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第2話:正体バレ?
深夜の合宿所。
ウタゲが「聖域の清掃」に全力を出し切り力尽きて寝静まった頃、ユズルは一人、割り当てられた個室でノートPCを広げていた。
「……あー。……やっと、一人の時間。……録音、しなきゃ」
クローゼットの中に頭を突っ込み、吸音材代わりの服に囲まれて、小さなマイクをセットする。
昼間の無気力な姿とは一変、その瞳にはどこか鋭い光が宿っていた。
「……『……月が、溶ける。……夜の、淵で……』」
ゆっくりと、吐息が混じるような、熱を帯びた歌声。
それはネットで「正体不明の神」と崇められている歌い手・『シキ』その人の声だった。
防音の甘い古い別荘。
その歌声は、喉が渇いてリビングに降りてきたF/ACEのメンバーたちの耳に届いてしまう。
「……え、何。この声……」
最初に足を止めたのは、多聞だった。
ジメ原モードの彼は、その歌声に魂を抜かれたように立ち尽くす。
続いて、スマホをいじっていたF/ACEのメンバーも、吸い寄せられるように廊下へ出た。
「おい、これ……まさか……」
「シキ……? 嘘だろ、俺が毎日聴いてるチャンネルの……」
メンバーが息を呑む中、歌声はサビへと向かう。
儚げなのに、聴く者の心を抉るような圧倒的な表現力。
彼らが必死に追い求めている「アイドル」としての煌めきとは違う、孤独に寄り添うような深い影の音。
「……あ。……間違えた。……もう一回」
不意に歌が止まり、廊下にいた全員が
「ああっ、そこからなのに!」と心の中で叫んだその時。
ユズルが、眠気眼でクローゼットから這い出してきた。
「……ふぁ。……喉、乾いた。……水、飲もう」
ガラッとドアを開けた瞬間、そこには呆然自失のF/ACE 5人組。
「…………え。……何。……怖い」
ユズルは一瞬で無気力モードに戻り、一歩後退りする。
「テメェ……今、歌ってたの、お前か!?」
桜利が肩を掴んで詰め寄るが、ユズルはゆっくりと瞬きをして、視線を逸らした。
「……歌? ……寝言、じゃない? ……僕、寝る。……おやすみ」
「寝言でシキの新曲歌うわけねーだろ!」
「……シキ? ……誰、それ。……知らない。……離して、眠い」
ユズルは、鉄壁の無関心を装って彼らをすり抜ける。
だが、多聞だけは見逃さなかった。
ユズルの指先が、極限の集中を終えた後のように、わずかに震えているのを。
「ユズルくん……君、本当は……」
「……多聞くん。……靴下、裏返しだよ。……じゃあね」
決定的な証拠を煙に巻き、彼はトボトボとキッチンへ消えていく。
メンバーたちの胸には、「ウタゲの弟は、とんでもないバケモノかもしれない」という疑惑が、鮮烈に刻み込まれた。
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