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その日は夕方に帰った。
彼が訪ねてきたのは、ちょうど一週間後だった。
「ご機嫌麗しゅう、アレクシス様」
私は目の前に彼がいることに驚きながら、一礼をとる。
「ああ。一週間ぶりだな」
「……そうですね」
私は彼の視線から顔を背けた。
彼が訪ねてきたのは、間違いなく私のこの左手の甲のことだろう。
相手は一国の皇子だし、追い返すわけにもいかない。
私は内心冷や汗をかきながら、彼に座ることを促す。
「アレクシス様、どうぞこちらに」
私は彼が座ったことを確認すると、彼の向かいに座った。
と、彼が口を開く。
「左手を見せろ」
「……」
……そう言われるのはわかっていた。
私は少し戸惑ったが、左手の手袋を外し、彼に差し出す。
彼は私の手を取り、親指で甲をなでた。
甲に微かな痛みが走る。
「――っ」
私は少し左手を震わせてしまった。
すると彼が顔を上げ、私の甲をなでることをやめる。
「セレスティア?痛いのか?」
私は笑顔を作り、首を振った。
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ。顔が痛いと言ってる」
「……」
私は目を丸くした。
……そんなつもりはなかったんだがな。
そして、苦笑を浮かべる。
「じゃ、行くか」
彼が私の手を離し、突然立ち上がった。
私は再度目を見開く。
「はい?どこに?」
私の問いに、彼は少し微笑んでみせた。
私たちが向かったのは、私が暮らしている王女宮の隣にある書庫だった。
彼は本棚をゆっくりと見て回りながら口を開く。
「まず始めに俺は、お前に呪いをかけた人物がエクストレトル王家に何かしらの恨みがあるんじゃないかと思って、帝国でエクストレトル王家の歴史を調べてみた」
「はい」
「だが、これといった出来事はなかった。エクストレトル王国はずっと平和で、戦争や市民の反発も一切なかった」
その通りだ。
私も王女としての教育で、エクストレトル王国の歴史を一通り学習した。
だが、本当に争いが全然なかった。
彼は喋り終えると、私の方に向き直る。
「そこでお前にいくつか聞きたいことがある」
「何でもどうぞ」
私は微笑んだ。
「まず、お前に呪いをかけた人物の性別は?」
「女性でした」
「年齢は?」
「妙齢でした」
彼はそこまで聞いたところで、少し考え込む。
「……わかった。髪色は?」
その質問に、私は記憶を探った。
ええと……、確か……。
「夜闇の中でしたし、黒いフードからちらりと見えただけだったので定かではありませんが……、確か紫色だったような……」
「……待て。何で若い女だとわかったんだ」
そんなに見えにくかったなら、女ということも若かったこともわかりにくかったはずだろ、と彼は続ける。
「声です」
「声?」
私は頷いた。
「はい。声が明らかに若い人のものだったし、高かったので、てっきり若い女性かと……」
「……そうか。なるほど。目の色は覚えてるか?」
「…………いえ、ごめんなさい。そこまでは……」
いくら探しても記憶がない。
「わかった。礼を言う」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
私は彼に心からの笑みを浮かべる。
彼も少し微笑んだ。
と、ふとある一冊の本に目が止まる。
私はその本を手に取り、笑みを深めた。
「アレクシス様。興味深い本を見つけたのですが」
私はその本を彼に見せる。
彼は目を見張った。
その本の表紙には、『エクストレトル王国 事件簿』と書いてあったのだ。