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それから。
阿部は毎日のように深澤と温泉へ入った。
最初は不思議だった。
妖怪が少しずつはっきり見えるようになり。
神様たちの神力も色で分かるようになった。
深澤は紫。
目黒は深い紺。
涼太は柔らかい赤。
照は金色に近い強い光。
翔太は淡い白。
温泉から戻ったあとは。
大体、目黒の部屋で過ごした。
深澤の神力を目黒が嫌がるから。
「まだする」
「もうほとんど消えてるでしょ」
「する」
「ふっかの匂い?」
「力」
「同じようなもんじゃん」
「違う」
阿部は毎回笑った。
でも。
目黒の部屋にいることを嫌だとは思わなかった。
むしろ。
少しずつ当たり前になっていった。
ある日。
「翔太」
「今日も温泉行くけど、一緒に入る?」
翔太は一瞬黙る。
その向こうで涼太が茶を飲んでいた。
「……やめとく」
「なんで?」
翔太は小声で言う。
「涼太怖いから」
「え?」
涼太を見ると。
にこやかに笑っている。
「別に」
「入ってもいいんだよ?」
優しい声。
でも目が笑っていない。
翔太が阿部の耳元で囁く。
「別にって言う時、大体別にじゃないから」
阿部は笑いを堪えた。
その日以来。
翔太が温泉へ来ることはなかった。
「翔太来ないね」
深澤が少し寂しそうに言う。
「涼太が怖いんだって」
「そんなことで?」
「ふっかも照が他の人と毎日温泉入ってたら嫌じゃない?」
深澤が止まる。
「……嫌」
「ほら」
「でも俺はいいの」
「なんで?」
「俺だから」
「意味分かんない」
阿部は笑った。
そうして何日か過ぎ。
阿部の身体は確実に変わっていた。
寒さはほとんど感じない。
空腹も弱くなり。
眠気も減った。
暗闇でもよく見え。
遠くの妖怪の声まで聞こえる。
「あべちゃん」
深澤が楽しそうに言う。
「順調だね」
「何が?」
「神様になるの」
阿部も。
その言葉を以前ほど怖いとは思わなくなった。
どんなものが見えるのか。
どんな力が使えるのか。
どれくらい。
目黒と同じ世界へ近付けるのか。
そんなことを考えるようになっていた。
その日。
阿部は一人で縁側に座っていた。
庭には真っ赤な紅葉。
黄色。
橙。
目黒が阿部を凍えさせたあと。
慌てて変えた秋。
もうずっとこの季節だった。
綺麗。
好き。
でも。
ふと思う。
「春もいいな」
桜。
暖かい風。
柔らかな空気。
山に咲く花。
「……見たいな」
ぽつり。
その瞬間。
指先が熱くなった。
「え?」
阿部が手を見る。
光。
紫でも紺でもない。
若葉のような緑。
「……何これ」
庭の葉が揺れた。
赤い紅葉が落ち。
その下から。
小さな新芽が出る。
「え……」
一つ。
また一つ。
草が生え、花が咲く。
秋の冷たい空気が。
少しずつ柔らかくなっていく。
「待って」
阿部が立ち上がる。
「俺、何も……」
でも止まらない。
緑の光が指先から腕へ。
胸へ。
身体中を巡る。
「っ……」
庭だけではない。
山まで。
赤かった景色が色を変えていく。
枯れた枝に新芽。
梅。
桃。
桜。
蕾が膨らみ。
一つ。
また一つと咲いていく。
「止まって……」
止め方が分からない。
「めめ……」
名前を呼んだ瞬間。
風が強く吹き。
桜の花びらが一気に舞った。
「あべちゃん!」
次の瞬間。
目黒が目の前にいた。
紺色の光が強く揺れている。
「何してるの」
「分かんない」
「止めて」
「止まんない……」
目黒が阿部の手を見る。
緑。
その顔が変わる。
「これ」
「あべちゃんの力?」
「俺の?」
目黒にも分からない。
その間にも緑の光は溢れ。
季節そのものを動かそうとしていた。
目黒が阿部を強く抱きしめる。
「あべちゃん」
「力抜いて」
「できない」
「何も考えないで」
「無理」
阿部の声が震える。
「怖い」
その一言で。
目黒の顔が変わった。
阿部の頬を両手で包む。
「あべちゃん」
「俺見て」
阿部は必死に目黒を見る。
紺色。
