第2話
日本の郊外にある、休日のショッピングモール。
大学生の持田理世は、姉と妹と共に買い物を楽しみ、帰路についているところだった。
理世より一歩前を歩いていた姉と妹が、足を止めた。
「シュークリームが、食べたい!」
「はぁ? 今からシュークリームなんて食べたら夕飯また入らなくなるじゃない」
「でも今食べたいの」
「それに、食べたいなら自分で買えばいいでしょうが」
「まぁまぁお姉ちゃん」
姉の怒りが加速する前に、理世が間に入った。
短く切り揃えられた黒髪と明るい笑顔。
それらは、元気ではつらつとした印象を与える。
「理世……」
「私が買ってくるよ、シュークリーム」
「やったー! さっすが理世姉ちゃん!」
「理世、あんまり甘やかすのは……」
「私も食べたかったしさ!」
「だからって、あんたが行かなくても」
「これも、妹のわがままだと思って見逃して?」
「……」
「じゃあ荷物お願いね」
「お安い御用!」
「それ元々あんたの荷物だけど」
持っていた妹の荷物を返し、身軽になる理世。
「モールを出てすぐのところのシュークリーム屋さんで買うから、ちょっと待ってて」
理世は笑顔で二人に手を振ると、元来た道を小走りで戻っていく。
「……妹の甘え方として、間違ってる」
「あたしにとっては優しいお姉ちゃんだから好きだけどねー」
「姉妹の真ん中って、どこの家もああいうものなのかしら」
「どうかなぁ?」
「基本いい子だけど、色々気を回し過ぎというか」
「かと思えば、めっちゃ甘えてくるときもあるよね」
「時々、何考えてるかわからないのよね」
「そうそう、なんかふらっといなくなって……そのまま帰ってこなくなるとかありそう」
「そ、それは言いすぎじゃない?」
「そう? でも本人はどこかで普通に順応して生きてそう」
そんな会話をのんびりしている姉と妹。
「一人目の妹」であり「二人目の姉」である理世を待ち続けた。
――しかしその日、持田理世が二人の前に戻ることはなかったのだ。
姉と妹の会話など、つゆ知らず。
シュークリームを無事購入した持田理世。
姉と妹を待たせた場所まで戻ろうとしていた。
「……?」
休日で人通りが多く騒がしい。
その中で理世はふと、誰かに呼ばれたような気がした。
(誰……? というか、何?)
しっかり声をかけられたわけではない。
だが、妙に気になる。
その気配に引かれるまま、徐々に人の少ないほうへ進んでいく。
(……いかにも、なんか出そうって感じ)
ビルの間に細く延びる、路地裏。
(私霊感なんてあったっけ? 今急に目覚めちゃったとか……いやいやそんなまさか)
妙な緊張を内心で茶化しながら、進んでいく理世。
その足がふと、止まる。
(……ん? なんで今、私の足止まったの? 別に何もない、の、に……!?)
そう思った瞬間、理世の足元が光り始めた。
理世を中心に、狭い道幅いっぱいに光り輝く地面。
円形の中に、見たこともない文字と幾何学模様が描かれている。
(これ、魔法陣ってやつじゃあ――)
それを見て、直感的に思う。
(これ絶対やばい……なんでそんなやばいモノの上で止まったの私!?)
妙な違和感と同時に――
理世の身体は、光り輝く魔法陣の中に吸い込まれた。
(ん……んん……)
いつの間にか意識を失っていた理世だったが、ふと目が覚めた。
「……ってつめたっ! さむっ! え!?」
倒れていた床と、場所の空気そのものが凍えるような冷たさだった。
(どこ、ここ……)
視界いっぱいに、石造りの壁や天井が広がっていた。
理世の知っている、現代日本には見えない。
(こんなところ……知らない)
理世がそう思ったのは、確かだった。
だが。
(知らない……はず……なのに)
ぼんやりした頭で、天井、床――
床に書かれた、文字や幾何学模様を見つめる。
(これ、さっき路地で見た魔法陣……? 今は光ってないし、さっきのよりめちゃくちゃ大きいけど)
ぐるりと首を動かし、その大きさを改めて確認していると――
「――リセ」
魔法陣の外に、人の姿があることに理世は気づく。
(人!)
現実ではあまり馴染みはないが、理世はファンタジーもののマンガや小説の挿絵で見たことがあった。
いわゆる「中世ヨーロッパ風」と言われる服装だ。
燕尾服もっとカジュアルにしたような服装の人物が、理世をまっすぐ見つめている。
理世を見つめるのは、キレイな顔をした青年。
喉仏が存在を主張し、細身でも肩幅が女性よりは広い。
目を引くのは、不思議な色合いをした少し長い髪だ。
外側は黒に近い濃い茶色で、肩にかかるくらいに長い。
その内側が、鮮やかな緑色をしていたのだ。
(……誰? 初対面、のはずなのに)
男性のツリ目で、鋭く厳しい印象を本来与える。
だが理世を見つめる男性の顔は、今にも泣き出しそうにしながらも――笑っていた。
(なんでこの人、私を見てこんな嬉しそうな顔してるの……? 知り合いなら、絶対に忘れるはずないんだけど……)
「あ、あの……」
互いを見つめ合うという気まずさに耐えかね、理世はおずおずと口を開いた。
「!」
瞬間、男性は突然何かに気づいたようにハッとした。
泣き笑いは引っ込み、表情を引き締めた。
真剣な顔つきは、どこか厳しさを感じる。
(え、え、なんか怒らせた!?)
理世が焦る内心などつゆ知らず、男性はずかずかと歩み寄って来た。
(ひえっ)
腰が引ける理世だが、逃げる間もなく男性は理世の前までやってくる。
理世に目線を合わせるように、男性は屈んだ。
「――僕に、君の力を貸してほしい」
(……え、っと……どういうこと?)
真剣そのものの様子を前にしても。
理世は言葉を返せなかった。
次回へつづく
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