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笨死了。真的笨死了。(下手くそ。本当に下手くそ。)
「菊……一度、横になりましょう?」
胸を押さえて苦しむ菊をゆっくりと寝かせ、桜は小さくため息を吐くある。
「……また、なのね、菊。もう、何度目? また老師に怒られてしまうわよ」
「……あの人は、きっと私をひどく叱咤するでしょうね……」
また苦しそうに胸を押さえる菊を、桜は切なそうに悲しそうにじっと見つめていたある。……真的笨死了ある。
「私は……私を過信し過ぎていたのかもしれません、桜」
少し涙声になった菊の頭をそっと撫でてやっていたある。
「……“国”ですから、子供たちの苦しみ一人くらい、耐えられるとばかり思っていたのです。林太郎が、そうでしたから。他の子もそうでしたから……でも、あの子は違った。中途半端な好きなんかじゃなかった……本気で私を愛していたのです……ああ、なんで愚かな……!」
「菊……」
「あの時、私はなんと申せば良かったのでしょう? 真摯に受け止めるべきだったでしょうか? それともきっぱりと拒絶するべきでしたでしょうか?」
「……ですが、私が申したことがめっきり不確かであるとは言えないのです……あの子が抱いた気持ちは愛国心。私が“国”だから抱いた気持ち。それに間違いはないのです。だって私は“国”だから……! “国”だから……間違いない。間違いないのに……なぜ、あの子は“私”を好きになってしまったのです……? “菊”を愛してしまったのです……!」
すすり泣く声が聞こえて、思わず下唇を噛んでしまったある。
愚問だとわかっていながら、菊の言っている言葉の意味を理解してしまう我がどうしようもなく憎たらしかったある。
「苦しくて、苦しくて仕方がない……あの子から溢れる苦しみが目にしみて目が開けられない……こんな気持ち、知らなかった……“人”に好意をもたれることが、こんなにも苦しいことだなんて。……慕われるのと好意をもつのとでは、大きく違うのですね……私は私を過信し過ぎて……」
「菊……」
桜が菊の額に手を当てて、小さくつぶやいたえる。
「……わたくしも、苦しいわ。わたくしだって、菊と同じ“国”だもの。子供たちが苦しんでいたら、わたくしも苦しくなるもの……それなのに、わたくしは菊ほど苦しむことができない。……こんなこと言ってしまうとおかしいけれど、わたくしは菊が羨ましいのよ。」
菊はうろたえたように桜を見上げる。桜は清々しくも切なそうに菊の頬を撫でたある。
「わたくしだって、“国”だもの。子供たちの苦しみも満足に背負いたいわ。だけど、わたくしにはそれが叶わない。だって、わたくしは半人前ですから。菊よりうんと劣っていたから。……だから、真っ当に“国”にはなれないの。名目だけ。名目だけが“国”なのです。……だから、菊が羨ましい……」
鳩が豆鉄砲を食ったように菊は桜の手を握る。桜の瞳にまつ毛の影が映り込んだ。
「なぜ、わたくしたちは“国”なのでしょうね。」
それこそ、本当の愚問ある。
「わたくしたちでなくても良かったのに。もっと屈強で明るくてめげなくて。そんな人が大日本帝國の化身であれば良かったのに。……“あのお方”のような……“あのお方”のような方が直接、わたくしたちを遣わずに治めてくださいましたら、子供たちも、もう少し気楽に幸せに生きれましたでしょうに……」
「……私も、そう思ってはたまらなくなります。けれど、任されたのは紛れもなく私たちです。“あのお方”が、上様が私たちを“国”にしたのです。だから、責務を全うしなくてはならない。私たちは上様に遣われる筆。“人”として生きたいと思うのは、あまりにも良いとは言えない。……本当、子供たちが羨ましい……」
「わかるわ。だから、つい人の真似事をしたくなりますのよね。……壁なんてものはなくて、真っ当に素直に愛しあえて。思いあって。感謝しあって。心配しあって。抱きあって。泣きあって。……愛すべき存在をこの腕で抱ける。のは、人間の特権だもの。わたくしたちがどれだけ子供たちを愛したとしても、子供たちからしてみれば、わたくしたちは人の形をかたどった妖怪のようなものだから……」
だから、だから我は言ったある 。
おまえらが人の形をしているのは、一番近くで社会の変化を民の心を見て守るためだと。それ以下でもそれ以上でもないと。
愛すべきではあるが、慕ってはならぬと、口酸っぱく言ったあるのに……。
“国”の化身である以上、責任が発生する。
民のすべての責任を負い、すべての責任を認め、深く受け止める必要があるある。
民を認めない国は“国”ではないのである。
