「つまり、君に頑張ってもらうって事だよ」
「はあ?」
「ファン頼んだ」
セイの言葉に反応して、ファンは貴族青年Dの頭に器用に乗った。
ちょっと重い。
文句を言おうとするが、視界に光の粒の集まりが映り込み、気がとられる。
まるでオーラで出来たカーテンの中にすっぽりとおさまったような感覚だ。
「おい!俺に何したんだ!」
「ファンはね。あらゆる世界の主人公属性を収集してるんだ」
「キュイン!」
おいおい、喜ぶのはいいが人の頭の上ではやめてほしい。
貴族青年Dはファンをおもむろに掴んだ。
手の中で小動物は小刻みに動いて不満な様子である。
「つまりどういう事だ?」
「君に主人公属性を転送したって事だね」
つい先ほどであったばかりの男が何を言っているのか一瞬わからなかった。
「マジ?」
貴族青年Dは困惑しながらつぶやいた。
「マジだよ。ほら、内なる力が湧き上がる感覚とかないかい?」
「う~ん」
精神統一するように貴族青年Dは瞳を閉じ、体に神経を集中させた。
うちなるパワーか…。
「何も感じないな」
それが貴族青年Dの感想である。
「そんなバカな。溢れる魔力とか…古から語り継がれる神の神秘とか何かあるだろ?」
「神の神秘ってなんだよ!抽象的すぎるだろ!」
「おかしいな。能力を馴染ませるためにこの世界の主人公の力を宿したはずなのに…」
目の前の男は心底悩んでいる様子だ。
「キュキュン」
ファンは自分が責められていると感じたのか必死に抗議している。ただしそう見えるだけだが…。
「ほら、ファンも力の授与は成功したはずだって言ってるし…」
コイツ、小動物の言葉がわかるのか?マジついていけねえ…。って問題はそこじゃない!
「待て!俺にこの世界の主人公力を授与したのか?」
「だからそう言ってるだろ?」
貴族青年Dはセイの言葉に頭を抱えた。
「そりゃあ、意味ないな。だってここ乙女ゲームの世界だからな」
「だから何だというんだい?」
「ヒロインに備わっている能力といえば、治癒能力と攻略対象を落とす魅力ぐらいじゃねえ?」
「魅力度は大切だよ」
「いや、注目するところはそこじゃねえ!」
ヤバい。俺、どんどん口が悪くなってきてる。クソ!モブとはいえ貴族としての誇りが…。
「つまり君に治癒能力が転送されたってことだね」
謎に納得したようにうなづくセイ。
「悪いが、治癒的能力が身についた感はゼロなんだが…」
悩ましげに自虐に走る貴族青年D。
ガルルルッ!
「うわあ!」
一人感傷に浸る暇を与えないとばかりに謎のモンスターの光線攻撃が貴族青年Dに迫る。
「あぶねえ…げっ!」
焼けこげる寸前に回避できたことにホッとする貴族青年D。しかし、腕に鈍い痛みが走る。
そこからは赤い血が流れていた。
こういう時こそ、治癒能力の出番だよな。本当に俺に力が備わったというなら頼む。この傷を治してくれ!
モブとして生まれ、モブとして生きてきた中でこれほどに何かに祈った事があっただろうか。多分ない。
ただ、静けさが貴族青年Dを包んでいく。
「やっぱり治癒能力なんて備わってねえじゃねえか!」
これほど、盛大に叫んだ事も人生で初めてだ。