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「情緒酌量の余地がある、もしくは司法取引が適えばあるいは、労働を伴う終身刑とされる例が多いのですが、彼女の場合は難しいと思われます」
「余地はないし、取り引きするほどの価値もないと推察いたします」
「はい。おっしゃるとおりでございます」
会話の途中でついつい傾けがちな、ティーカップの中身が空になった。
ノワールがティーポットを手に、同じものでよろしゅうございましょうか? と訴えかけてくるので、頷く。
新しく淹れられた紅茶に出涸らした薄さも渋さもない。
茶葉も取り替えたのかもしれない。
もったいないと思ってしまう自分は、しみじみ庶民だ。
目を閉じて堪能していると、ローザリンデは躊躇ったあとで自分がどうしたいかを、告げてくる。
「彼女のせいで人生を違えてしまった方々と、同じ経験をしていただきたいですわ」
「追放されて、娼館で本来の仕事をするとか、ではなく?」
「……私は元の地位に戻れますし、それ以上の待遇になりますが、他の方々は違いましょう。彼女の被害者は、私でも掌握できぬほどに多いのですもの」
何処までを被害者として考えるかにもよる。
下手したら国民全員だ。
不死でもない限り、ローザリンデの願いは叶えようがない。
寝ている時間に夢で追体験! という手もあるが、それでも時間が足りないだろう。
「現実的にその罰は難しいでしょう」
「ええ、ですからあくまでも私の願望でございますのよ」
「私としては安直に死を与える罰などは、避けていただきたいと思っております」
「最愛様の御要望は何より優先されるべきかと愚見いたしますわ」
「本人が一番望まない種類の労働に死ぬまでついてもらう、あたりが落とし所かしらね……」
単純な肉体労働か、複雑な肉体労働か迷うが、複雑な肉体労働をこなせる頭はなさそうなので、単純な肉体労働が良さそうだ。
ちなみに娼婦という選択肢はない。
労働が基準に満たない場合の、罰としての娼婦に限りなく近い奉仕はあるだろうが。
「彼女は得がたい魔法やスキルは保持しておりませんでしたので、単純な肉体労働ぐらいしか使えないと思われますわ」
「ぱっと思いつく、やりたくない単純肉体労働というと、どんなものがあるのかしら?」
「そうでございますね……魔法やスキルの検証をするための実験体としての奉仕、汚染区域の異物除去作業あたりでございましょうか」
前者は何とも異世界っぽい労働だが、人体実験は向こうの世界にもあった。
後者には魔法やスキルでも浄化できない汚染区域は、結局人力作業が必要なのだなぁ、と魔法やスキルが万能ではないのを知る。
「どちらも常に人材が不足しておりますので、彼女以外で罰せられる者にも、同じ奉仕や作業についてもらうのもよいかと愚考いたしますわ」
ローザリンデが静かに微笑む。
どうやら彼女が考えている粛清対象は、ゲルトルーテだけではないようだ。
ノワールが肉料理と魚料理を取り分けてくれる。
ぱっと見、向こうと変わりない料理に見えるが、何となく異世界情緒豊かな食材の予感がして、私は内心うきうきとしながら説明を待った。
私の予感は正しかった!
ノワールが説明してくれた肉&魚料理は実に異世界情緒豊かなものだったのだ。
「ファイヤーラビットのロースト、ドラゴンのタルタルステーキ、ホエールのカルパッチョ、クラーケンの煮込みでございます」
ファイヤーラビットのロースト。
兎料理はそもそも数回食べた程度。
どれもハーブが効いていて美味しかった。
しかしファイヤーラビットはどうだろう?
炎系の魔法やスキルを使う兎といったところか。
味にどこまで変化があるのか興味津々だ。
「ファイヤーラビットは獰猛でございますが、養殖も可能になりましたのよ? 比較的手に入りやすい高級食材の一つですの。こちらは冒険者が捕ってきたもので野趣が強いものとなっておりますのよ。使っているハーブは私の好みでタイムとなっておりますわ。普通のラビットより皮がパリッと仕上がりますのが特徴ですの」
ローザリンデが自ら買って出てくれた詳しい説明に心が躍る。
以前食べたときのハーブはローズマリーにセージだったと記憶していた。
そして私は皮のパリッとした食感が好物なのだ。
「ん! 美味しい。タイムの香りもとてもよくあっているわ。以前ローズマリーとセージのものは食べる機会があったのだけれど、タイムのみの香りも秀逸ですね」
「ローズマリーにセージでございますか。そちらも美味しそうでございますね。食してみとうございますわ」
「皮のパリッと感も素敵! コース料理のメインとしても十分な一品ですね」
「ええ、フラウエンロープ家ではコース料理にもよくだしますの」
「公爵家自慢のレシピが試せて光栄です」
何処のダンジョンででるのだろう?
