「……んん、?」
日の光で、寝ぼけていた意識が少し浮上する。
…と、
「……、あれ?」
ちゃんと布団を被ってベッドで寝ていた。
…何の変哲もないいつもの朝だ。
「?」
……じゃあなんで、
─今、俺は違和感を感じたんだろう。
別に何もおかしくなんてない。
「……?」
脳のモヤが晴れないまま、枕元のスマホに手を伸ばしロックを解除する。
…と、
「うっわ、…なんでこんな通知来てんの?」
LIMEの通知バッジが、何故かカンストしていた。
昨日の夜何かあったのだろうか…とりあえずLIMEを開くと、
「おーい!!」
「どこ?」
「大丈夫?」
「無事?!」
……沢山の人から、何件もの不在着信と共に自分を心配するメッセージが大量に届いていた。
「……俺、なんかした?」
1人ベッドの上で首をひねりながら、昨日の夜のことを思い返す。
…そういや、肝試しに行ったんだっけか。
死ぬほど断ったのに結局連れていかれて、確かペアはくじ引きで決めた。
他の奴らは俺らをおどかすためにあちこちに隠れてて、
…それを知ってて進むもんだから、いつ出てくるのかずっと警戒していた。
けど、中々出てこないもんだから少し気を抜いていたら、
その瞬間木の影からおどかしてきたアイツに死ぬほどビビって、
……ペアの友達を置いてけぼりで、全力で逃げたんだっけ?
「…そのまま、ええっと、」
……、どうなった?
─順調に繋がれていた、断片的な記憶同士の架け橋は、突如として崩れた。
…思い出せない、あの後どうやって家に帰ったのだろう。
自分を心配してくれる大量のLINEからも、恐らく俺が結構な時間ペアの奴とはぐれていたのは確かだ。
はぐれていたということは、恐らく道には迷っている。
…道に迷っているということは、
「…あれ、俺普通に考えて帰れなくね?」
─気づいた、朝からの違和感の正体はコレだ。
…なのに今家にいるし、なんならいつも通り寝ていた。
無我夢中で帰り、友達からの心配のLIMEを返すことも頭にないのに、
…寝る用意だけはきちんとして寝たとか?
「いや、有り得ねーか…」
精一杯思考を巡らせるが、
どこか狐につままれたような気分で頭が晴れない。
悶々としていると、
親が俺を朝ごはんだと呼ぶのが聞こえたので、とりあえず朝食を摂りにいくことにした。
午後からは外に出て、
いつも近所の友達と集まって遊んだりしている近所のコンビニへ行った。
心配してくれた友達一人一人に「大丈夫だ」とLIMEを返すより、
姿を見せた方が早いと思ったからだ。
…まあ会えた友達には、
「先に帰るならそう言え」だの、
「心配した」だの
「無事でよかった」だの、
怒られたり安心されたり色々した。
…そもそも俺は「行きたくない」と何度も断ったはずだ、
怒られるのは違くないか??
「お前らのせいだろ」と言って殴りそうになったが、流石に自制した。
〈 えぇ……、…オレとはぐれてから、そのまま無事に帰れたってことだよな? 〉
ペアだった友達がそう話しかけてくる。
「そうかも…。」
〈 『かも』ってなんだよ『かも』って 〉
「…俺もよく覚えてない。」
〈 へぇ〜……? 〉
…納得していなさそうな顔の友達、
当たり前だ、俺だって未だに状況を理解してない。
「…いや、道には迷った気がするんだけどな」
〈 じゃあ尚更どう帰ったんだよ…?w 〉
「…いや、俺も聞きたい。」
もう一度、山に行けば何か分かるだろうかとも考えたが、
…無理やり連れていかれて、しかも道に迷ったであろう肝試しの山に、
再び自分から行こうなんて思えやしなかった。
「…まあ、別にいいや。」
「過ぎたことだし。」
〈 軽いな〜… 〉
それからは、友達と少し遊んで家に帰った。
日も沈んだ頃、ウチの玄関のドアに手をかける。
…が、
「…あれ、カギかかってね?」
おかしいなと思ってLIMEを見ると、
案の定母からは「夕飯の買い出しに行ってくる」と連絡が入っていた。
…それに続けて、「合鍵、昨日の夜に渡してから返してもらってないから持ってるでしょ?」とメッセージが入れてある。
「…合鍵?」
─首をひねった。
コンビニに行く時には、そんなの絶対持っていっていなかった。
…昨日帰ってから、家の中に置いたのだろうか?
