアンも大して呑んでないんだが、相変わらず弱いな」
彼は、苦笑しながらお茶を啜る。シルヴィは、その姿に頬を染めた。
ーー相変わらず素敵だ。
筋肉質な確りとした体付きと、包み込む様な大きな手。そんな彼の腕の中に包まれて眠る事が出来たら、きっと幸せだろう……なんて何時も妄想してしまう。
だが、多分エクトルはシルヴィの想いには気付いていない。彼にとって自分は友人の妹であり、彼にとっても妹の様な存在なのだと何時も感じている。十歳も離れていれば当然かも知れない。
彼は27になるが、未だ結婚はしていない。女性ならば完全に行き遅れで最早嫁ぎ先はないが、男性ならば彼の様な人は意外といる。理想が高い人間、仕事に忙しい人間、そもそも結婚に興味がない人間と様々だ。
もしかしたら、彼は理想が高いのかも知れない……。随分昔にある噂を耳にした事がある。エクトルが、とある年上の人妻に懸想しているというものだった。相手は誰なのかは、結局分からず終いだったが。
「シルヴィ? どうかしたか」
「い、いえ」
視線を感じたエクトルは、眉を上げた。
自分も兄の事を言えない。彼は伯爵家の次男でシルヴィは名門と呼ばれるエルディー公爵家の娘だ。そんなに彼が好きなら、両親に強請ってそれこそ権力を振り翳して手に入れたらいい。まあ、兄はきっと怒ると思うが。
でも、それをしないのは分かっているからだ。エクトルは生真面目で優しい人だから、不満や恨言などは言わないと思う。
だが権力で彼を無理矢理手に入れてしまったら、きっと今の様な関係には戻る事は出来ない。これまで積み上げた全てが崩れてしまうだろう。
そうなれば二度と、彼から本当の意味で愛される希望は失われてしまう……。
きっと、兄もそれを理解している。大切だから、動けない。大切だから、無力になる。良く似ている。やはり兄妹だとシルヴィは内心苦笑した。