ファイヤーラビット狩りのためにダンジョンへ入ってもいいと思える美味しさだ。
養殖物と食べ比べもしてみたい。
「ドラゴンのタルタルステーキは、少し前に公爵家を襲った個体を討伐した素材を使用しておりますの。時間停止のマジックボックスに収納しておりましたので、取れたての状態でお出しできて幸いですわ」
「ドラゴン! 取れたて! それは二重に楽しみですね」
やはり異世界へきたら一度は食べてみたいだろう、ドラゴン肉。
しかも取れたてときた日には美味しいに決まっている。
更に生で食べるタルタルと来た日には、隣に夫がいないのが悔やまれるほどだ。
「ん!」
美味しい。
文句なしに美味しい。
和牛A5ランクの美味しさだ。
その上、やわらかい。
ドラゴン肉は硬いと勝手に抱いていたイメージが一新された。
タルタルソースもレシピを聞きたくなる好ましさだった。
とろりとかけられた卵はまさか、ドラゴンの卵ではないよね?
「……久しぶりにいただきましたが、おいしゅうございますね」
「やはり珍しい食材なんですか」
「はい。攻め込まれましたのでどうにか討伐いたしましたが、本来は冒険者の中でもドラゴンバスターの名を持つ者しか挑めない、難敵でございますもの」
そう説明されると生きているところを見たくなる。
夫の許可が下りれば探しにいってみたい。
そっと見るくらいなら許してくれそうな、穏やかな種類はいるだろうか。
「ホエールは通常深海におりますので、こちらも希少魚になりますわ。使わない部位はないので、小さな村が総当たりで挑んで討伐できた日には、数年暮らしに困らないと言われておりますの」
ホエール=鯨と考えて良さそうだ。
しかし深海に住んでいて、魚に分類されているらしい。
村総出ともなると、あちらの鯨より大きさもありそうだ。
「……随分と鮮やかな色ですねぇ……」
濃い赤紫色の肉は、少々毒々しく見える。
しかし味はすばらしかった。
オリーブオイルに、塩胡椒と極薄のスライスニンニクでの味付け。
ワインのお供にぴったりの味だ。
「お飲みになりますか、ワイン。よくあう赤がありますのよ」
ローザリンデがメイドに目線を投げる。
メイドは恭しくワインを差し出してきた。
ラベルには白鯨の絵が描かれている。
これはいただくしかなさそうだ。
「では一杯だけ、いただけますか?」
「はい、よろこんで。失礼いたします」
ソムリエが淹れてくれる、格好良いワインの入れ方を、メイドが実践する。
老紳士のソムリエによるパフォーマンスもいいが、メイドのパフォーマンスも同じくらいに萌心を擽られた。
かなり渋みが強い赤ワインだったが、不思議と料理に合った。
このワインで煮込み料理をしても美味しそうだ。
あくまでもホエールを楽しむためのワインらしく、二口ほどの量を綺麗に飲みきった。
「こちらも大変美味しいです」
「私は勿論喜ばしく思いますが、料理人冥利にも尽きましょう。続いてクラーケンとトマトゥの煮込みも御賞味くださいませ」
イカのトマト煮込み。
個人的にはどこまでイカが柔らかい状態のままで仕上げられるかによって、美味しさが決まると思っている。
「……はぁ、やわらかい……」
クラーケンだからか、料理人の腕によるのか。
きっとその両方があてはまっての結果だろう。
クラーケンはとろけるようにやわらかくて驚く。
「生でいただけるほどに新鮮なクラーケンですわ。そうでないと煮込みもここまでやわらかくは仕上げられないそうですの」
「凄いですね、マジックボックス」
「ええ。時間停止機能と容量無限がついたマジックボックスは、そうそうございませんが、貴族必須のアイテムでございますね」
そうそうないマジックボックスを指輪型で持っているなぁとか、ノワールの倉庫も同じ機能だよなぁとか、思い至るも口にはださないでおいた。
「いきなり話を変えてしまって恐縮なのですが……王に対しては、どうしたいのか、具体的に考えておられますか?」
「まずは、恨み言を一通り申し上げたいですわ」
「ぷ!」
ぐっと拳を握り締めての発言が公爵令嬢らしくなく、思わず噴き出してしまった。
「文句どころか、言い訳もさせずに聞いていただきますのよ。何時間かかるかしら? 私にもわかりませんわ」
尻に敷かれる予感がするが、正気に返った王であれば素直に受け入れそうだ。
「御方様から賜りました守護法具がありますので、魅了対策は万全ではございますが、念には念を入れまして、少女小説なども読んでいただく手配を取っておりますのよ」
「ハニートラップ対策ね」
「女心を知っていただく意味もございますわ」
今更の教育だ!
