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暫く互いに押し黙って、天を見ていた──。
「……少し、昔の話をしてもいいですか?」
沈黙の中、彼がそう口を開いて、
「はい…」と、顔を向けると、
グラスに残っていたシャンパンをぐいと飲み干して、ゆったりとした口調で語り始めた。
「私が小さかった頃、父とよく家のベランダで星を眺めていました……」
彼が言って、天窓に広がる星空へ目を移す。
「父はよく幼い私を抱いて、ベランダから見られる星を指差して、『あれが、オリオン座で』とか、『向こうに見えるのが、カシオペア座で』と教えてくれて、星座にまつわる神話を話してくれました……」
言葉を切り、注ぎ足したシャンパンを口にして、
「私は、父がしてくれる星座の話を子守唄代わりに聴きながら、いつも眠ってしまって……」
彼は僅かに喉元を波打たせた。
「あの時間は私にとって宝物のようで、それをずっと残しておきたくて、この天窓スペースを作ったんです。
だから、ここは本当に私の秘密基地のようなもので、父との時間を振り返る、かけがえのない場所なんです」
幼い彼と、そしてその彼を抱き星を見上げるお父様の在りし日の姿が、目の前に鮮やかに浮かぶようだった……。
「……父は、とても優しかった。私が寂しがらないようにと、いつも気にかけてくれて……」
グラスの中身を飲み干した彼が、遙か遠くを見つめる視線を闇い夜空へ投げかける。
「父は、まだ小さかった私に、
『おまえは、おまえを愛してくれる人と、いっしょになりなさい』と……。
『今はまだ、わからなくてもいいから』と、
『いつかおまえが人を愛したら、互いに愛し愛されるように、
おまえが寂しい思いなどせずに、愛した人に愛されて、
共に愛し合っていけることを、願っているから』
と、そう言って……」
メガネを外して顔を上向けると、零れそうになる涙を堪えようとしてか、彼は目蓋に片手をあてがった。
「……あの時の父の言葉が、今になって心に沁みてわかるようで……」
私へ顔を向けると、
「そばにあなたがいてくれて……。ここで共にこの星空を見れることが、この上ない幸せだと……」
アルコールにしっとりと濡れた唇で、頬に柔らかに触れた。
「愛し、愛されることが、こんなにも幸せだったなど……」
彼の口から紡がれる偽りのない本心に、その身体に腕を巻き付けて抱き締める。
「ずっと……愛してるので。あなたを、ずっと愛してるから……」
二人でいられることの幸せが、じんと胸を込み上げる。
「……立ってください」
先に立った彼から差し伸べられた手を掴んで、誘われるままに立ち上がると、
「この星空の下で、君を抱きたくて」
顎に手が添えられて、唇が重ねられた。