楽しいお花見の時間は、昼食とデザートを食べ終えて一息ついたところでお開きとなった。
 「それじゃ、ここから少し移動するよ。あの丘の向こうに小川があるんだ」
 「確かに、火魔法を使われるなら、川の側が安全でしょう」
 ついつい食べ過ぎて満杯になったお腹を抱えて丘を登ることしばし。
 到着すると、殿下が仰っていた通り小川が流れていた。綺麗な清流で、日差しを浴びてキラキラと水面が輝いている。
 「さて、まずはエレーヌ嬢の練習の成果を見せてくれるかい?」
 殿下がパチンと指を鳴らすと、護衛騎士の方が程よい距離に訓練用の的を並べてくださった。
 こんなこともしてくれるなんて、護衛騎士って便利……いえ、有能ね。
 「分かりました。では、いきます」
 エルネストはそう言うと、右手を上げ、真剣な眼差しで的を見据えた。そして手のひらから光が溢れ、三本の矢が的へと飛んでいく。
 パァン、と鋭い音がすると、三本の矢はすべて的中していた。
 「お見事! これは素晴らしいな! 聖力で攻撃なんて、本当にできるんだね」
 「今できるのは、これだけです。的を狙う精度はだいぶ上がったので、もう少し多彩な攻撃ができるといいと思っているのですが、どうすればいいのか思いつかなくて……」
 「なるほどね。ではまず、今の矢のような攻撃はすべて真っ直ぐ飛んでいったけれど、こんな風にもできるよ」
 殿下が的に向かって右手を出すと、そこから紅蓮の炎が浮かび、次の瞬間、勢いよく三方向に放たれた。
 それぞれが右方向、左方向、そして上空へと弧を描くと、的に向かって収束していき、ボオッと大きな爆炎を上げて命中した。
 す、すごい……。これが殿下の実力なのね……。
 先程までの飄々とした様子からは想像もつかなかった凛々しい姿に、思わずときめいてしまった。
 「今のように、それぞれ別の方向に向かって飛ばすこともできる。あとは、定点を狙うだけではなくて、動くものを追尾させることも可能だ」
 「そうか……その発想はなかったです」
 エルネストも珍しく殿下に尊敬の眼差しを送っている。
 「他にもイメージ次第で色々な攻撃の仕方ができる。例えば、こうやって火の雨を降らせたり、剣に炎を纏わせたり、炎の檻で囲ったり、炎の魔力を一点に凝縮して爆発させたり」
 殿下は攻撃方法の具体的な例をあげながら、実際にやってみせてくれた。
 凄まじい威力の火魔法が次々と繰り出され、私は唖然として、馬鹿みたいに口をぽかんと開けるばかりだった。
 「……レティシア、大丈夫か?」
 「クロード、殿下ってすごく強いお方なのね……」
 「ああ、殿下は非常に高い魔力をお持ちだからな。圧倒的な火魔法の威力と優れた剣技で、国一番の強さと謳われている」
 そうだったんだ……。
 これまで社交界にも出ず、実家や神殿に引きこもって家事や仕事ばかりしていたから、全然知らなかった。
 殿下、ずっとチャラい人だと思っていて申し訳ございませんでした。これからは認識を改めます……と、私は心の中で懺悔した。
 それから、殿下はエルネストに攻撃魔法のイメージの仕方や集中力の高め方を教え、エルネストも時に質問したり、考え込んだり、自分で試してみたりしながら、真面目に訓練に取り組んでいた。
 私は訓練する二人の様子を眺め、クロードは誤って私に攻撃が飛んできたりしないよう見張って、短くはない時間を過ごした。
 そうして、だいぶ日が傾いてきた頃、エルネストと殿下が訓練を終えて戻ってきた。
 「お二人とも、お疲れさまでした! 果実水をどうぞ」
 きっとクタクタになっているだろう二人に果実水を手渡す。
 「ありがとう、気がきくね」
 「いただきます。ありがとう、レティ」
 二人とも、相当喉が渇いていたのか、ゴクゴクと一気に飲み干してしまった。
 「エレーヌ嬢はスジがいいね。攻撃面でも素晴らしい力を発揮できそうだ」
 「殿下に様々な火魔法を見せていただいて、とても勉強になりましたし、聖力の可能性も感じました。今日は私のためにありがとうございました」
 「少しは好感を持ってもらえてたらいいんだけど。エレーヌ嬢が進化した聖力を見せてくれるのを期待してるよ」
 二人の間に流れる空気が、訓練前とは違ったものになっているのを感じる。
 殿下は相変わらずだけど、聖女への見方に変化が出ているような気がするし、エルネストも殿下への敬意みたいなものが芽生えているように見える。
 「……今回の訓練は、色々と収穫があったみたいね」
 「ああ、そのようだ」
 私とクロードは顔を見合わせて小さく笑ったのだった。
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