失態を晒している以上教育に今更もないか。
王に拒否の権利はなさそうだ。
「フルーツゼリー、パープルイモッコのタルト、ブルースカイのマカロン、チョーコレトのムースケーキ、ロベリートスのフィナンシェでございます」
ローザリンデの鼻息荒い意見を聞くうちに、上段の皿に辿り着いた。
「ブルースカイのマカロン?」
「こちらのブルースカイはあちらで表現するならば、青スイカでございますね。形状はスイカ。味はそうでございますね……キウイフルーツとパイナップルを足して二で割ったようなお味……といったところでございましょう」
説明はわかりやすいが、味の想像ができない。
スイカと違って甘酸っぱい感じ? と思っておこう。
「向こうとこちらでは、食材が随分違いますの?」
「いえ、どちらかといえば近しいですね。名前も連想できるものが多いですし。そうでないものも、物語上では存在していることが多いので、食べ物は基本的に美味しくいただけています」
「それはよろしゅうございました。食があわないのは本当に辛ろうございましょう」
「そうね。その辺りも主人には感謝しかありませんね」
「ふふふ。仲睦まじさが羨ましゅうございますわ。さぁ、どうぞ。召し上がってくださいませ」
楽しくて仕方ないといった表情で勧められる。
ローザリンデもこの時間を十分楽しんでいるようだ。
話の内容は結構荒んでいる分、食べ物が美味しいのが救いなのだろう。
フルーツゼリーは、何種類ものフルーツゼリーが正方形に切られた状態でグラスに入っている。
上には香りづけのミント。
異世界でも変わらないのが何となく微笑ましい。
デザート皿の中でも彩りは一番いいだろう。
しっかりめの食感も好ましかった。
パープルイモッコのタルトは、スイートポテト鉄板のレシピだ。
タルト生地に、たっぷりのアーモンドクリーム。
その上に絞り出したスイートポテト。
紫の薔薇が敷き詰めてあるような鮮やかな見栄えに、令嬢たちはこぞって感嘆するだろう。
サツマイモを使ったタルトでは、サツマイモと胡桃のタルトが一番好きだったのだが、このタルトも甲乙つけがたかった。
ブルースカイのマカロンは、ついブルーハワイの味を連想しつつ口にしたので驚かされた。
仄かに甘みのあるパイナップルのような味だったのだ。
パイナップルとキウイを足して二で割った味……とは感じられなかった、甘酸っぱさとマカロン独特の食感は、フルーツ分をより多く感じられて、味の差別化がきちんとできていた。
マカロン生地の味はほとんど同じ味で、中のクリームやジャムで味の変化を計っている印象しかなかったので、ここまでマカロンにフルーツの味を閉じ込められている点には、存分な賞賛を送りたい。
チョーコレトのムースケーキは、うっとりしてしまうレベルでムース部分が美味しかった。
純粋にムースとして出されたものも食べてみたい。
その方がムース部分を多く食べられるだろう。
ムースが載っているケーキの生地部分はしっかりしていて、一緒に食べると食感の差異が楽しく拍手を送りたくなる。
ふわっふわのケーキ生地ばかり食べていたので、しっかり系のケーキ生地の美味しさに目覚める気もした。
ロベリートスのフィナンシェは女性心を擽るピンク色。
ターバの風味に甘酸っぱさがプラスされる。
形は鉄板の一つであるシェル型。
サイズは小ぶりだ。
口元に持ってくると、ターバの香りとロベリートスの香りが交互にやってきた。
しっとりタイプでじゅわりとターバが滲み出るのは、美味しいフィナンシェの条件に上げられると思う。
一通りを食べ終えると、ホットコーヒーが出てきた。
紅茶が多い世界だがコーヒーもあるようだ。
煎りが浅く果実感が強い。
ストレートで飲むなら深煎りが好きなのだが、紅茶が好まれる世界なら浅煎りが一般的な気もする。
ノワールに深煎りのコーヒーを淹れてもらおうかなぁと考えつつ、その後も歓談を楽しむ。
もっと多岐にわたって話ができればいいのにと思う頃に、彩絲が声を上げた。
「宴もたけなわじゃが、そろそろ移動する時間じゃのぅ。積もる話があるならば、屋敷ですればよい」
「準備は一足先に帰宅した皆が整えてくれているから、即座にパジャマパーティーに突入できるわよ」
パジャマパーティ!
漫画や小説で幾度となく見た表記。
いつか体験してみたいと思いつつも、問題がありすぎて今まで叶わなかった。
もし叶うのなら是非体験してみたい!
……どうやら夫の反対はないようなので、ローザリンデとのパジャマパーティーは開催が可能らしい。
「ぱじゃま、パーティーでございますか? どういったパーティーでございましょう」
どうやらローザリンデは知らないらしい。
私も知識でしかないが、上手く説明できるだろうか。
悩んでいるうちにてきぱきと帰宅の手配が進む。
思案に沈んでしまった私は、お酒のせいか馬車の中で寝入ってしまい、そのまま屋敷で朝を迎える羽目になってしまった。
……ないよねー。