テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
143
瑠璃🍫✨💭ྀི
183
――週明け、悩んでいる暇もないくらい頭も心も仕事に持って行かれた。
プロジェクトが本格的に始動し忙しくなったのだ。
嫌な忙しさではなくとても充実したもので、今までで一番やりがいを感じていた。時間があっという間だと感じるほどだった。
気づけばまたその週が終わろうとしていた、金曜日。
この日は広睦くんと会う予定をしていた。あらかじめ少し遅れるかもと伝えると私の会社近くのカフェで時間をつぶしているから気にしないでと返事があった。
思ったより遅くならなくて、『今から会社出るね』とメッセージを送るとスマホをバッグにしまった。自分でもわかっている。広睦くんと会う日は――少し、浮かれてる。
「東谷、東谷! 」
後ろから橘さんの声が追いかけてきて足を止めて振り向いた。
「橘さん、どうしました? 」
「はあ、お前全然捕まらないのな。今週どっかでーってぼんやり思ってたらもう金曜だぜ」
並んで歩いて、今日も断ることになるので申し訳ない気持ちになる。
「あの、実は……今日もこの後予定がありまして」
おずおずと申し上げると橘さんは目を丸くした。
「ああ。そうか。そうだよな……。この前の、上手くいったのか。ああ、言いたくなかったらいいんだ」
「いえ、この前のは。友達にはなれそうでしたが、なかなか」
「ああ。なかなか難しいよな。そっか別に予定が全部男とは限らないよな」
「えー……まぁ」
けど今日は、男性でデートで。わざわざ報告の義務もないんだけどさ……。正直に言うべきなのかな。けど……。どう説明すべきか、そもそも説明が必要なのか、そう考えあぐねていると
「春美、さん? 」
目の前にアイスコーヒーを持った広睦くんの姿があった。
「あ……」
嘘をついたつもりはないのに、なんだかきまりが悪く、俯くことしかできなかった。
「会社出たって言うから迎えに来た」
広睦くんの視線が隣の橘さんに移り、ぺこりと会釈をする。橘さんは察したようでふんと頷くとにこりと笑った。
「じゃあ、俺はここで。あー、そうだ東谷。お前いっそがしいし、空くの待ってても埒が明かないから、来週どっか空けて。ちょっと話したいことある」
「あ、はい。わかりました」
うん、と穏やかに微笑むとその笑顔のままスッと広睦くんに視線を走らせ橘さんは私たちと離れて行った。
「……橘さん、だね」
まだ橘さんの背中を目で追っていた私はハッとする。
「ああ、うん。よく覚えてるね、名前」
「そりゃね、好きだった人、だろ」
「好きって言うか……」
憧れのような、そんな感情だった気がするな。社会人になりたての右も左もわからない時にずっと寄り添ってくれた人は頼もしく見えるものだ。あの頃からかな、恋愛における価値観が学生の頃からガラリと変わる。先輩は随分と素敵に見えた。
「何でいんの。こっちの人じゃないんだろ」
「あ、そうそう。実はね……すごいんだよ、あの人。会社の大きなプロジェクトリーダーに選ばれてこっちに来てるの。わざわざ呼ばれるくらいすごい人なんだよ。もしかして私がリーダーに選ばれたりしてってちょっと期待したんだけどね、まだまだだなぁ」
「そっか、すごいね。わかんないけどすごい人なんだろうな。やだなぁ」
「んふ」
気持ちのまま顔と口に出されたことで吹き出してしまった。
「ちぇ、なんだよ。そりゃやだろ。自分の彼女が昔好きだった男と一緒に働いてんの。しかも、現在進行形で尊敬できる能力がある。脅威だけど? 」
「ふふ、既婚者だよ」
「逆に言うと、そこに頼るしかないってことだ。何もできず倫理観に頼るしかないってこと」
じと目が可愛くてまた吹き出してしまいそうになった。
「奥さんをすごい大事にしてる人で、そこがまた素敵だよね。でもさ、終わった話だし。今はもう尊敬する先輩以上の感情は無いよ」
「うん。けど、昔好きだった人とか尊敬してる人って入られやすいんだよ」
「入られやすい……とは」
「簡単に心の中に入られやすい。あっという間に尊敬が恋愛感情に変わる。向こうがその気になればね」
「それ……は……。無いよ、だって結婚して家庭を持ってる人だよ」
「ほらね。結局春美さんはそれしか言わない。だから俺はそこに頼るしかないってことだ」
「……」
静かにそう言う広睦くんに言葉が出ない。どうしてそう確信めいたことが言えるのだろうか。広睦くんにも覚えがあるのかな。簡単に恋に変わった瞬間が……。
「言うんじゃなかったな。不安を口に出すのはダサいし春美さんが“もし”を考えちゃうじゃん。想像上でも誰かと結婚したりしないで」
「何言ってんのよもー、意味わからない」
笑って流したけど、私にとってもう何ともない事に心配そうな視線を寄越す広睦くんに胸がきゅっとなる。恋愛における素直さを失った私には心が澄み渡る気分だよ。
「じゃあ、この話は終わり。コーヒー、いる? 」
「あ、ありがと。もらうー」
さっきの話題にはもう触れることなく、広睦くんがいつもより少し早足で歩き出す。私はコーヒーを持っていない方の手でそっと広睦くんの腕に手を添えた。
驚いて振り返った広睦くんは直ぐに笑顔になった。嬉しそうに自分の腕にある私の手に自分の手を重ねる。
私もしらずに顔が緩む。この子を笑顔にしたい、なんて気持ち初めてかもしれない。
「単純だな、俺って」
照れている顔がまたかわいくて、抱きついてしまいたい衝動に駆られる。感情のコントロールってこんなに難しいんだ。
コメント
1件
みぅです🥀 第38話、読みました……! 広睦くんのヤキモチというか、不安をポロッと口にしちゃう感じ、すごくリアルで切なかったです。「倫理観に頼るしかない」って、本気で好きだからこそ出る言葉ですよね。 最後に春美さんが腕を絡めて、広睦くんがぱっと笑顔になるところ、本当に好きなシーンです。ちょっとしたことで顔が緩んじゃう甘さがたまらなかったです🌙