だとしたら俺の性格上そんな回りくどいことはせず母に返すか、
わかる場所に置いておくに決まっている。
「……じゃあ、」
─サイアクの可能性を考えた。
「……もしかして、あの山に落とした…?!」
冗談だろと言いたくなるが、
残念ながらそれ以外の可能性の方が明らかに低いのは事実だ。
失くしたなんてバレたら親に殺されるし、
正直に「落としましたごめんなさい」なんて自首する選択肢はない。
「……探すしかないってか?」
神様も意地悪なモノだ、
あんなに俺が昨日ビビっていたのを、見ていなかったのだろうか。
「…普通に考えて、」
「山の中で落としたカギが見つかるわけなくない…?」
再び勇気を振り絞って山に乗り込んでから30分、
さすがにカギなんて小さいモノがそう簡単に見つかる筈もなく、
一周まわって冷静になってきた頭が「諦めろ」と言ってくる。
…これ以上は、また帰り道が分からなくなりそうだ。
「……諦めて母さんに自首するかぁ…。」
両親も、俺が山で行方をくらますよりかはカギ1個無くされる方が数百倍マシだろう。
踵を返し、帰り道が分かるうちに山を下ろうとしたその時、
─目の前を数人の人間が、騒ぎながら走って通り過ぎた。
「……? 知ってる奴…じゃなかったな。」
男子高校生くらいだろうか、
「…なんであんな急いでんの?」
何かから逃げているのか、
……もしくは何かを追いかけているのか。
帰るはずだったのだが、不思議とその集団のことが気になり、
気づけば後を追っていた。
〖…やっぱり!キツネだ!〗
追いついた先、
先程の男子高校生の1人がそう言っているのが聞こえて、思わず茂みに隠れた。
そこから彼らの様子を覗き込む。
(……、あれってキツネなのか?)
…にしては毛並みが綺麗な白銀色をしている。
(……あれ?)
少しその光景を見ていると、
ある事に気づいた…というか、
この光景に、既視感を憶えた。
─と、
〖うわ、すげぇ。しかも銀色のキツネだ!!〗
『キャンッ』
男子高校生の1人が、白銀色の狐のしっぽを雑に掴み持ち上げる。
「!」
狐が痛そうな声を上げるのが聞こえて、
─思わず茂みから飛び出していた。
〖?〗
〖だれこの子〗
〖…お前の知り合い?〗
口々に男子高校生が俺に向かってそう言うのが聞こえる。
…いつもなら、
「人間に捕まるなんてツイてない動物だ」と見向きもしなかっただろう。
─だが、不思議と、
あの狐は、助けたいと思った。
…何かアレに恩でもあるのだろうか?
「あ〜…えっと、」
「……友達、です…w」
〖…え、俺らの?〗
「……いや、」
男子高校生の手の中の狐を指さす。
「─『ソレ』の。」
…言ってから冷静になった。
俺は何を言っているんだろう。
〖…え、どういうこと?〗
男子高校生がそう聞いてくる。
ちなみに俺も聞きたい。
〖…まあなんでもいいわ、〗
男子高校生の興味が狐から俺に移ったのか、
彼が狐を雑に放り投げる。
『ぅわっ…!!!』
「!」
自分より遥かに大きい人間に投げられ、
為す術なく宙に浮かんだ『ソレ』に思わず走り寄り、
現役陸部の反射神経をフル行使してキャッチしに行った。
……なんとか間に合い、
もふもふの狐を両腕で抱え込むことに成功して、
──何故か、この感覚にも既視感を憶えた。
前にもなかったっけ、こんなこと。
もふもふなナニカを追いかけて走って、両腕でホールドして捕獲して…、
その後に「バケモンだろ…」と悪態を吐かれた。
(…あれ、)
それは、誰に吐かれた言葉だっただろうか。
確か、深い青い瞳の、
…腕の中に視線を落とすと、綺麗な青い瞳と目が合った。
「……!!」
『……はァ、』
『…バカ、忘れろって言ったのに。』
腕の中から飛び出した狐が突然青い炎に包まれ、目を見開く。
……やがて、
「……!」
見たことのある耳としっぽが生えた、ヒトの姿になった。
〖……え、何あれ、〗
突然狐が人間へと姿を変えたのを目の当たりにし、
男子高校生が声を上げる。
『……興味本位で雑に扱ってくれた奴に、教えることなんてないんだけど。』
目の前の人狐が男子高校生を冷たい目で睨んでしっぽを揺らすと、
青い火玉が宙にぼうっと浮かぶ。
─すると、人狐はそれを男子高校生達にぶつけた。
「…え、え?!?」
俺が、
熱そうな火をモロにぶつけられた男子高校生達と人狐を、交互に見て混乱していると、
〖……あれ、俺らなんでこんなとこに?〗
〖…うわっ!…やべ、門限すぎてるわ俺!!〗
〖マジかよ?! 早く帰ろうぜ!!〗
…急に男子高校生達は、この場を去っていった。
『…おいそんなビビんなよ、記憶消しただけだっての。』
一連の流れに対する俺の困惑を察したのか、人狐が俺に苦笑いで微笑みかける。
