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ピピッ、ピピッ。
スマホのアラームを止める。
あのあと、なんとか家に帰り、シャワーを浴びてベッドに横になったけれど、眠れなかった。
泣き崩れて、顔がパンパンに腫れている。
目がしっかりと開きそうにない。病気だと思われても困る。
こんな顔じゃ無理。
会社……、行きたくない。愛想笑いもできそうにない。
有休、まだ残っているし、急ぎの仕事もないから、今日は休もう。
上司が出勤する時間に会社に電話をかけて「体調不良」という理由で休んだ。
それからはひたすら眠り続けた。
昨日は涙が止まらなかったけれど、あんなフラれ方をして、尊に未練はない。
けど、悔しくて悔しくてたまらない。
いつから浮気してたんだろう。
私だって、綺麗になるために努力してきたつもりだ。ダイエットだって、美容を気にして学ぶようにした。
節約をして、将来のために備えた。料理だって。
でも足りなかったんだ。
あの子の方が、良かったんだね。
昨日のレストラン、そう考えると惨めだったな。両親にも申し訳ない。
頭の中はグチャグチャだ。
ご飯を食べる気にもならない。
時間が経てば、回復するのだろうか。
お昼すぎ、スマホを見ると、後輩の華ちゃんから連絡が来ていた。
<先輩、大丈夫ですか?先輩が休むなんて珍しいから、心配です。ゆっくり休んでくださいね>
とりあえず、ありがとうとだけ返事をしておこう。明日は仕事、行けるようにしなきゃ。
次の日――。
「おはようございます!先輩、大丈夫ですか?っていうか、一日でなんかすっごいヤツれてません?」
自席に座って、休んだ分の仕事をしていると出勤してきた華ちゃんが話しかけてきた。
「大丈夫……。じゃないかもしれない。ごめんだけど、仕事のサポートお願い」
正直に伝えると
「うげっ、先輩がそんなこと言うなんて、本当に大丈夫ですか。彼氏さんと何かありました?話だけなら聞いてあげられますよ」
華ちゃんと気分転換にランチに出かけた。
そこで、先日のことを話していたら
「うわ、最低!!クズじゃないですかっ!彼氏もその女も」
「ちょっと、言葉遣いが汚いよっ。他のお客さんもいるんだし」
日中のオフィス街のランチタイム、店内は混みあっていた。注意をしてしまったけれど、華ちゃんのストレートな言葉に少し心が軽くなる。
「話聞いてるだけでイライラするっ!!」
「聞いてくれてありがとう」
一人で溜め込んでいるよりも、言葉に出して吐き出してしまった方が心が楽になった。
「自分でも、なんであんな男と付き合っていたかわからない。昔は良いところもあったんだよ。いつの間にこうなっちゃったんだろうね。私も悪いところがあったと思う。だったら早く言ってほしかったな」
「先輩は優しすぎるんですよ!そんな酷いこと言われておいて!それに!話を聞いてるとその女、怪しいです!尊さんも騙されてるんじゃ……?」
「うーん。それはそれでいいんじゃない?好きだって尊が言っていたし。尊がもし騙されていたとしても、今は何も思わないもん。女の子の発言にはイラっとしちゃったけどね」
さすがに見ず知らずの女の子から、おばさん呼ばわりされたのは人生で初めてだ。
目の前にいる華ちゃんも見た目は派手だし、彼氏はいないみたいだけど、社内からはモテるのを知っている。
だからこそ、女の子が怪しいと思ったんだろうか?
