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【タオルに望みを託す】

「それで今、前田さんからの電話待ちなのよ。動物病院から帰られたらすぐ、電話もらうことになってるの」

二人分のマグカップを洗いながら、れれが続けた。

「前田さん宅に、ちいの匂いが付いたタオルを持って行くのよ」

メガネのレンズを磨きながら話を聞いていたれれ夫が、手を止めて顔を上げた。

「前田さんがね、ちいもお腹がすいたらまた、車庫に帰って来るんじゃないかしらって」

「だけど、なんでちいのタオルなの?」と、首をかしげるれれ夫に、

「車庫に帰って来た時、自分の匂いの付いたタオルがあれば、ちいも安心するでしょ。そしたらもうウロチョロ出て行かないんじゃない?

前田さんが、今度はちゃんと捕まえておきますからって」

洗い終わったマグカップを戸棚に収めながら、れれが答えた。

「ああ、そういうことか。それにしても、ちいは本当に親切な人のところに行ったもんだなぁ」

そうよね、と大きく頷いたれれが、僕たちに向かって、

「今日は、絶対にちいを連れて帰ってくるからね」と、笑顔で声をかけてきた。

「じゃあ、僕はこれから前田さん宅の近くを捜してみるよ。まだ、そんなに遠くには行ってないだろう。

で、前田さん宅の場所はわかるよね?」

前の道を真っ直ぐに行ったところよ、と言いながら、れれは、れれ夫に簡単な地図を書き始めた。


「れれに付いて一緒に行こうよ。ももちゃん。お母さんかもしれないよ」

ももちゃんの耳元で、声をひそめて言った。

「そうしたいけど、ちょっと怖いわ。期待して行って、もし違ってたら……」

「親子の猫で、片方は生まれつき足が悪い、なんて組み合わせ、そうそういるもんじゃないよ! 絶対に当たってるよ!」

僕はヒゲをピンと立てて断言した。

「そうね。だけど、どうしたら、連れて行ってもらえるかしら」

ーそれが問題だなぁ。

れれ夫が出かけると、すぐに電話が鳴った。前田さんからだ。今、動物病院から帰ってきたので、いつでも来てくださいとのこと。

ーここは何としてでも、れれにくっついて行かなければ!

僕は肉球を握りしめた。ももちゃんも、息を詰めてれれの方を睨んでいる。

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電話を切ったれれは、一瞬何かを考えてた風だったが、すっと立ち上がり、まっすぐに台所の方へ向かった。それから戸棚を開け、奥の方にしまい込んである、猫用おやつの買い置きをごっそりと取り出した。

ーえっ?こんな時に、おやつですか!それも、そんなに沢山!

驚いた僕たちを諭すようにれれが言った。

「このおやつはね、これから訪ねていくお宅に持って行くのよ。

昨日ちいがお世話になってるし、あちらの猫ちゃんたちにお土産として、持って行くんですからね」

花模様のきれいな紙袋に、丁寧におやつを詰め込むれれの手を目で追いながら、僕たちの考えは、おやつとはかけ離れた、別のところを飛んでいた。

ー絶対にれれに付いて行かなくては!

僕たち、というか僕は、この時決してちいのこと忘れてた訳ではない。

ただ、思っても見なかったこのとんでもない展開に、体中の毛が逆立つくらい感動していた。

このチャンスを絶対に逃してはいけないんだ。

ーちい、ごめん。今は、ももちゃんのことが先なんだ。

ももちゃんが、離れ離れになってしまったお母さんたちと会えるかもしれないんだよ。

れれは、どこからか、ちいの匂いの付いたタオルとやらを探し出してきて、それを大事そうに、バッグの底にしまい込んだ。

それから、おやつの紙袋をもう片方の手に持って、玄関へ向かった。

僕たちは素早く目くばせた。

次の瞬間、それっという掛け声と同時に、れれの足元目がけて飛びかかった。

わっと言って、れれがよろけ、その拍子に、おやつを入れた紙袋がれれの手から離れ、勢いよく床に散らばった。

「何なのよ。もう! おやつはまた買って来てあげるから」

いい加減にしてよ、と怒った顔をこっちに向けながら、おやつを拾うれれに向かって、今度は、アーンアーンと、猫なで声を出しながら体を摺り寄せてみた。

「え? 猫じゃらしで遊びたいの? 今はダメよ!」

ー全然違うって! そうじゃない。

どうしてれれは僕たちの猫語を分かろうとしないんだ。

最後の手段、と僕たちは、玄関のドアの前に陣取って、喉が枯れる程の金切り声で、れれに向かって鳴き叫んだ。

さすがのれれも、不思議そうな顔でじっと僕たちの顔を見ている。

それに力を得た僕たちは、よしっとばかりに尻尾を立てて、ギャーンギャーンと声を限りに張り上げた。

「あ! 」

れれが、分かった、とばかりにパカッと口を開けた。

一瞬の沈黙。

ー分かってくれたんだ。

「携帯忘れてた!」

急いでリビングに取って返すれれの後ろ姿を見送りながら、僕たちはヘナヘナと尻尾を丸めるしかなかった。

「このことだったのね」と、電話を手にしたれれが、リビングから出てきた。

やけくそになった僕たちは、もう一度れれの足に飛びかかった。

それかられれの足にガッチリしがみ付いたまま、体中の血が逆流せんばかりの集中で「一緒に連れてって!」と書かれた強力な念波を、れれに向かって放出した。

電話が鳴った。

「もしもし前田さん? ごめんなさい、遅くなってしまって。いえ、大丈夫です。大丈夫なんですが、何故かうちの猫が、…あ、ちいの他にあと二匹いるんですが……はい、その猫たちが、さっきから私の足にしがみついてきてて……」