“国”として生まれてきた者たちに人として生きる権利は、残念ながらこれっぽっちもないある。
それがたとえどれだけ幼くても、 責任はいつだって自身の影のように負いまとう。
幼くても、やりたくなくても、逃げ出したくても、“国”という肩書きがある以上、“国”として正しい判断を正しい行動をしなくてはならないある。
それが“国”なのであるから。
だから、必要以上な感情はもつべきではないある。
“国”の感情は民を左右することはない。
だが、民の気持ちは“国”を左右する。
だから、その民の感情を受け止める必要があるよ。
「私たちにとっての“正解”は、子供たちの“正解”になっているでしょうか。」
菊の目には涙が滲んでいたある。
「それは……わからないわ。どう尽くしても、どう信じても、どう愛しても、どう心を込めても、敵は現れてしまうもの。わたくしたちが子供たちを認めていたとしても、認めてくれない子供たちはたくさんいる。でも、それはけして変なことではないわ。ふつうのこと、ふつうのこと。……そういうものよ、菊」
「……ええ、わかって、いますよ……」
「……でもね、菊。わたくし、今の現状に満足しているのよ。……知らないでしょうね。だって最近の菊は姉のわたくしより、世界が気になってたまらないみたいだもの」
「あ、それは……」
「いいの。いいのよ。満足しているから。……菊が、いや、アメリカのええっとアルフレッド様でしたかしら? アルフレッド様が遣いをこちらにくださらなければ、菊は開国をしなかったでしょう。開国しなければ、わたくしは一生、菊と離れて宮の中で暮らさなくてはならなかった。ただ女であるだけで、姉であるだけで、菊と同じ“お国様”として扱われなくて、わたくし自身も、“お国様”の素質はなくて……ふしだらな男の目と、ふしだらな女の噂話を聞くのもうんざりしていたの。だから、わたくしは嬉しいの。菊が変わってくれて、本当によかったと」
桜の安心しきったような笑顔に、菊がなんと思ったのか、我はすぐにわかったある。
“桜の笑顔を見るのはいつぶりだろう”。
そんなことを思ったはずである。
「今、わたくしたちにとっての“正解”が、子供たちにとっての“正解”でなかったとしても、恐れず変わっていきましょう。今その時その時が“正解”でなくても、未来で“正解”だと思えるように。どれだけ苦しい道のりでも、未来が輝かしいものになるように精進していきましょう。“正しい”と思う道を歩んでいきましょう。少しでも子供たちが国を互いを愛しあえるように。わたくしたちの関係も変えていきましょう。お国様としてではなくて、たった二人の姉弟として。友として、仲間として。わたくしはいつでも菊の味方として、支えていくわ。だって、わたくしは菊を支えるために存在する化身だものけ」
「桜……」
「だから、大丈夫。前を向いていきましょう。幸太郎も、いくと幸せになれるよう見守っていましょう。わたくしたちは“国”である前に、子供たちの“親”だものね」
「……ええ、ええ……」
……深く抱擁をして、互いに支えあって生きていこうと鼓舞することができる二人を、我はずっと羨ましくてならなかったある。“国”として生まれた以上、国民より背負うものが多くなるある。
それは当然あるね。だけど、日本のように国の化身が二人もいる事例は稀である。他の国はすべて一人で責任を背負っているある。
だから、我が老師として二人の世話を見ていた時も、密かに羨ましくて枕を濡らした夜もあったある。
……ん? 何あるか?
ぼそぼそ話されると聞こえないあるよ。
もっとはっきり言うとよろし。
……ん? “先ほどから話しているお前は何者か?”だって?
……あーあ。そこに目をつけちゃったあるかあ……仕方ないあるねえ……
我は王耀ある。おまえらのよく知る清……ああ、中国ある。
……ん? どうして中国の化身がここに? それはあるね、我がこやつらの老師だからあるよ。つまりは先生あるね。今はもう違う関係みたいあるが。
……これ以上はたずねない方がよろし。答える気も失せるし、人が理解できるとは思えないある。この世には知らなくてもいいことなんてたくさんあるね。それは人でもわかると思うあるが。
国を愛することは民としては当たり前ある。
だが、国を恨むのも民としては当たり前ある。
矛盾しているように見えて、本当は矛盾していない。
そういうものある。
だからこそ、桜のように今の現状に満足するべきある。
今、当たり前のことは、本当は当たり前ではないある。
だから、今を満足して、感謝して、人生を謳歌するがいいよろし。
“知りたい”、“近づきたい”はとても良いことあるが、踏み込んではならない線は踏み込んではいけないある。
それはいつかわざわいになることがあるね。