テラーノベル
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それは、あまりにも静かな午後だった。 ヨコハマの喧騒を遮断した中也の隠れ家で、太宰は退屈そうにソファに寝そべっていた。手には中也が「勝手に開けたら殺す」と言っていたヴィンテージのワイン。それをあろうことか、チェイサーもなしに水のように煽っていたのだ。
「……ぷは。中也の秘蔵っ子だけあって、喉越しは最高だね」
空になったボトルを床に転がし、太宰は満足げに息を吐く。 太宰にしてみれば、これは些細な嫌がらせのつもりだった。だが、この時の彼はまだ気づいていなかった。その喉を潤した液体が、数時間後、自分を地獄へ叩き落とす「毒」に変わることに。
「……おい、手前。何してやがる」
冷ややかな声とともに、中也が部屋に戻ってきた。 転がる空瓶と、上機嫌な太宰。中也の眉間には深い皺が刻まれる。
「やあ中也、お帰り。このワイン、君に似て個性的で美味しかったよ」 「……あぁそうかよ。……そんなに飲みたかったなら、もっと飲ませてやるよ」
中也は怒るかと思いきや、不敵な笑みを浮かべて太宰の隣に座った。 そして、未開封のさらに大きなボトルと、大振りのグラスを取り出す。
「え、……いや、流石にこれ以上は……」 「飲め。……俺の許可があるまで、一滴も残さず、一歩もこの部屋から出るな。いいな?」
中也の瞳に宿る、逃れられない重圧。太宰はわずかに背筋を凍らせたが、この時はまだ「ただの飲み比べ」だと思っていた。
それから一時間。二時間。 中也は言葉通り、太宰のグラスが空くたびに、並々と液体を注ぎ続けた。 太宰の胃の腑はすでにタプタプと波打ち、液体で満たされている。そして、アルコールが抜けていくにつれ、生理的な現象が、静かに、しかし確実に太宰の内部で鎌首をもたげ始めた。
「……ねえ、中也。……もう、十分堪能したよ」
太宰の声が、わずかに上擦る。 彼は密かに、脚を組み替えた。下腹部に居座る、重苦しい「重り」のような感覚。 まだ痛みはない。だが、一度意識してしまうと、神経のすべてがそこへ集中してしまう。
「何だ、もうギブアップか? 随分と情けねえな」 「……そうじゃないよ。……ただ、ちょっと、お手洗いに行きたいだけさ」
さらりと告げ、太宰が立ち上がろうとしたその時。 中也の右手が、太宰の肩を強く押し戻した。
「……待てよ。……誰が行っていいっつったよ」
「……は?」
太宰の顔から、余裕の笑みが消える。 中也はワイングラスを傾け、琥珀色の液体越しに、獲物を見定めるような瞳で太宰を見据えた。
「手前、さっき『何でも言うこと聞く』っつったよな。……なら、俺が許すまで、そこに座ってろ」
「……っ、……中也、冗談だろ……? 流石に、これは……」 「冗談に見えるか?」
中也の低い声が部屋に響く。 太宰は、自分の心臓が早鐘を打つのを感じた。 下腹部では、溜まりすぎた液体が逃げ場を求めて、内壁をじわじわと圧迫し始めている。
「……一歩でもここから動いてみろ。……手前のその細い脚、二度と歩けねえように叩き折ってやる」
中也の言葉は、冗談でも比喩でもなかった。 太宰は冷や汗を流しながら、再びソファに深く沈み込む。 膝を揃え、内腿に力を込める。 ヨコハマを支配する双黒の片割れ、太宰治。彼の、長く、残酷な「我慢」の時間が、今始まった。
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