れれは、電話の向こうの前田さんに、手間取っている理由を一生懸命に説明した。

「まるで一緒に行きたいって言ってるみたいなんです」

ーよし! 僕たちの念波が通じたぞ。

「え。いいんですか? ……ああ、そうなんですか。では連れて行きます」

電話を切ったれれが僕たちに、一緒に行ってもいいんだって、と言った。

れれの車の助手席に乗るのは、いつ以来だろう。

いつもなら、この車は、例のつるつるの台のある建物に向かってるはずだが、今は違う。

車の揺れを全身に感じながら、隣で同じように体を丸めているももちゃんに話しかけた。

「ももちゃん、もうすぐだね。もうすぐお母さんたちに会えるんだね! 」

「でも、もし違ってたら」と、不安顔のももちゃんに、

「大丈夫! 間違いないよ! 」と、ももちゃんの肩のあたりを 勢いよく舐めながら力強く断言した。

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ああ、もう胸がドキドキしてきたよ。

ももちゃんのお母さんも、いきなり娘がやってきたらさぞビックリするだろうなぁ。

だけど ……、もし違っていたら……。

いやいや、絶対に合ってるさ。ああ、どうか、合っていますように。

急に日陰に入り、車が止まった。

「ここね。ちいが朝までいた所は」

れれが、車のキーを抜きながら言った。

思い切り背伸びをして、窓の外を見ると、隣にも大きな車が止まっている。

前田さん宅の車かな?

「あなたたちは、ちょっとここで待っててね」と言い残して、れれは車から降りた。

ーここが、ちいがいたっていう車庫か。大きなトンネルみたいだ。

僕は、昨晩の、叩きつけるような雨音を思い出していた。

心配してたけど、ここにいたんなら安全だ。ご飯まで食べさせてもらってたようだし。

良かった。安心したよ。

だけど、考えてみれば、ちいがここで雨宿りをしてくれたお陰で、ももちゃんがお母さんたちと会えるかもしれないって、すごいことだよ。

「ももちゃん」

はやる気持ちを抑えて、小声で呼び掛けてみた。

ももちゃんはピクっと耳を動かしただけで、窓の外をじっと見つめていた。

向こうかられれの声が近づいてきた。もう一人の聞きなれない声は、前田さんに違いない。

「うちの猫です。白いのがまるで、三毛の方がももです。あなたたち、前田さんよ」

れれが助手席のドアを開けて言った。

見ると、全身に猫好きオーラをまとった女性が、にこやかな笑顔で僕たちを覗き込んでいる。

「まるちゃん、ももちゃん、いらっしゃい。お友達が迷子で、心配よねぇ」

と言いながら、僕たちの頭を順番に撫でてくれた。

僕たちは尻尾をピンと立て、喉をグルグルいわせて挨拶をした。

「良かったら、中でお茶でも飲んでってくださいな。うちの夫が、お宅の猫ちゃんたちに会えるのを楽しみに待ってるんですよ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

ーももちゃん、良かったね。もうちょっとだね。お母さんたちに会えるよ!

ももちゃんは体を丸めて、チョチョっとお腹を舐めてから、恥ずかしそうに頷いた。

「では、私が小さいほうのももちゃんを抱いていきますね」

前田さんは、ももちゃんを大事そうに抱えた。

「お願いします。私はまるを抱いていきます」

れれが僕の体をひょいと持ち上げた。

「ここにいたんですよ。お宅のちいちゃんは」

前田さんが、古びた棚を指さした。

その上に、バケツや軍手などがゴチャゴチャと置いてあり、段ボールの箱も見える。

「この段ボールですか?」

「そう、今朝見た時は、まだその中にいたんですがねぇ」

ちいの体がやっと入れるくらいの段ボールだ。

段ボールの横には、ちいのご飯が入ってたんだろう、カラのお皿が見える。

れれが、ちいの匂い付きタオルを大事そうにバッグから取り出した。

「このタオル、ここに置いておきます」

ーちい、頼むから帰ってきてくれよな。

祈るような気持ちをタオルに託した。

画像 ふと、僕の名前を呼ぶちいの声が聞こえたような気がした。

ちいの体の、柔らかくてフカフカの温かさがよみがえってきた。

車庫の中に微かに残る、ちいの匂いを感じながら、僕は自分自身に言い聞かせた。

ちいのお陰で、ももちゃんは、お母さんたちに会えることになったんだ。奇跡が起きたんだ。

だから、ちいだって、

ーちいだって、絶対に大丈夫だ。

僕とももちゃんは、前田さんとれれに抱かれたまま車庫を出て、お花いっぱいの庭を通り抜け、目指す前田さん宅に運ばれていった。

ーあのドアの向こうに、ももちゃんのお母さんたちがいるんだ。

「立派なお家ですね」

「いえ、古い家を直しただけなんですよ。離れには、息子夫婦が住んでいます」

前田さんの指さす先にも、もう一軒、同じような家が建っていた。

猫の気持ちがわかる物語

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