心配。
焦り。
全部分かる。
「大丈夫」
目黒が言う。
「俺が取るから」
「何を?」
「力」
次の瞬間。
阿部の口へ唇を重ねる。
目を見開く。
でも。
驚くより先に。
身体の中から何かが強く引かれた。
緑の光が。
胸から喉。
口元へ。
目黒へ流れていく。
深い紺と。
若葉の緑。
二つが混ざる。
目黒が暴走した力を自分へ移している。
阿部は目黒の着物をぎゅっと掴んだ。
身体の力が抜けていく。
それでも。
怖さは少しずつ消えていった。
目黒がいる。
それだけで。
大丈夫だと思えた。
やがて緑の光が弱くなり。
風も止まった。
目黒がゆっくり離れる。
「……めめ」
「うん」
「今、何したの」
「力、吸った」
「口づけで?」
「うん」
少し間。
「……他に方法なかった?」
目黒が真面目に考える。
「分かんない」
阿部は少し笑った。
「めめらしい……」
でも声は弱い。
「あべちゃん?」
「眠い……」
「寝ていいよ」
阿部は目黒の肩越しに庭を見る。
そこにはもう。
紅葉はなかった。
桜。
満開。
柔らかい春の風。
山も淡い緑。
「……綺麗」
目黒も振り返る。
以前。
目黒が冬を秋へ変えた。
でも今回は。
阿部自身が季節を変えた。
「あべちゃん」
返事はなかった。
身体が崩れる。
目黒が慌てて抱き止める。
その向こう。
春になった山。
桜の花びらが静かに舞っていた。
目黒は阿部の指先に残る。
わずかな緑の光を見る。
深澤の紫でも。
自分の紺でもない。
阿部だけの色。
阿部はもう。
神様になる途中なのではない。
神様としての力を。
自分で生み始めていた。
次に阿部が目を覚ました時。
最初に感じたのは温かさだった。
誰かの腕。
身体ごとしっかり抱きしめられている。
「……めめ」
「あべちゃん」
目黒がすぐ顔を下げる。
「起きた?」
「うん……」
身体は重い。
「……何してるの?」
目黒は阿部を抱いたまま正座していた。
その前には照。
隣には深澤。
同じように正座。
また説教。
翔太と涼太は少し離れて見物している。
「あべちゃん」
翔太が笑う。
「ちょうどいいところで起きたね」
「説教の途中」
阿部は目黒を見る。
「また怒られてるの?」
「うん」
隣で深澤が小さく言う。
「俺も」
「ふっかも?」
「なんで俺まで……」
照がすぐ見る。
「分かってるよね?」
「……はい」
阿部は笑いそうになった。
照が目黒を見る。
「まず目黒」
「はい」
「阿部の神力、暴走してたよね」
「うん」
「しかも吸い取った」
「うん」
阿部の顔が少し熱くなる。
深澤がぼそっと言う。
「口から」
「ふっか」
照の低い声。
「余計なこと言わない」
「はい」
翔太が笑いを堪える。
すると目黒が阿部を見る。
「俺」
「あべちゃんの神力、温かくて好き」
「……」
阿部が固まる。
翔太が吹き出した。
「何それ」
「神力に温かいとかあるの?」
「ある」
目黒は嬉しそうだった。
「柔らかい」
「春みたい」
「入ってきた時、気持ちよかった」
「言わなくていい」
阿部は顔を伏せる。
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「何が?」
「全部」
翔太がとうとう声を出して笑った。
照がため息をつく。
「目黒」
「阿部起きたなら少し離して」
「嫌」
即答。
照の眉間に皺が寄る。
目黒が慌てて言い直す。
「……離したくない」
「理由」
「あべちゃん、また倒れたら嫌だから」
照が少し黙る。
阿部が目黒の腕を軽く叩く。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん」
腕が少しだけ緩んだ。
照は今度は深澤を見る。
「それで、ふっか」
「はい」
「温泉」
深澤が少し目を逸らす。
「自分の神力、毎日流してたよね」
「ちょっとだけ」
「ふっかのちょっとは、ちょっとじゃない」
翔太が小声で言う。
「それ俺も言った」
「まだ人間だった阿部に」
「強い神力を何日も直接流した」