『……はァ、アイツら思いっきりしっぽ掴みやがって…覚えとけよ……』
「『覚えとけよ』って…今お前が記憶消しただろ…w」
『…そういやそれもそうか。』
『……てか、』
「?」
『…なんでお前は思い出せたんだよ?』
『アレと似たような妖術、お前にも掛けた気がするんだけど。』
「…よ、妖術…??」
『─逆さ神隠し。』
「…え?」
『妖術の一種だよ。』
『普通の神隠しは、掛かると急に行方をくらましてしまうだとか術者に攫われるだとか、攫われる前にいた世界の記憶を失くすとか、…そんなんだけど、』
『〈逆さ神隠し〉って言うのは、名前の通りその逆。』
『掛けられると急に行方がわかる…簡単に言うと、帰りたいトコロに帰れるってやつ。』
『…もちろん〈攫われる前にいた世界の記憶を失くす〉っていうのもひっくり返るから、』
『帰れる前に出会った術者の記憶は失くなるハズ…なんだけど、』
『…だから不思議なんだよ、なんでお前は俺の事を思い出せたんだ?』
「……俺がビビりだからとか、関係あったりする?」
『んなの関係ある訳n……、』
『…あるかも。』
「え?」
…正直冗談のつもりだった。
『そっか、催眠術も〈楽しもうとする人間に掛かりやすい〉とはよく言うな。』
「…俺、動物もお化けも怖くて苦手だわ。」
『俺の存在フルコンボじゃねぇか…』
「あ、あはは…w」
(…でも、そんだけの理由で“妖術”って解けんのかな?)
恐らくこの人狐の反応からして、今まで自分の妖術を解かれた人間は居なかったのだろう。
…今まで、余程恐怖心の無い人間、
─興味本位の奴や、好奇の目で見てくる奴に遊ばれて来たのだろうか。
「…その、お前は((『なあ人間、』
そんなことを考えて勝手に同情し、何か声を掛けようとして遮られた。
「…なに?」
とりあえず掛けられた声に返事をする。
『…さっき俺の事、〈友達〉って言った?』
「…え?」
言われて、少し前ら辺の事を思い出す。
「あ〜…えっと、」
「……友達、です…w」
〖…え、俺らの?〗
「……いや、」
男子高校生の手の中の狐を指さす。
「─『ソレ』の。」
「……うん、言ったわ。」
あの時は条件反射で出た言葉だったので自分でも理解していなかったが、
この狐との縁を思い出した今は、その言葉の意味が分かった。
「…えっと、その……、」
「…イヤだった?w」
たかが夜中の数十分程の絡みで友達判定されたのは不快だっただろうか、
少し心配になり、人狐の青い瞳を覗き込むと、
『うわっ! …なんだよ急に。』
覗き込まれたのに驚いたのか、人狐が距離を取る。
『…別に、』
『…悪くなかったよ。』
耳を少し萎れさせながらそう言うと、狐は赤くなっている顔を俺から逸らした。
「……、」
『な、なんか言えよ……。』
「…いや、お前って案外ちゃんとかわいいな。」
「狐の面影あるじゃん〜」とつついて揶揄うと、『祟るぞ』と言われしっぽで顔を叩(はた)かれた。
「……あ! てかさ!!!」
『うわっ、急に大声出すなよ…なに?』
「ご、ごめんごめん…」
─急に思い出した。
…そういや、俺がこの山にもう一度来たのは、
「…お前さ、俺のカギ知らない?」
『…カギ?』
「そう、家のカギなんだけど…」
人狐が首を傾げる。
…これは恐らく心当たりが無いなと諦めかけた時、
『…それって、もしかしてこれ?』
狐が青い火玉を1つぼうっと浮かせ、
俺の掌の上でその火を霧散させた。
…と、
「!」
「……カギだ…!!」
火玉の中から出てきたカギを握りしめる。
確かに俺の家のモノだった。
「な、なんでお前が…??」
『…そういや〈逆さ神隠し〉を使った後に、俺らが出逢ったところの切り株に落ちてたんだよ。』
『お節介で拾っておいたら、まさかお前のだったとは…。』
「……、」
『…なんで急に黙るんだよ。』
「いや、なんか、」
『?』
「…お前って、色々冷たい割に優しいよな。」
『は?』
「初めて会った時も、俺のことウチに帰してくれたし、」
「誰のか分からないカギも持っててくれたし…」
『……、
ちょっと優しくされただけで…単純なヤツだなお前。』
「でも事実だろ?w」
少し揶揄い返すと、
狐の耳が萎れ、目が逸らされる。
…照れてる時の仕草だ。
『…はァ、勝手にしろ。』
もう既に少し聞きなれた呆れた声が返ってくるのに、嬉しくなった。
「……次『忘れろ』とか言ったら許さねーからな。」
『はいはい…、』
目の前の元気な少年には聞こえないよう、小さく呟いた。
『──「友達」にはそんなことしねぇよ。』
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