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孝也の車で家まで送って貰うと、先に一人で戻ったアヤメから到着時刻を聞いていたのか、門の前には真知子とゴンタが待ってくれていた。見慣れない車のドアから美琴の姿を見つけると、ゴンタは四尾を大きく振りながら駆け寄ってきた。真知子はオニギリの仕込みでもしていたのか、着物に割烹着姿でどこかぎこちない笑顔で出迎える。
「お帰り、美琴。無事で良かった」
「ただいま。学校、サボっちゃった……」
「それは担任の先生から電話があった時、適当に言っておいた」
そんなことは気にしなくていいから、と言い置いて先に家の中へと入っていった真知子だったが、目元が少し潤んでいたのに美琴は気付く。普段と同じように気丈に振舞っているように見えたけれど、やっぱりかなり心配させてしまったみたいだ。
「オレも行くって言ったんだけど、婆ちゃんのとこにいろって連れてって貰えなかった……」
美琴の周りをピョンピョン飛び跳ねて帰宅を喜んでいたゴンタだったが、尻尾をしゅんと下げて愚痴り始める。他の式が二体とも向かうと聞いて、子ぎつねも当然同行するつもりでいたのに、ツバキ達から止められたらしい。
「あいつら、オレのことをすぐに子供扱いするんだっ!」
今度はプンプンと怒り出す。喜んだりしょげたり、感情の変化が忙しい妖狐の姿を見ている内に、美琴は無事に帰ってこれたという実感がようやく湧き上がってきた。両親の事故に関わる真実や、禁術を使って解放した二体のあやかしのこと、式を失った康之の家の今後のこと。頭の中ではぐるぐると沢山のことがずっと駆け巡っていた。数年前の法事以来だったのに、車の中でも孝也と会話できるほどの余裕もほとんど無かった。
「ゴンタがお婆ちゃんの傍にいてくれてるって聞いて、安心してたんだよ」
「ふんっ、それは当然だ」
宥めながら頭を撫でてやると、子ぎつねの機嫌もすっかり直ったのか、再び尻尾をぶんぶんと振り始める。玄関に入った後は、ゴンタがツバキから足を拭いて貰っているのを何となく眺めていた。
康之の家にいた二体のあやかしは、ずっと部屋の隅で震えながら暮らしていたんだろうか? おそらく式として契約したのは昔の話だろうけれど、あの状態がどれくらい続いていたのかと思うと、やるせない気持ちになる。
自室へ戻って着替えを用意した後、美琴はそのまま浴室へと直行した。そこまで長い時間でもなかったはずなのに、着ていた制服も髪もすっかり煙草臭くなってしまった。あの劣悪な環境にいれば誰でも荒んでいく気がするし、あのまま放っておいて良いとも思えない。
気分も身体もさっぱりした後、台所で真知子と向かい合って遅めの昼食を食べながら、美琴は康之の家で起こったことを話した。
「あの家は喜平爺さんと息子の則之の仲が良くなくてね。祓い屋稼業に見切りをつけた息子が早々に出てってから、孫を甘やかし放題だったらしい。あの子も下手に力があったもんだから……」
確かにあの家で康之以外の人間の気配は感じなかった。喜平が入院中なのは聞いていたけれど、言われてみれば康之の両親の姿は見ていない。ツバキが得た情報によると、二人は母親の実家の方に身を寄せて、父親の則之は祓い屋とは全く別の仕事に就いているとのことだ。
「あそこにいた式達は二体とも解放しちゃったんだけど、これからどうなるの?」
「嫌がってるのを無理矢理やったわけじゃないんだろう? なら、己の好きなところへ行くか、かくりよへ帰るかするはずだ。こっちでの扱いがそれほど悪かったのなら、二度と戻っては来ないだろうねぇ」
「祓い屋が契約した式から見限られるなんて、情けないことだ」と呆れ気味に呟きながら、真知子は豆腐とワカメの入った味噌汁を啜っていた。
だいだらぼっちを解放した後、あのあやかしは美琴の足の拘束を解いてくれた上に、康之から危害を加えられないよう美琴との間に立ち塞がってくれていた。河童も康之からの命令には従わず、自ら解放されることを望んだ。二体に見守られて無事にあの屋敷から外へ出ることができたことを思うと、彼らの今後が平穏であることを願わずにはいられない。
「康之のことは親に任せるしかないだろう。もういい大人だけど、面倒見てくれる存在があって幸いだ」
「……あの人、お父さんとお母さんの事故は自分がやった風なこと言ってた」
美琴のことも同じ場所へ連れて行って、事故に見せかけて殺そうと考えていたみたいだった。はっきりと明言はしていなかったが、両親の事故も康之が絡んでいるような言い草だった。
孫が言うことに、真知子は少しも驚いた顔は見せなかった。そんなことはとっくに知っていたかのように、黙って頷き返してきただけ。
「あやかしが絡んだことは人の法で裁くのは難しい。視える者を相手にしか立証できないからね」
だいだらぼっちが落としたという石は、人の手では持ち上げるどころか押すことすら不可能だ。世間一般では、自然に起きた落石としか扱われることはない。もしあれは康之が指示したことだとしても、それを公に証明するのは不可能。悔しいけれど、それが現実なのだ。
美琴は手の平に爪が食い込みそうになるほど、ぐっと両手を握り締めて俯いた。