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#王子
すっこ
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その部屋には、窓がなかった。
四方を分厚い防音壁と、豪奢なアンティーク家具に囲まれた空間。
ここが都心の最高級マンションの一室であることは、スマートフォンの電波すら届かないこの場所からは想像もつかない。
「ただいま、僕の可愛い小鳥」
重厚な鍵の開く音がして、静寂が破れる。
現れたのは、仕立ての良いスリーピーススーツを完璧に着こなした男
――東条 蓮(とうじょう れん)だった。
日本の経済を動かすトップ企業の若き CEO であり、そして、私をこの部屋に閉じ込めている「誘拐犯」でもある。
「……蓮さん」
私がソファから立ち上がろうとすると、彼は足早に近寄り、私の肩をそっと押し戻した。
そのまま私の膝元に跪き、まるで聖遺物に触れるかのような手つきで私の手を両手で包み込む。彼の琥珀色の瞳が、熱を帯びて潤んでいた。
「動かなくていい。君はただ、僕の帰りをここで待っていればいいんだ。今日も良い子にしていたね、実央(みお)」
「はい……。でも、そろそろ外の空気が吸いたいです。お仕事だって、リモートでもいいから復帰させてくれないと、会社に迷惑が……」
私が小さく抗議すると、蓮さんの微笑みが 1 ミリだけ凍りついた。
彼は私の指先にそっと唇を落とす。
その愛撫はひどく甘美だが、同時に逃げ道を塞ぐ鎖のようでもあった。
「必要ないよ。君の会社の退職手続きは、僕がすべて完璧に済ませておいたから。君の荷物も、あの狭いアパートからすべてここに運んである。君を悩ませる人間関係も、理不尽な上司も、もう君の人生には存在しない。これからは僕だけが、君のすべてを支える」
「退職……? そんな、勝手に……」
背筋に冷たいものが走る。
半月前、私はストーカーに追われていた。
恐怖で精神的に追い詰められていた私を「保護する」と言って連れてきてくれたのが、大学時代の先輩であり、ずっと憧れだった蓮さんだった。
最初は感謝していた。
でも、ストーカーが逮捕された後も、彼は私をここから出そうとしない。
それどころか、私の人間関係を一つずつ、丁寧に、確実に、跡形もなく消し去っていった。
「どうしてそんなに怯えるの? 僕は君を愛しているだけだよ。世界中の誰よりも」
蓮さんは私の頬を両手で包み込み、じっと見つめてくる。
彼の瞳の奥にあるのは、純粋で、狂気じみた、底なしの愛だ。
「あのストーカーの男が君に触れようとしたと知った時、僕がどう思ったか分かる? 君の視界に僕以外の男が入ることすら、僕は耐えられないんだ。実央、君を汚す可能性のある外の世界から、僕が守ってあげているんだよ」
「蓮さん、それは……愛じゃなくて、執着です……」
私の言葉に、蓮さんは低く、愉しそうに笑った。
「同じことさ。名前なんてどうでもいい。僕は君が欲しくて、手に入れた。それだけだ」
彼は私の唇に、深く、強引なキスを落とした。
息が詰まるほどの熱量。
拒絶しようと彼の胸を押すけれど、鍛えられた彼の身体は微動だにしない。
それどころか、抵抗すればするほど、彼の抱擁は強くなり、私を骨ごと溶かしてしまいそうなほど優しく愛撫してくる。
恐怖がある。異常だとも分かっている。
けれど、彼に抱き潰されるたびに、脳が甘い麻薬に侵されていくような錯覚に陥る。
この広い世界で、私だけを異常なほどに見つめ、すべてを投げ打って全人生を私に捧げようとする男。
その執着が、歪んだ心地よさとなって私の心を侵食していく。
「実央、僕の名前を呼んで。僕だけを求めて」
耳元で囁かれる甘い声に、私の身体の力が抜けていく。
「……蓮、さん……」
「よくできたね。愛しているよ、僕の命、僕の光」
蓮さんは満足そうに微笑むと、私を優しく抱き上げ、ベッドへと運んだ。
私は彼の首に腕を回しながら、部屋の隅にあるサイドボードを見た。
そこには、私がここへ来る前に使っていたスマートフォンの「残骸」が、バラバラに壊された状態で飾られている。
私はもう、どこにもいけない。
外の世界には戻れない。
だけど、彼の腕の中があまりにも温かくて、甘くて
――私は考えるのをやめた。
優しくシーツに沈められ、彼に覆い被される。
私は静かに目を閉じ、このどこまでも深い、琥珀色の檻に溺れていくことを受け入れた。
(了)
コメント
2件
─(´∩ω∩`)─♡
うわ、第1話から結構な重さだったね…!「愛」と「執着」の境界があいまいになってく感覚、めちゃくちゃゾクゾクしたわ。蓮さんの丁寧な口調とか仕草が逆に怖いし、実央が少しずつ侵食されてく描写が丁寧で、もう続きが気になって仕方ない😂 この歪な甘さの行方、どうなるんだろう…。続き楽しみにしてる🔥