「はい」
「神様になるのも早めようとした」
「……はい」
阿部が口を開く。
「でも俺が」
照が阿部を見る。
「阿部が望んだのは分かってる」
声は優しい。
「でも」
「渡す側が加減しないと駄目」
「……うん」
照が深澤を見る。
「聞いてる?」
「はい」
深澤が肩を落とす。
阿部は少し笑った。
今度は照が阿部を見る。
「阿部」
「これからちゃんと力の使い方を練習しないといけない」
阿部は自分の手を見る。
あの緑の光は。
確かに自分から出ていた。
春にしたい。
そう思っただけで。
結界の中の季節を全部変えてしまった。
「俺、またああなる?」
「可能性はある」
「感情に力が引っ張られてるから」
「感情?」
「春が見たいって強く思ったんでしょ?」
「……うん」
「その気持ちに神力が反応した」
阿部は少し不安になる。
「じゃあ何か思うたびに、季節変わるの?」
「今はその可能性あるね」
「怖」
小さく呟く。
目黒の腕が少し強くなる。
「大丈夫」
「俺いるから」
阿部が目黒を見る。
紺色の光。
心配。
優しい。
「ありがとう」
目黒の神力が柔らかく揺れた。
阿部は少し笑う。
すると。
目黒が突然言った。
「じゃあ俺が教える」
部屋が静かになる。
「何を?」
「あべちゃんに力の使い方」
全員が目黒を見る。
「駄目」
照。
「やめとけ」
深澤。
「絶対駄目」
翔太。
「それはやめた方がいいね」
涼太。
目黒が本気で驚く。
「なんで?」
阿部が吹き出した。
深澤が言う。
「お前、自分の力の説明できる?」
「できる」
「じゃあやってみて」
目黒が少し考える。
「こう」
「身体の中でぐってして」
全員黙る。
「それから、ふわって外に出す」
沈黙。
阿部がとうとう笑い出す。
「分かるわけないじゃん」
「俺は分かる」
「めめだからでしょ」
深澤が得意そうに言う。
「ほら」
「だから俺、見捨てたんだって」
目黒がすぐ見る。
「ふっか」
「さん付けろ!」
「ふっかさん」
「よし」
「ふっか」
照の低い声。
「はい」
翔太も涼太も笑っている。
阿部も目黒の腕の中で笑った。
少し前まで。
神様の力は怖いものだった。
今は。
自分の中にもその力がある。
使い方を覚えなければならない。
少し怖い。
でも。
隣には目黒。
前には照。
深澤。
翔太。
涼太。
教えてくれる神様がいる。
阿部は少し安心した。
「じゃあ」
照を見る。
「照が教えてくれる?」
「うん」
「ふっかも?」
「もちろん!」
深澤が一気に元気になる。
「俺も教える!」
照がすぐ言う。
「まず加減からね」
「はい」
阿部が笑う。
目黒は少し不満そう。
「俺も」
「めめは」
阿部が振り返る。
「応援して」
紺色の光が少し沈む。
阿部はまた笑う。
「そんなに落ち込まないでよ」
「教えたい」
「じゃあ」
少し考える。
「俺が上手くできたら」
「褒めて」
目黒の神力が一瞬で明るくなる。
「うん」
阿部が吹き出す。
「分かりやすい」
その日から。
阿部の神様としての本格的な修行が。
始まることになった。
コメント
3件

今晩は⭐️ 一気に読みました。 説教されてるんだけど微笑ましくてニヤニヤしてしまいます。 一気に進み神になりそうなんだね 力の使い方いろいろ教えてもらわないとね。 🖤の喜怒哀楽忙しいですね🥰
「神様になる途中」じゃなくて、もう自分で力を生み出してたんだね…。春が見たいって思っただけで季節を変えちゃうの、すごいしちょっと怖い。でも目黒が「口づけで」力を吸い取るシーン、ドキドキした…// 照の説教と「身体の中でぐってしてふわって」には笑ったw みんなで阿部を支えてる感じがじんわり温かい。続きが気になる〜🥀
kaede🍁
25,553

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#mmab
七瀬⛄️
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