「先輩!飲みに行きましょう?私、行きたいお店があるんです!初回だと安いんですよ。行きません?」
お酒か。たまにはいいかも。最近、残業ばっかりだったし。
「うん、行こう!でも、私あんまりお酒強くなくて。知ってるでしょ?人格変わるんだよね」
お酒に強い身体ではなく、すぐ酔ってしまう。
会社の飲み会で一度、酔ってしまって上司に迷惑をかけてからはセーブをしている。
「知ってますよ。あの時の先輩は衝撃的でしたから。けど、たまには良いと思います!明日ちょうど休みだし、今日早速行きませんか?」
「うん。残業しないように頑張る」
「はいっ」
プライベートで飲み会とか、久しぶりだ。華ちゃんが相手だから気が楽。こんな時だから一人で居たくないかも。いろいろ考えちゃうし。誘ってくれて良かった。
無事に仕事が終わり、華ちゃんの行きたいお店というところについてきたけれど、ここって――。
「ねぇ、華ちゃん。ここ、ホストクラブでしょ?」
お店は地下一階にあって、階段で降りてきたけれど、カッコ良いお兄さんたちの写真が何枚も通路に貼ってある。
「はい!一回ここのお店行ってみたかったんです」
お店に入ろうとする、彼女を引き止めた。
「無理無理無理!!私、行ったことない!そんなにお金持ってないよ。しかも失恋したばかりで、男の人と話すなんて。華ちゃんだけかと思ったのに」
「失恋したばかりだから、良いんじゃないですか?みんな優しくしてくれますよ。男なんて、いっぱいいるんだって思わせてくれます!しかも私たち、初回だから、指名とか余計な食べ物とか頼まなきゃ安いんです!三千円くらいでカッコ良いお兄さんと話せて、おつまみもちょっと出るし、飲み放題なんですよ?」
さぁ、行きましょう?と華ちゃんは私の手を引っ張る。
「どうしてそんなに詳しいの?華ちゃん行ったことあるの?」
ホストクラブって高いってイメージがある。華ちゃんの説明を聞いても、怖くて行く勇気が出ない。
「ここじゃなくて、違うお店に何軒か行ったことがあります!だから、安心してください。私が隣でサポートしますので」
やっぱり、怖い。
どうしよう、何十万円も請求されたら。
地下まで来たものの、入口付近で二人で引っ張り合いをしていた。
そんな時、私より年上だろうか。普通のOLに見える女性が一人でお店に入って行くのが見えた。
勝手なイメージだけど、お金持ちそうな女の人が行くようなところだと思ったいた。派手な若い女の子とか。私とあまり変わらない女性の姿に、なぜかホッとした自分がいる。
「ほら、見たでしょ?普通に入ればいいんですよっ」
「でもっ!!」
そんな時
「いらっしゃいませ。どうしたんですか?良かったら、担当を呼んできましょうか?」
うしろから声をかけられた。
このお店のホストさんだろうか。可愛らしい顔をしている。
「私たち、初めてだから担当いないんです。先輩がホストクラブが初めてで緊張して、なかなか入ってくれなくて」
ホストさんは、そうなんですねと笑顔を私たちに向け
「大丈夫ですよ。初回なら、特別なにか注文をしなければ高額になりませんから。お店の名前<アンスール>って言います。公式ホームページや専門サイトにも掲載されていますので。口コミを見てもらっても大丈夫ですよ」
やんわりとした口調に戸惑う。もっと積極的に入店を勧められるかと思ったのに。きちんと説明してくれるんだ。
「ねっ、先輩!行きましょうよ」
少しだけなら、大丈夫だよね?華ちゃんもいるんだから。せっかく誘ってくれたんだ。社会勉強だと考えよう。ある意味、初挑戦だ。
「うん」
お兄さんに連れられ、お店に入ると
「いらっしゃいませ」
何人かスタッフさんが並んで出迎えてくれた。
店内はすでに何人かお客さんが入っている。私たちみたいにペアで来ている女性客もいれば、一人で来ている人もいた。
テーブルに案内され
「お飲み物は、いかがいたしましょう?姫?」
スーツを着た先ほどとは違うお兄さんが注文を訊きに来てくれた。
姫!?
今、姫って言った!?冗談で言ってるの?
口を開けている私にコソっと
「本名で呼ばれたくないお客さんとか、名前を周りに知られたくない人のために、お姫さまって呼んでくれるんです」
華ちゃんが説明してくれた。